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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
最終章 約束
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死闘

 部屋を出ると譲治は耳を澄ました。遠くで何かが動いているような音が聞こえるような気がするが、はっきりとは分からなかった。譲治は再び心臓の鼓動が早まるのを感じた。譲治は息を静かに吐き出し、廊下へと向かった。もう少し進めば上へと続く階段があるはずだ。譲治は進行方向を確認しようと左側にライトの光を振った。


 ライトに照らされる黒い背中。

 夜獣だ。

 反射的に手でライトを覆う。

 背を丸め、獣のような爪と体毛が生えた醜悪な姿。

 先ほど部屋に居た個体ではない。


 譲治は一旦体を引っ込め、呼吸を整えた

 もう一度確認しようと角から顔だけを出した。

 それから、ライトにかざした手を一瞬だけ離す。

 

 こちらを向いていた。

 

 夜獣は譲治を見つけると、人間のような獣のような奇妙な叫び声を上げた。浄水室は行き止まりだ。既に自分の存在は視認されている。隠れる時間もない。脇をすり抜けられるとも思えない。譲治は夜獣が居た方向とは反対の方向へ駆け出した。階段からは離れてしまうがそんなことを気にしている余裕はなかった。


「くそっ!」


 背後から聞こえる機関銃のような足音と低い叫び声が、一瞬で背後に迫る。譲治は振り向かずに銃を撃ったが、そんな姿勢で撃った弾が当たるはずもなく、夜獣に追いつかれ、跳ね飛ばされた。

 譲治は廊下の端まで吹き飛ばされた。立ち上がろうとする前に、その顔に夜獣の手が覆いかぶさる。首を絞めるでもなく顔を引き裂くでもなく、ただただ譲治の顔を低くうなりながら床に押し付ける。


「ぐああああ!」


 譲治はもがいたが、その手から逃れることはできなかった。頭蓋骨がみしみしと音を立てる。譲治は苦し紛れにライトの明かりを夜獣の顔に向ける。

 夜獣の醜く歪んだ姿が映し出される。目は白く濁り、肌は血を凝り固めたように赤黒い。鋭利で歪な歯が唇を突き破り、カチカチと音を立てている。体のあちこちが盛り上がり、黒い毛が密集して生えている。やはり先ほど浄水室で遭遇した個体とは別物だ。


 ライトの明かりでも効果があったのか、夜獣の押さえつける力がわずかに緩まった。その隙に譲治は腰のナイフを引き抜き、夜獣の腕に突き刺した。何度も何度も刺して、やっと頭の圧迫感が消えた。

 腕を押さえ、低い悲鳴をあげる夜獣。ナイフを放り投げ、その歪んだ顔めがけて銃を撃つ。顔の一部を吹き飛ばされ、悶え転がる夜獣の上に、今度は譲治が馬乗りになった。眉間に銃口を押し付け打ち抜いた。血とも体液とも取れない真っ黒な液体を床に飛び散らせ、夜獣は絶命した。


 譲治が息をつく暇もなく、後方からうなり声が聞こえた。振り返ると別の夜獣がいた。譲治は逃げようと走り出したが、頭の痛みでふらつき上手く走れなかった。夜獣が足元のおぼつかない譲治に追いつくのは簡単だった。

 夜獣は譲治に追いつくと、丸太のような腕を譲治の脇腹に叩き込んだ。譲治は壁に叩き付けられ、血を吐いて倒れた。銃が手から離れ床を転がる。


 夜獣は譲治の喉元を掴んで持ち上げ、壁に押し付ける。壁の血糊で滑り、譲治の体は左右に揺さぶられた。背中に血糊がべったりと張り付く。

 夜獣は今度は両腕で譲治を捕らえて喉を圧迫する。譲治は素手で夜獣に抵抗するが、ぶ厚い皮や体毛に覆われた夜獣の体には効果がない。譲治の意識はだんだんと遠のいていく。もう少しで意識を手放すと言う所で、急に喉の圧迫感が消えた。そして聞こえる誰かの叫び声。


「ぐ……」


 悲鳴のような叫び声と共に、マコトがレーザーライフルを乱射していた。そのうちの一発が分厚い夜獣の胸板に命中し、その痛みで譲治を離したのだった。しかし、夜獣はマコトに向き直ると異常なまでの反発力でマコトの攻撃を躱し、マコトの手に握られたレーザーライフルを弾き飛ばした。武器を奪われたマコトは小さく悲鳴を上げ、恐怖で顔をひきつらせた。


