露店とヘアピン
あまりうれしくない昼食を済ませ再び歩いていると、風に乗って人々のざわめきが聞こえた。ジャンクタウンにはもう間もなく着くようだ。さらに足を進めていくとざわめきはいっそう大きくなり、大勢集まった人々の熱気も感じられるようになってきた。
やがて、何十両という廃電車の残骸で囲まれた『壁』が見えてきた。
普通の壁には必ずある、扉に当たるものはない。車のバンパーや廃材を折り曲げつなぎ合わせてつくられた巨大なアーチがあるだけだった。アーチのてっぺんには、旧世界の商店街よろしく電飾を使い「ジャンクタウン」と英語で書かれていた。「JUNK」の「U」が「A」になっているが、誰も気にする様子はなかった。ロゴの下にはひびの入った大型のモニターがあり、硬貨と商品の大まかな相場が表示されている。
アーチの下では出入りのために浮浪者や商人、スカベンジャーが人型の警備ロボットの前に列を作っていた。譲治たちもその列に並ぶ。
「おお……人がいっぱい……!」
そわそわとあたりを見回すマコトに「おとなしくしてろ」と一言注意する。マコトは一旦は落ち着いたが、すぐに体を揺らして視線をせわしなく動かし、再び譲治が注意する。そんなことを四、五回繰り返していると譲治たちの順番が来た。
「中に入れてもらいたいんだが」
「少々、お待ちくだサイ」
大型のレーザー銃を持ったロボットが、ほとんど違和感のない発音の電子音で低く喋った。それから譲治たちに歩み寄ると、赤色のモノアイから光が照射され、譲治とマコトの全身をなでる。
「危険物の所持を確認。敷地内で使用した場合、発砲する可能性がありマス。ご注意ヲ」
「大丈夫、そんなことはしない」
「それでは、ドウゾ」
アーチをくぐって中に入るとはるか遠方まで露店が続いているのが見える。ブルーシートを広げただけのものから、即席で屋台を作っているもの。廃車を利用したもの、ステンレス製の棚、ガラスケースを使って小奇麗にディスプレイしているものまである。
食料品店、酒店、雑貨屋、床屋、胡散臭いマッサージ店まである。中にはどうやって運んできたのか、大型バスの廃車に、「一泊飯つき一〇〇円硬貨一枚」と書かれた看板を立てかけた宿屋もある。それらの店の間をおびただしい数の人間が行き交う。それらの人間と共に、門のところに居たものと同タイプのロボットが歩き回り、警備の目を光らせている。
露店の間を譲治たちは進んで行く。すれ違う人々はマコトを物珍しげに見ながら脇を通り抜けていく。綺麗なシェルタースーツを着ているのが珍しいのだろう。
「うわあ……うわあ!」
「おい、離れるな」
譲治はふらふらと店を行ったり来たりするマコトの腕を掴んで引き寄せた。人ごみの中に入り込まれたら探し出すのは骨だった。
「だって譲治さん!」
マコトが目をきらきらと輝かせながら言うと、譲治はため息を吐いた。好奇心の塊であるマコトに我慢しろという方が無理な話だろう。
「少しだけだぞ」
「はい!」
マコトは前のめりになりながら店先を回り出した。譲治はその跡を追いながら、部品や工具を売っている商店の品物に目を向ける。もしかしたら基盤があるかもしれないと思ったからだ。
しかし、目に入るのは鉄クズばかりで精密な機械類などは見当たらなかった。ひとつひとつ見て回っていては何日かかるか分からない。ここで基盤を探すにしても、まずはある程度の情報を仕入れる必要がある。
譲治がそう考えながら歩いていると、前を進むマコトとぶつかってしまった。「すまん」と譲治が言ってもマコトは軽くうなずくだけで、視線は店先に向けたままだった。その視線の先には様々な色や柄のヘアピンが入った、半透明の小さなプラスチック製の箱があった。
「欲しいのか?」
「へ?」
譲治の存在に今頃気が付いたかのように、マコトは間の抜けた声で返事をした。
「それ、欲しいのかって聞いたんだ」
「いえ別に! ただ、綺麗だなって」
「ヘアピンくらいなら買ってやる」
譲治は店主に差し出された小型の端末に指を当て、物価の相場を確認した。ヘアピンは箱で一円硬貨三枚。値段を確認してから、モニターに乗せた指をスライドさせる。食料品や衣類のカテゴリを横に流していき、嗜好品のカテゴリをタッチした。酒や菓子類と一緒に表示された煙草の項目をタッチすると、一本につき一円硬貨五枚と表示された。
譲治は雑貨屋に煙草を一本手渡し、代わりにヘアピンの箱と一円硬貨二枚を受け取った。マコトは「ありがとうございます!」とお礼を言ってから、早速前髪をピンクのヘアピンで留めた。嬉しそうに髪をいじくるマコトを見て、譲治はふっと息を漏らした。
「え、似合ってませんか?」
「いや、ちょっと思い出しただけだ」
「なにをですか?」
「娘の写真、見ただろ」
「はい、綺麗なキモノを着てましたよね」
「あいつは七五三だっていうのに綺麗な髪飾りじゃなくて、お気に入りのピンクのヘアピンで留めるって聞かなくてな。それを少し思い出しただけだ」
「そうだったんですか」
「ほんとうに頑固だったよ。でも、すごく芯の強い子だった」
「娘さんを大事にしてるんですね」
「……まあな」
「一度お会いしたいです」
「……そのうちな」
譲治は咳払いをひとつすると、今度はマコトの前に立って歩き始めた。




