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世紀末救世主になれないおっさんは目が死んでる  作者: 海光蛸八
五章 ジャンクタウン
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再開、二人目三人目

「何で買わなかったんですか」

「千枚なんて大金持ってるわけないだろ」


 譲治の持ち金は、一〇〇円硬貨数枚と、一〇円硬貨が十数枚。五〇〇円硬貨は一枚だった。その上、五〇〇円硬貨千枚という額は、『壁』の中で一生豪遊しながら暮らせるほどの額だった。これは、あの扉の先には行けないということと同じだ。


「どうしましょう」

「手当たり次第に聞いて回るしかないだろ」


 譲治は言葉の通り道行く商人や人々に、手当たり次第にシェルターの情報を持っていないかと聞いて回った。しかし、誰も彼も全く知らないかあいまいな噂話のようなものばかりだった。そんなものを信じたら、途中でのたれ死ぬのがオチだ。

 それならばと目的の基盤が雑貨屋に売られていないか、しらみつぶしに探してみたが、そう上手くいくはずもない。あったのは使いようもない電子部品や鉄くずだけだった。もうすでに日は西に傾き、辺りを橙色に染め始めている。


「まいったな、八方ふさがりだ」

「どうしましょう……」


 腕を組み、頭をひねって考えてみるがいいアイデアなど出てくるはずもない。結局、噂話に過ぎないが、商人に教えてもらった情報を信じてシェルターを探しに出るしかない。しかし、それはあまりにも危険な賭けだった。


「……あ、マコト」


 二人が文字通り頭を抱えていると背後から聞き覚えのある声がした。二人が振り向いた先には、けだるげな顔をした一人の少女が立っていた。。シェルターに入る前に分かれた少女――マザーだった。


「わあ! マザーちゃん!」

「やっぱり、マコト」


 マコトはマザーの手をとりぶんぶんと上下にゆすった。その衝撃でマザーの体はがくがくと揺れる。少しすると、タクヤも姿を見せた。


「おう、この前の!」

「思ったより早く会ったな」


 譲治がタクヤのハイタッチに小さく答えると、タクヤは軽くはにかんで見せた。


「あれ、つーか譲治たちはシェルター入ったんじゃねえの?」

「それが浄水装置の心臓部が壊れててな」

「あらあらそれは大変じゃん」

「それでここに情報集めに来たってわけだ」

「なーるほどねえ」

「ああ、全然集められてないがな」


 タクヤは「そうかそうか!」と声を上げて笑ったが、譲治とマコトの消沈した空気を読み取って、笑うのをやめて咳払いをした。


「マジに集まってねえの?」

「そうなんですよ……」


 マコトが情けない声を出すとマザーはマコトの手を離し、タクヤの袖を引っ張る。


「ん? どうした」

「情報。あげよう」

「そうしたいけどよ。あそこに入れてもいいのか?」

「二人なら、いい」


 タクヤは頭に手を当て、うーんと唸っていたが、やがてマザーの頭を撫でて頷いた。


「マザーがいいなら、まあいいか」

「なにがいいんだ」


 状況がまったく飲み込めない譲治は、いぶかしげに尋ねた。


「商人から情報はいくらか聞いたんだが……」

「そんなもんより、もっといい情報やるからついて来いよ」


 タクヤはそう言うと手招きして歩き始めた。どういうことか分からなかったが、あてのない二人はとりあえずついて行くことにした。


「どこに行くの?」

「大丈夫、ついて来て」


 タクヤとマザーが向かっているのはどうやら本部の駅舎のようだ。リヤカーなどが並べられているホームを通り過ぎ、熱気あふれる取引所もまっすぐに突っ切る。その先にあるのは、あのロボットが守っている二階へと続く階段だけだ。


「おい、この先は……」

「いいから来いって」


 階段の前に着くと、例の警備ロボットがタクヤとマザーの全身をスキャンする。


「オカエリナサイマセ。ドウゾ、オトオリクダサイ」


 驚くべきことに、警備ロボットはすんなりと道を開けた。それと同時に彼らの後ろにあった半透明のドアも開いた。あっけに取られている譲治たちに、マザーとタクヤは中に入るように促した。


「い、一体どうして……」

「遠慮すんな、入れよ」


 譲治とマコトは言われるがままについて行く。二階に上がる階段の終わりには、再びドアが取り付けられているのが見えた。下のものよりも更に堅牢そうな鋼鉄製のドアだった。その両脇にはやはり警備ロボットがいる。入り口にいるものと同じタイプだ。

 ロボットはタクヤとマザーをスキャンすると、下に居たロボットと同じように道を開ける。マザーが扉に取り付けられたモニターに手をかざし扉を開けると、中はエレベーターになっていた。


「マザーちゃん、すごいね……」

「これが私の実力」


 エレベーターに入ると、下に降りて行っているようだった。エレベーターの扉が開くと一気に景色が変わった。階段はコンクリート製の壁や廊下という、一階と同じものだったのに対し、二階はマコトのシェルターのように綺麗で無機質な材質で作られていた。廊下の奥に大きな扉が見えた。


