6-1 間話・ご令嬢の家〜ヘルム視点
描写はありませんが、言葉として虐待の言葉が出てきます。また自死の言葉も出ますので、苦手な方は今話を読まず、次話までお待ち下さい。
両親と母の母である祖母と幼い弟と五人で金はあまりないけど仲良く温かい空気の中で暮らしていた。
それが、五歳までの俺。
その年の冬に流行り病で先ずは祖母が、次に三つ下の弟が、その後父が死んだ。次々と死んでしまう家族を見て、次は俺の番か母さんか、と毎日怯えていた。
でも俺も母さんも死なないうちに流行り病は治まった。ただ、俺も母さんも三人を必死で看病して、でも死なせてしまった罪悪感と疲れが出ていた。特に母さんは身体が丈夫ではなくなって。
生きて行くために五歳の俺に出来ることを近所のオバサン達にお手伝いを申し出た。
みんな、子どもだったり夫だったり親だったり。
誰かを流行り病で死なせてしまったか、生き残っても病気が治らないで寝たきりの家族を抱えていたから、五歳でも手伝いが出来る俺の手を喜んでくれた。
でもそれも六歳には終わってしまった。
母さんも必死に俺と生きようとしていたが、身体を壊してしまい、ある日倒れたと思ったらそのまま死んでしまったから。
いくら近所の手伝いをしていても、俺一人で今まで住んでた家の家賃なんて払えないし、食糧だけじゃない。水とか火とか使うのも金が要るのに払えない。
結局、直ぐに家を貸してくれていた大家が出て行けって言って孤児院へ身を寄せた。
そこの孤児院では貴族の寄付頼りなのに寄付は無い。後から知ったが、寄付があっても院長の懐に入れられて意味がない。院長と孤児しか居なくて、院長の機嫌が悪いと男だろうと女だろうと孤児はみんな殴られた。
俺は、初めて殴られた時にやり返したら、更に蹴られた。みんな怪我は放置されたし、俺はやり返した罰で二日間メシ抜きで水で過ごすように命じられた。
院長の目を盗んで俺より二歳か三歳年上のロニーがパンを差し入れてくれたけど、それは多分ロニーの分だったんだろう。半分だけだったから。
ロニーより年上のヤツは男も女も働きに出て、孤児院のために稼ぐ必要があったから、寝に帰るだけのもので、ロニーが俺たちのリーダーというか、みんなの“兄”だった。
賢いけど色白で中性な顔立ち。いつも優しくて笑顔だったから……その裏の辛さを知らなかった。
ロニーは院長の慰み者だった。
ある夜俺は見てしまったんだ。院長に口にするのも悍ましいことをされていたロニーを。
性的虐待。
後からそんな言葉を知った。
大人になった今でもあの夜のことを思い出すと息が詰まって胸が苦しくなる。ロニーは、男女関係なく幼児趣味の院長の魔の手から俺たち皆を救うために、その身を院長に捧げていた。
ロニーは俺に見られてしまったことに絶望していた。
次の日から俺を避けていたロニー。俺は何とかロニーと話し合いを試みるために何度も声をかけた。やっと話し合えたのはあの夜から十日くらい後のこと。その時のロニーの乾いた笑みは目に焼き付いている。
そして「院長は貴族の次男だから訴えても意味がない」と諦めたような目をしたロニーは、俺に「何もするなよ」としか言わなかった。
翌日、ロニーは自死した。
川で溺れたってことになっているけど、俺と話し合った翌日なのだから、絶対、自死だろう。俺がロニーを追い詰めたのだ、と思ったら胸が痛いどころではなく、目も鼻も喉も身体全体が痛くて苦しくて息を吸うことさえも辛かった。辛いなんてものじゃなかった。
どうにかして院長に痛い目を見て欲しかった。
悔しくて悔しくて悔しくて。
泣き叫んだ俺は周りを見ることもせずに孤児院を飛び出して、馬車に跳ねられた。軽い傷がついただけで、死ねなかった。その馬車に乗っていた人こそ、ロイスデン公爵、俺の主人になった人だった。
偉い貴族だとか全然分からなかった。ただ、貴族だと分かった途端に俺は公爵様を罵った。
貴族なんて、みんな同じだと思ってのことだった。
公爵様は平民の孤児である俺のことを見下したっていいはずなのに、それをしなかった。俺の話を笑うこともせずに聞いて、一つ頷くとあっさり言い放った。
「分かった。前からあの孤児院の院長は怪しいと思っていたんだ。君の証言で捕まえられる。孤児達の居場所を奪うことはしない。院長だけを捕えるから」
信じられるか!
と怒鳴った俺は、その次の日、本当に院長を捕まえて代わりに優しそうな女性の院長を孤児院に連れて来た公爵様に口を開閉させて言葉もなく目を丸くするしかなかった。
院長はその後どうなったのか、実のところは分からない。ただ公爵様が愉しそうに「ああ、あの男ね。今頃はロニーと同じ目に遭っているだろう」って話してくれた。
裁判とか国王陛下からの処罰とか、そういうのさえ分からないけど、公爵様に仕えている今なら分かる。
あの元院長は、公爵様の言葉通りの運命を辿っているのだろう、と。
俺は結局、どういうわけか公爵様に気に入られて使用人として拾われた。
知識を蓄えろ、と勉強させられ、身を守れるようになれ、と体術を教えられ、人に信頼されるように態度を改めろ、とマナーを叩き込まれて、公爵家の使用人と言って信じられるくらいになった。
公爵家の人達は知っているけど、知らない人からは、孤児の平民だなんて言われないと分からないくらい、らしい。貴族なんて嫌いなのに、その貴族の次男か三男みたいに見えるらしいのだから、世の中は訳がわからん。
どうでもいいけど、あの元院長は男爵家の次男だったらしい。公爵様に逆らえるわけがない。男爵家も何か後ろ暗いことがあったらしくて公爵様は「ついでだから褫爵に追い込んでおいたよ」と爽やか笑顔で言い切った。
俺はこの時覚えた。
ーー公爵様に逆らったら命どころか俺が生きていたという痕跡すら跡形も無く消す人だろう。
貴族は信用出来ないけど、公爵様はそんな人だと分かったからなんだか信じられた。
そうして日々があっという間に過ぎていき。
俺はある日公爵様に呼び出されて命じられた。
「オズバルドの婚約者にラテンタール伯爵令嬢が決まったから、オズバルドの護衛をしながら伯爵家をあれこれ探って来て」
あれこれ探る、の中にはラテンタール伯爵令嬢とやらの身辺も含まれていて。
公爵様の説明だと父親である伯爵に疎まれている令嬢らしいが、きっと我儘で癇癪持ちなんだろって思った。そんな令嬢と婚約しちゃったらしいオズバルド様に同情した。
高慢だろう伯爵令嬢に振り回される家族も可哀想だなって勝手に同情していて。
ラテンタール伯爵令嬢を見る前から、思い込んで令嬢を嫌っていた。
そうして、俺はラテンタール伯爵令嬢と対面した。
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