「ひっ……!」

「マコ、ト……!」


 夜獣は恐怖に縮み上がるマコトを掴みあげ、床に叩き付けた。肺に溜まっていた空気を無理に押し出され、うめくマコトの脇腹に、雄叫びとも悲鳴とも取れない声と共に、勢いをつけた夜獣のつま先がめり込む。その衝撃でマコトは床を滑り、一メートルほど先で口から血を吐き出した。譲治はふらつく体でなんとか床に転がる銃にたどり着き、それを拾い上げた。


「おい!」


 譲治はなおもマコトに歩み寄る夜獣めがけて叫ぶと、引き金を何度も引いた。高速で回転する弾丸の一つが、振り向いた夜獣の白濁した角膜を突き破る。視神経をねじり集め、夜獣の脳を突き抜ける。夜獣は重々しい断末魔の叫び声をあげ、地面に倒れ伏した。


「危ない!」


 マコトは口の端から血を流しながら叫んだが、すでに遅かった。別の夜獣の牙が譲治の肩に食い込む。譲治は反撃しようと銃口を向けて引き金を引くが、かちりと音が鳴っただけで弾は出なかった。弾切れだ。


 夜獣の歯が更に食い込み、鎖骨をごりごりと削っていく痛みに譲治は絶叫した。譲治の悲鳴に弾かれたようにマコトは立ち上がり、走り寄り、譲治の肩に食いついた夜獣の頭に向かって、倒れ込むようにアーミーナイフを突き刺した。ナイフの刃先が夜獣の脳天に突き刺さった。噛む力が弱まった隙に、譲治はマコトの手ごとアーミーナイフを掴み、根元まで突き刺す。


 夜獣は口を開けて金切り声を上げて悶えた。譲治は銃を床に落とし、夜獣の顔面を思い切りけり上げた。ひるんだ夜獣の歪んだ横顔に、右の拳を叩き込む。仰向けに倒れた顔面を踏みつけ、踏みつけ、脳天に突き刺さったナイフを掴み、力の限り刃先を動かす。夜獣は脳内をぐちゃぐちゃにかきまぜられ、ようやく動かなくなった。


「ぶじ、だったか……」

「今治療します……!」


 マコトは譲治の肩に治療薬をかけ、浮き出た赤い泡を吹いて飛ばした。痛みはまだあるが、譲治の肩の傷口はふさがっていた。


「すまない……お前も早く治療しろ」

「それが……」


 マコトは口の端からたれる血をぬぐうと、顔を伏せた。


「さっき蹴られた時に、ベルトにしまっておいたものが……」

「壊れたのか」

「薬もほとんど割れて、無事だったのはそれだけで……レーザーライフルも……」


 廊下の脇で火花を上げているレーザーライフルを拾いあげ、マコトは言った。

先ほどの夜獣の一撃で壊れてしまったのだろう。


「こっちも弾がほとんどない」

「早く基盤を探さないと」

「もう見つけた」


 譲治がリュックサックを示すと、マコトは一瞬固まってから、大きく見開いた目を譲治に向けた。


「本当ですか!」

「後は帰るだけだ」


 譲治が拳銃に弾を込めながら言うと、遠くで夜獣の雄叫びが聞えた。マコトのレーダーを見ると、こちらに向かってきているようだ。太陽照明の効果か、スピードはそれほど速くはなかったが、悠々と逃げられるほどではない。


「どうしましょう!」

「逃げるぞ、走れッ!」


 譲治はマコトの手を引き階段方面へを駆け出した。非常電源ではエレベーターは動かないだろうという判断だった。それだけでなく、悠長にエレベーターを待っている余裕はなかった。


「譲治さんッ!」


 階段にたどり着き、四階まで駆け上がったところで、マコトは悲鳴にも似た声を上げた。奥の廊下から夜獣が二体、こちらに向かっているのがマコトのレーダーに映っていた。譲治は歯をかみしめ、辺りを見回す。攻撃に使えそうなものは何もない。

 すぐに二体の夜獣が現れ譲治たちを発見し、威嚇するように叫び声を上げる。譲治はマコトと共に近くの部屋に飛び込んだ。マコトは自動ドアの横の装置にハッキングをしかけ、施錠する。しかし、夜獣は正面入り口の鋼鉄製の扉をひしゃげさせるほどの筋力だ、そう長くは持たないだろう。


「なにか武器はないか!」

「探しましょう!」


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