「さ、行こうぜ」


 タクヤの後に続いて奥の扉に向かう。廊下の一部はガラス張りになっており、ガラスの向こうの空間には汚れ一つない警備用ロボットがずらりと並んでいた。


「俺たちに手を出すとあいつらが飛び出してずばばばーん! ってことになるんだなーこれが」

「お前たちは何なんだ?」

「まあまあ、とりあえず入ってよ」


 タクヤがの脇の誕街をいじるとがしゃりと音を立てて開けてマザーと共に入っていった。譲治たちも少し遅れて入る。


「うわあ……!」


 マコトは口をあけたままあたりをきょろきょろと見回した。その部屋には、壁一面に何十ものモニターが設置され、そこかしこに配線と思しき管が何本も走っていた。正面には譲治の背丈を優に超すであろう巨大なモニターが設定されている。モニターの奥をのぞけば、大型のコンピューターがガラス戸の向こうに、いくつも設置されているのが見える。


「さてと、ここまでくればもう分かるよな」

「お前たちが……元締め?」

「ご名答!」


 タクヤは大型モニターの前にあったデスクに腰掛け、大声で笑った。


「でも、マザーちゃんは小っちゃいよね?」

「この姿が、気に入ってるだけ」


 マザーが言うや否や突然体が割れ、複雑な機械類が覗いた。マコトは「ぎゃあ!」と悲鳴を上げて譲治の背中に隠れた。マザーは――マザーだった機械の塊は、がしゃがしゃと音を立てて変形していき、あっという間に青年の姿になってしまった。


「な……」

「ま、マザーちゃん?」

「そう」


 青年が口を開いたが、その声は気だるげなマザーのものだった。


「すごい……」

「こんなことも、できる」


 再び体が割れると、マコトは譲治の背後でびくりと肩を跳ねさせた。青年になったマザーは再び変形を始め、今度はなんと譲治の姿になった。譲治の姿になったマザーは本物の譲治に歩み寄り、横に並んでマコトの方を向く。


「うわ、譲治さんが二人!?」

「ベタな反応すんな」


 譲治に変わったマザーは譲治の顔で笑うと、今度はマコトの姿に変形した。


「うお、マコトが二人!?」

「譲治さん」

「なんだよ」

「いえ、別に」


 マコトの姿になったマザーはわずかに微笑むと、タクヤの隣に座って元の姿に戻った。変形したマザーの頭をぽんぽんと撫でてから、今度はタクヤが口を開く。


「マザーは見てのとおりアンドロイドなんだよ」


 タクヤが言うとマザーはわずかに微笑んだ。譲治もマコトもあんな変形を見せられても、目の前の少女がアンドロイドだとは信じられなかった。それほど自然な表情だった。


「まあ、マザーの本体はこの部屋全体にあるのコンピューターなんだが」

「じゃあマザーちゃんはいったい……」


 マコトがマザーを指差すと、マザーは立ち上がり意味もなく咳払いした。


「私はJAK社製のアンドロイドT‐634型。TはトークのT。流暢に話せて初めて技術革新と呼べるのではないですか? さあ、子供の相手に、さびしい独り身の貴方に、ぜひどうぞ!」

「あれ、途中で声変わってなかった?」

「うん、私のセールス音声再生しただけ」

「話がこじれるから黙ってろ」


 タクヤにしかられ、マザーはしゅんとしてしまった。実に人間くさいしぐさだった。タクヤは「えーと」と言って頭を掻いてから、身の上話を始めた。


 タクヤの父親はJAK社の社員だったらしい。世界が終わった日にタクヤは家族と一緒にシェルターに逃げ込み、難を逃れた。その後地上に出た父親たちは、この商会を始めたらしい。仕事も軌道に乗り、タクヤも仕事を覚えた頃、父親たちはタクヤにマザーを任せ、事業拡大のために外の地域へ旅立っていったそうだ。


「親父さんたちとは連絡取れてるのか?」

「全然だな。まあこの俺の親父とお袋だ。心配はしてねえよ」


 タクヤはそう言って笑ったが、いつもよりも笑い声の勢いはなかった。そんなタクヤの腕をマザーは引っ張り、慰めるような視線を向ける。タクヤはマザーの頭をぐしぐしとなでてから、話を続けた。


「ま、そういうことで俺は親父の後をついで、この商会ビジネスを営んでるわけよ。ここにはお前たちの欲しい情報が必ずあるはずだ」

「シェルターの情報もか?」


 タクヤが大げさにうなずくと、マコトがおずおずと手を上げた。


「それで、なんでマザーちゃんは……」

「護衛ロボットじゃ話し相手にならないだろ。だから壊れたアンドロイド見つけて、適当な人格インストールして。ついでにかっちょいいレーザー砲とかで武装させて、マザーのコンピューターのデータも閲覧できるようにして。それで完成したのがマザーってわけよ」


 一番大事なところがついでになっていないか。と譲治は思ったが黙っていた。


「そうだったんですか……」

「私も初耳」


 マザーはじとっとした目をタクヤに向けた。


「あれ、そうだったか?」

「それに適当って言った?」

「あー、それはそのー、言葉のあやと言うか……」

「そんなことより」


 譲治の言葉にタクヤとマザーは、ぱっと譲治に顔を向ける。譲治が「シェルターの情報は」と言うと、タクヤは「そうだった」と照れ笑いして立ち上った。


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