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4-3 公爵様のお知恵拝借

 暫しの沈黙の後で半信半疑の顔でアズが切り出す。


「もしや、それだけ、だと?」


 そんなまさか。

 口にしなくても表情で丸わかり。アズにしては珍しく表情に現れている。

 でも気持ちは分かる。シンプルが良い、とはいえシンプル過ぎない?

 ヘルムさんは首を縦に動かしてから補足するかのように説明してくれた。


「俺もこれには賛成。というより、ご令嬢は伯爵一家と揉め事を起こして出て行きたくないはずだからって」


 公爵様がそこを見越しているのは、流石だと思った。

 確かに揉め事を起こして出て行きたくない。

 いつラテンタール伯爵と義母と異母妹と和解が出来るかもしれないから……?

 違う。

 お兄様がラテンタール伯爵家を継いだ時に揉め事を起こして出て行ったのが実の妹だ、なんて醜聞を起こしたくないから。

 お兄様がラテンタール伯爵家を継ぐ気はない、と分かっているなら私も気にならないけれど、お兄様が領地に行って以来、手紙すら真面に遣り取り出来ないのだから互いの本心を打ち明けることすら出来ない。

 だから。

 お兄様がラテンタール伯爵家を継ぐことを望んでいる、と仮定して。そうなると揉め事を起こしてお兄様が継いだ時に醜聞がついて回るようなことは避けたい。

 流石、公爵様は私のそんな気持ちを見抜いているらしい。

 つまり、平和に出て行くにはこれが一番スムーズということか。


「分かりました」


「お嬢様⁉︎」


 私が頷くとアズは驚く。


「公爵様が、この方法が一番だと思うなら間違いないと思うし、間違いだったとしても信じたのは私で公爵様が悪いわけじゃないよ。

 それに、確かに色々と計画したら、本番で何か起きた時に計画と違う、と思って上手くいかないことになるかもしれない。

 だからこれくらい簡単な計画の方がいいのかも」


 アズはそれでも不服そう。


「お兄様がもし、ラテンタール伯爵家を継ぐ気持ちがあるのなら、揉め事を起こして出て行くと、お兄様の醜聞になりそうだし」


 アズがハッとした顔をする。


「左様でございますね。分かりました。とはいえ、私がお嬢様から離れるのは、余程のことがないと離れません。それは伯爵も分かっていらっしゃいます。だから、そこから考える必要があります」


 アズは渋々と計画を受け入れる。

 確かにアズが私から離れるのは余程のことが無いと有り得ないし、ラテンタール伯爵も義母も分かっているだろう。異母妹は……そこまで何かを考えているとは思えない。


「それはちょっと考えてみよう。ところでヘルムさん」


 アズが私から離れる理由は後で考えることにして、私は気になったことを尋ねる。


「なんだい? ご令嬢」


「私がこの家から追放、という名の家出をしたら、公爵様が国王陛下から指示された我が家の使用人の調査って出来なくなりそうな気がしますけど、それは?」


 自分が家出することばかり考えていて、抑々の婚約理由を忘れてた。……ヘルムさんと話していて公爵様のことを思い出して、婚約理由も思い出した。


「おっ! ご令嬢は偉いな! そんなことを気にかけるなんて」


 ヘルムさんに頭を撫でられた。

 一応私、伯爵令嬢なんだけど。それも幼子ではない年齢なんだけど。

 でも。

 アズは褒めてくれるけれど、あくまでも主従の域を超えて来ないから、こうして頭を撫でてくれることはない。

 寂しい、と思ったことはある。

 記憶が戻ってない“わたし”でもアズの立場を思い遣って言わなかったけど。

 だからこうして褒められるのは、お母様とお兄様が居た時だけ。だから素直に嬉しいって思えた。

 直ぐにアズがヘルムさんの手を払い除けたけど。


「ありがとう、ヘルムさん」


 私がお礼を言えばヘラヘラ笑いながら

「侍女殿、怖いな。そんな睨まないでよ」

 なんて大袈裟なことをヘルムさんは言ってから

「大丈夫。公爵様はその辺を気にしなくていいって言ってたよ」

 と教えてくれた。

 でも、私が尋ねなければ教えてくれない辺り、ヘルムさんの意地悪なのか、公爵様の気遣いなのか。

 でも、まぁ憂う必要は無いみたいだから、私はアズと話し合って私が“追放”されるまでの計画を立ててみる事にした。

 もちろん、不測の事態が起きても対処し易いように割とアバウトな感じで。


「……こんな感じかな」


「左様でございますね。問題は……執事のクリスさんと庭師のフォールさん、でしょうか。今までは味方でしたが……それはお嬢様がこの伯爵家に居ることが前提でしたから」


 アズの指摘に私も考えてしまう。

 あの二人は、義母の使用人解雇という魔の手から逃れた貴重な存在。

 それはラテンタール伯爵にとってクリスが居ないと伯爵家が回らないため解雇を却下したこと。フォールの場合は、祖父の代から庭に関しては彼に任せていたから、ということ。

 フォールの解雇はラテンタール伯爵はどちらでも良かったみたいだけど、祖父が猛反対していたので、流石に元平民でしかも後妻の立場の義母では、祖父に敵わなかった。

 後妻という立場は、どうしても先妻と比べられてしまう。先妻がどうしようもない人ならば後妻の名声は高まるが、可もなく不可もない人ならば後妻は目立たない。更に先妻の方が良い人ならば後妻は陰でアレコレと言われてしまう。

