管理官
マコトが端末に声をかけると、モニターが点灯して女性の顔が映し出された。外の世界にはほとんどいないであろう、気品の溢れる顔つきだった。
モニターの女性は驚きと喜びの色を顔に浮かべ、少し待つようにマコトに言うとモニターから消えた。少しすると、鋼鉄のかんぬきが留め具とこすれ合う耳障りな金属音が轟いた。譲治とマコトは少し離れて耳をふさぎ、扉が開くのを待った。扉が完全に開くと――。
「マコトお姉ちゃんおかえりなさーい!!」
わらわらと小さな子供たちが奥に居るのが見えた。
マコトはそれを見つけると、大きく手を振った。
「みんな、ただいま!」
マコトが子供たちの群れに叫ぶと、子供たちはいっせいに走りだし、マコトを取り囲んでしまった。それから『お外はどうだった?』『なにかおいしいもの食べた?』『面白いものあった?』『おっきなたてものあった?』『怖くなかった?』など、質問攻めである。マコトの質問癖がマシに思えるほどの勢いだった。
「待って! お姉ちゃんこれから大事なお仕事があるから!」
ええー。と不満の声が一斉に上がる。
「場所さえ教えてもらえば、あとは勝手にやってるぞ?」
譲治が喋ると、子供たちはいっせいに静まり返った。譲治の方を見てひそひそと何かを話し、怯えたような目をしている子供もいる。
「な、なんだ急に」
「ごめんなさい。この子たち、オトコの人を見るの初めてで」
「なんだって?」
男を見るのが初めて。というのはどういうことなのだろうか。そういえばマコトも以前そんなことを話していたことを譲治は思い出した。
よく見てみれば、マコトを取り囲んでいるのは、みんな女の子だった。どの子も齢は五、六歳だろうか。入口の機械のモニターに映ったのも女性だった。そうなると、この子たちの親はどうなるのか。父親はいないのか。
譲治があごに手をあて、髭をこすると、また女の子たちがざわめきだす。
『なんだろうあれ』『わたし知ってる。おひげっていうんだよ』
『おひげ?』『おひげって何?』
『オトコの人についてるものなんだって』『わたしにはないよ?』
『なんでないのかな?』『わたしもおひげ欲しい!』
気が付けば、怯えていたはずの子供たちの視線は、好奇心に満ち溢れたものに変わっていた。何十という子供たちの好奇の視線が譲治に注がれる。嫌な予感がして譲治は一歩下がった。女の子たちは一歩進んだ。
一歩下がり、一歩進む。
譲治の靴が何かに当たった音が、スタートの合図だった。
『おひげってなんでついてるの?』『ねえねえ、なんでそんなに声が変なの?』
『お外にはオトコの人はたくさんいるの?』『オトコの人はみんなおひげついてるの?』
幼い声の激流が、譲治の全身に一気に叩き付けられた。
「お……う……」
「ほら! お姉ちゃんと譲治さんは忙しいから、みんな食堂で待ってて。後で行くから!」
怒とうの質問攻めに何も言うことができないでいた譲治を、マコトがフォローする。それでも、子供達はぶーぶー文句を言っている。
「みなさん、おやめなさい」
やんわりと優しい声と共に、奥の扉から気品のある顔立ちの婦人が出てきた。マコトと同じようなスーツを着ていたが、ところどころデザインが違い、襟元には赤いラインが入っている。この婦人が管理官で間違いないだろう。
彼女が一言声をかけると、子供たちはしぶしぶといった様子で従い、奥の自動ドアへと流れ戻っていった。婦人は優雅な足取りで譲治の前まで来て、目を瞬いている譲治に頭を下げた。
「このたびは我々のシェルターの修理を引き受けていただきありがとうございます」
婦人はカレンと名乗った。カレンは譲治の予想通りこのシェルターの管理官だった。
「マコト、あなたもよく頑張りました」
「はい!」
「すこし……汚れていますね。洗浄室にどうぞ」
「頑張ってきた証拠です!」
ふんっ、と誇らしげに胸を張るマコト。
監督官の手に小型の銃が握られていることにマコトは気が付いた。
「あれ、なんでレーザー銃なんて」
「貴女が連れてきた人が信用ならない人ならば撃とうと思っておりました」
「ちょっと! 譲治さんは大丈夫ですよ!」
まだ激流のダメージの残っている譲治の耳には、カレンの言葉は届いていなかった。
「さて、譲治様でしたね」
「は? あ、ああ……」
「こちらへどうぞ」
婦人は口の端を引き上げ、譲治に洗浄室と書かれた部屋に入るように促した。この設備は譲治も知っていた。昔、ST社のエンジニアだったころに何度か整備したことを覚えていた。透明な扉がひとりでに開くと、壁にての手のひらほどの大きさの穴が開いくつもいているのが見える。
譲治はマコトや婦人たちと一緒に洗浄室へと入った。中に入るとエアーシャワーが全身を洗浄していく。髪の毛の一本一本、爪の間から皮膚の隙間まで完全に洗浄されていくようだった。
エアーに毒か何かが含まれていてもいいように、二人と同時に入った譲治だったが、その二人が平気でお喋りしているところをみると無駄な心配だったようだ。外の汚れをきれいに払い終えた譲治を、マコトが迎え入れる。
「譲治さん。案内しますね」
「マコト。あなたはここまでで大丈夫です」
先に行こうとするマコトを、婦人が流れるようなしぐさで止める。
「この方は私が案内致します」
「で、でも」
「あの子たちも貴女の話を聞きがって仕方がないようですし」
夫人が目を向けた先には、ガラスいっぱいにへばりついている子供たちがいた。どれも好機に目をきらきらさせて譲治たちを見ている。
「俺なら大丈夫だ。お前もまだ本調子じゃないだろうし、ゆっくりしてこい」
「うー……」
マコトはしばらくうなりながら譲治と管理官を見比べていたが、やがて観念したようにうなずくと、居住区と表示された扉へ入って行った。




