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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
六章 譲治の過去
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過去

 シェルター72から脱出するころには外は暗くなっていた。急いで薪を集めて火を焚き、二人は無言で燃え盛る炎を見つめていた。

 マコトの話だと、譲治は子供の骸骨を抱きかかえ突然走り出したという。マコトは後を追ったが、尋常でない様子の譲治を見つけて止めに入り、あのような状況になってしまったらしい。マコトは譲治を止める際に口を少し切ったが、例の治療薬で今はなんともない。あざも残らないだろう。


「……あの」


 重苦しい沈黙をマコトが破る。


「なにがあったんですか……?」

「あそこに、娘がいたんだ……」

「……このみちゃん、でしたよね」


 譲治は無言で煙草に火をつけた。


「私もそこまで馬鹿じゃありません……」

「……」

「そろそろ、教えてもらえませんか?」

「…………」

「娘さんに、なにがあったんですか?」


 譲治は紫煙を吐き、しばらく黙っていたが、やがてぽつぽつと話し出した。


     ◇


 十数年前、譲治が娘と共にシェルターに閉じ込められた後、ひと月ほどでシェルターの機能がダウン。譲治やほかの技師たちは懸命に修理しようとしたが、できなかった。

 選択の余地はなく、外の世界に出るしかなかった。そのうちシェルターに貯蔵されていた物資も少なくなり、シェルター内で指揮をとっていたST社の社員も何かのワクチンを打ったきりいなくなってしまった。


 人びとの心は次第に荒んで行き、半年もしたころには生き残った者ほとんどが暴徒となっていた。彼らは水や食料のために集落を襲い、平然と殺しを行うようになった。やがて彼らは野盗と呼ばれるようになり、まともな人間たちからは忌み嫌われる存在となった。

 譲治はそんな連中から娘を守るために、人の多い場所を避けて暮らした。修理工だった譲治は、通りがかる商人などの修理を請け負い、食料や蒸留水などの物資を分けてもらって何とか食いつないでいた。


 このみも小さな手をぼろぼろにして、譲治の仕事を手伝った。辛く、厳しい毎日だったが、譲治もこのみも、日に一度はお互いに笑うことができた。母を失ったこのみは、母からもらったお気に入りのピンクのヘアピンを毎日つけていた。譲治も娘の髪留めを見るたびに、愛する妻の顔を思い出すことができた。

 

 そんなある日のことだった、譲治が仕事から帰ると家の中が荒らされていた。住処が見つからないよう細心の注意を払っていたにもかかわらずである。譲治は食料や物資がなくなったことより、娘の姿が見えないことに絶望した。

 娘を探していると、家の反対側に何かを引きずって行ったような跡があった。譲治が作った浄水器を引きずった跡だった。それを手掛かりに譲治は娘を追った。一日、二日と夜通し歩き、三日目の朝だった。


 譲治は見つけてしまった。

 娘ほどの大きさの肉塊のそばに落ちている、ピンクのヘアピンを。


 その後の事は覚えていなかった。娘を攫った連中に追いついたということは確かだが、気が付いたら譲治の全身は赤黒く染め上がっていた。自分の血か、相手の血かも分からなかった。ただ、譲治の周りには数人の死体が転がり、血まみれの拳はピンクのヘアピンを握りしめていた。


     ◇


「……それから俺は、当てもなくさ迷い歩きて、通りがかった行商隊に助けてもらった。運がよかったんだ……いや、あそこで死んじまったほうがよかったのかもな」


 譲治の話が終わっても、マコトは黙って火を見つめていた。


「娘の死体を見たわけじゃない。肉の塊のそばにヘアピンが落ちてただけなんだ」

「……」

「そう思い続けて生きてきた。どこかで生きてるんじゃないかってずっと……でも……死んだんだよな。あいつは……死んだんだ……」


 譲治の目には涙が溜まっていたが、それが零れ落ちることはなかった。譲治は感情のままに泣くにはあまりに多くのものを見すぎていた。長い、本当に長い息を吐き出し、譲治は頬を釣り上げ、自嘲の笑みを顔面に張り付けた。


「分かってたんだ、死んでるなんてことは。もうあいつの声も薄れてきてる。自分であいつになんて教えてやってたのかも思い出せない」


 煙草の火はすでに譲治の指を焼いていたが、譲治は気に留める様子もなく、引きつり歪んだ笑みを浮かべながら、口を動かし続けた。


「笑っちまうよな。あんなに大切にしてたのに、あんなに愛してたのに……たかだか十年かそこらで忘れちまうなんてよ」


 マコトは立ち上がり、喉の奥で笑い声をあげている譲治に歩み寄った。それから膝をついて目を閉じ、自分の額を譲治の額に静かにくっ付けた。


「……」

「……大丈夫です」


 肌がふれあい、お互いの息が顔にかかるほどの近距離だった。しかし、そこにあるのは相手を思いやる気持ちだけ。譲治を思いやるマコトの気持ちが、額から伝わっていく。


「譲治さん。大丈夫ですよ」

「…………」

「大丈夫、大丈夫です」

「……」


 マコトはゆっくりと額を離し、微笑んだ。


「落ち着きました?」

「ああ……」

「よかった」

「……お前は本当に強い子だ」

「そうですかね」

「あいつにそっくりだよ」


 マコトは瞬時視線を外し、何を言うべきか少し考えた。それから、もう一度譲治の目を正面から見据えた。


「譲治さん」

「なんだ」

「……今日、煙草二本目じゃないですか?」


 一瞬の間があってから、二人は噴き出した。それからしばらくの間、二人は大笑いした。無理やりに発した笑い声ではあったが譲治にはそれで十分だった。


「明日も早いし、寝るか」

「そうですね!」


 譲治はマコトに負けないくらいの陽気な声を出し、毛布を用意する。襟元に手をやり、寝る準備を始めるマコトの背中を譲治は見つめた。


「……ありがとな」

「何か言いました?」

「いや」


 譲治はそれだけ言うと、毛布にくるまった。


 今日は、娘の写真を見なくても寝付くことができた。


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