 それが、先妻が亡くなっているともなれば、可もなく不可もない若しくは良い人としての印象で亡くなっている場合、後妻は何かにつけて

「先妻様は良い人だったのに」

 と比べられる。

 亡くなった相手だけに後妻がどれだけ頑張ろうとも先妻がやれていたことであれば、それが普通だと思われる。おまけに意識してなのか、無意識なのか、どうにも人は故人を美化しがち。

 だから後妻はただ結婚するよりも大変だし、それが元平民ならば気を抜くことなど出来ないくらい大変のはず。

 ……尤も、あの義母の場合、全然同情する気はないので社交界で元平民だ、後妻だ、と周りからアレコレ言われて苦労をしていたとしても、私としては何の関係もないけれど。

 まぁあの性格だから、周囲と上手くやれなくて孤立しているのではないか、と予測している。

 それとも、その性格を隠して社交界で渡り歩いているために、憂さ晴らしに私へ当たっているのだろうか。

 だからといって、私がサンドバッグになる正当な理由ではないのだけど。

 祖父はラテンタール伯爵が義母と結婚したいとごねていた事も怒ったようだし、母のことを大切にしていたらしいし、ラテンタール伯爵にも母を大切にするよう話していた、とクリスから聞いたことがある。

 それに母との間に恋愛としての感情が互いに生まれなかったからといって、母と婚約中も結婚後も義母と続いていたことも気に入らないようだった。

 だから、母が亡くなりラテンタール伯爵が義母と再婚する時も猛反対したらしいけれど、既にラテンタール伯爵に爵位を譲っていたから、親子と言えどもラテンタール伯爵の方が前伯爵の祖父より立場が上。

 という事で義母との再婚を押し切った。

 それで義母は後妻になったわけだけど。

 いくら祖父とラテンタール伯爵の立場が逆転しても、それは二人の間だけ。祖父と義母の力関係ならば祖父の方が上。

 ラテンタール伯爵に爵位を譲って領地で隠居生活を送っていても、祖父の力は義母に勝てる。義母が大量に使用人を解雇したこともかなり反対したらしいが、ラテンタール伯爵が義母の味方をしたがために、祖父も折れるしかなかった。

 お兄様が祖父の元で当主勉強という名目で領地に追いやられても決めたのはラテンタール伯爵だから祖父は折れた。

 但し、庭師のフォールに関しては、ラテンタール伯爵は“どちらでもいい”からこそ、義母に味方をしなかった。

 それで猛反対した祖父の意見が通った。義母より祖父の力が上だから。

 まぁ義母も祖父に元平民と蔑まれていただろうことは予想出来る。祖父は平民を見下す傾向にあるからだ。

 使用人を雇うのに平民であることは気にしないが、伯爵夫人を後妻とはいえ平民が務めることは気に入らなかっただろう。そういった意味でも義母は気苦労があったと思う。

 ーー全然同情する気はないけど。

 考えてみれば、その義母が産んだ異母妹のことも、嫌っている事だろう。半分平民の血が混じっている、と考えるだろう祖父なので。

 でも異母妹にも同情する気はない。

 思考がズレたけれど、そんなわけで執事・クリスと庭師・フォールは祖父に雇われている祖父に忠実な使用人。

 という事は、祖父が私の追放に反対ならば、仮令(たとえ)アズが離れて、私が療養目的とはいえラテンタール家から出てしまうことにも反対するだろう。

 それは即ち、クリスとフォールが止めて来るということに他ならない。

 庭師の意見は兎も角、執事の意見だから……とラテンタール伯爵が考え直す可能性は大いにある。何しろクリスの手助けが無いと伯爵家は回らない。それならば執事の機嫌を損ねないように、と考えてもおかしくないから。

 長考したけれど、あの二人をどうにかする案が浮かばない。

 アズと二人、顔を見合わせながら考えるが二人でも思い付かない。

 そこへ。


「ご令嬢〜?」


 気の抜けた声で呼ばれて其方を見た。……正直、ヘルムさんの存在をすっかり忘れてた。

 視線が合ったヘルムさんが、にへらっと笑う。

 まるで、頼って来ないの? とでも言うように。

 うーん……

 あんまり公爵様に借りは作りたくないんだよなぁ……。

 とはいえ、背に腹はかえられぬとの諺もあることだし、私は一つの思いつきを口にした。

 ヘルムさんはニヤリと笑って了承してくれたので、執事・クリスと庭師・フォールのことについては、ヘルムさん経由でロイスデン公爵家にお願いした。

 でも、借りは作りたくない、という気持ちは変わらないので。


「また、公爵様にお伝えをお願いします」


 気になったことを一つ。

 オズバルド様の未来についての夢を一つ。

 提供しておいた。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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