4-1 間話・知ると理解は別だった〜オズバルド視点
ヘルムに客間へ連れ戻されても、暫く衝撃で頭が働かなかった。貴族の子息として育って来たが、人が倒れる所も食べた物を吐く姿を見たことも初めてで。どうしてよいのか分からなかった。
「オズバルド様」
静かだけど低く冷たい怒りを抑えたような声のヘルムに呼ばれて其方に目を向けた。
私が返事をせずともヘルムは気にしていないみたいで大きく息を吐き出すと、なぜですか、と言葉を落とす。
「……えっ」
「何故ですか、オズバルド様。アズに叱られたでしょう。説教されたんじゃないですか」
それは……
「私、がやらかしたこと、を、責められた、のと。突然やって来た、こと、と。食事を摂ること、を言われた……」
アズ殿から言われたことを思い返す。
そうだ、皆で会話を楽しみながら食べれば良いと思ってのことだったけれど、アズ殿からは、お嬢様……つまり婚約者であるネスティー嬢が気を遣うことが分からないか、と。
気を、遣う。
……婚約者なのに? そう思って、アズ殿から叱られた事を聞き流した。
「そうですか。アズは何か言っていませんでしたか」
怒りだけじゃ、ない。嘆きも、ある……? ヘルムの声音に潜む感情の移ろい。
顔を見てハッとした。
私は、失望されたのだ、と。
目に怒りと嘆きと……そこから導かれる失望が見えた。
「気を、遣う、と……。私は、そう言われたことの意味を、理解出来なかった。婚約者なのに? 気を遣うとは、どういうことだ、と」
「婚約者だからなんでも許されるわけではないですよね」
「うん」
今なら分かる。
ネスティー嬢はパンを半分とキャベツのスープを半分で残した。ただでさえ身体が小さいのに食べ残しては、大きくなれない。本当にそう思っていた。
「……残したくて残したわけじゃなくて。食べられなかったのだな」
お腹が痛い、と。気持ち悪くて吐き出してしまう程、ネスティー嬢はあの量を食べ切ることが出来なかった。
「そうです。理解出来たのなら良かった。俺でも分かりますよ。ずうっとアズ以外に使用人の味方なんて殆ど居なくて。あんな今にも壊れそうな粗末な小屋で生活してたネスティーちゃん。痩せている、というより骨と皮しかないような身体を見れば、食べたくても食べられない生活を送ってきた。それが分かります」
「はい」
「オズバルド様は人の醜態を見たのが初めてかもしれないですけどね。真面に食事も出来なかったネスティーちゃんが、急にたくさん食べられるわけがないんです。だからお腹が痛くなったし気持ち悪くて吐いた。俺も孤児院に入った頃、真面に食えなくて、急にたくさん食べて腹を痛めたことがあります。だからネスティーちゃんの苦しみは分かります。オズバルド様は公爵家の子息ですからね。食べられない辛さとか苦しさとか知らないでしょうし、腹一杯にならない程度にメシの調整をされていたと思うから、知らなかったんでしょうけどね」
ヘルムの言うことは、私の知らない世界だ。公爵子息として大切に育てられた、とは何となく知っていたけれど、理解をしていなかった。
身体が小さくて痩せ細っているネスティー嬢の事を見ていたけど。見ただけで理解したつもりになっていた。……そんなわけがないのに。知っていただけだ。理解したわけじゃない。食事を残さないように、というのは、領民が作ってくれた作物への礼儀だ、と勉強した。それは間違いじゃないのだと思う。
でも。
食べたくても食べられないこともある、という事を知らなかった。理解していなかった。
だから私は、ネスティー嬢のペースで食べていたことに対して、偉そうな発言が出来たのだと思う。なんて傲慢だったのだろう。理解出来ていないからこそ、あんな発言が出来たのだ。
私は自身を恥ずかしく思った。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
アズ視点・ヘルム視点に【間話】を付け足しました。




