チップ
「ふふ、きっと自分で案内したかったのでしょうね」
「そうか……」
「あの子は一度やると決めたことはやる子ですから……さて、譲治様。参りましょうか」
譲治は管理官と一緒に、白を基調とした無機質だが明るい照明の廊下を進んでいった。白色の電灯は、疑似太陽照明という、太陽光とほとんど変わらない光を発するものだ。天井近くのスピーカーからは、機械音声の放送が行われている。内容は幼い声で譲治の到来を知らせるものだったが、大げさに誇張されていて、譲治はむずがゆく感じた。
「改めて申し上げますが、修理の依頼を受けていただき、ありがとうございます」
前方を歩く管理官の言葉に譲治は生返事で答える。一見した限りではおしとやかな婦人だが、シェルターに入ろうとする人々をレーザー銃で灰にするような人間だ。譲治は隙を見せないように気を配る。
奥にエレベーターが見えてきたところで管理官のカレンはそろえた手を口に当て、何かを思い出したように譲治の方を振り向いた。
「申し訳ありません。譲治様の体調を斟酌しておりませんでした」
「かん……なんだって?」
「もしお疲れでしたら、修理の方は明日でも」
「ああ、そういうことなら大丈夫だ」
管理官は優美な笑顔を浮かべ、一言謝辞を述べてからエレベーターへと向かった。エレベーターの前に着くと、管理官は呼び出しボタンを押した。ふと譲治は、ここに来た本来の目的を思い出した。子供たちの質問攻めのせいで、すっかり失念していた。
「そうだ忘れてた」
「どうかなさいましたか?」
「あんた管理官なんだよな?」
「ええ、そうですが」
「なら修理する前に頼みがある」
「何でしょうか」
「修理できたら、俺をここに住まわせてくれないか?」
小首をかしげる管理官に率直に提案する。
「それはどういう……?」
「いや、外は危険でな。できれば安全なここに住みたいと思ってたんだが」
「なるほどそういうことでしたか」
「詳しくはマコトに聞いてもらいたいんだが……」
マコトが一緒に居る時に話した方がよかったかと、譲治は後悔した。
口に手をあて、考えている管理官に、譲治は畳み掛ける。
「ここの子たちには手は出さないさ。もちろんあんたやマコトたちにも」
「そうですね……」
カレンはしばらく黙っていたが、やがて譲治の方に顔を向けると、にっこりと微笑んだ。
「分かりました。修理していただいた暁には、居住を許可させていただきます」
「本当か!」
「ただし、こちらの……」
婦人はベルトから、一センチ四方の薄い鉄板のようなものを取り出した。
「こちらのチップを埋め込ませていただきます」
「なんだって?」
「なにか異常な行動をとった場合には……管理官に知らせが来て、こちらから鎮静作用のある化学物質を出させていただきます。このシェルターに居住している者は全員このチップが埋め込まれています。私やマコトにも、もちろん子供たちにも。ですから――」
管理官はすらすらと暗唱するように説明したが、不意に口を閉じた。それからふっと一瞬目を伏せ、そのチップをベルトに戻してしまった。
「いえ、忘れてください。ここにお住みになってかまいませんよ」
「なんだ、そのチップはいいのか?」
「ええ、なんというか……もう必要ない物ですから」
「なんか気持ち悪いな。一度言いかけたことをやめられると」
「今のは冗談で……いえ、冗談と言うかテストだったんです。これを受け入れるならお住みいただいてもかまわないと考えたんですよ。譲治さんはきっと入れるとおっしゃる。そう思いましたので、途中でやめたんです」
その笑顔から、譲治はなにか裏を読み取ろうとしたが、微笑を浮かべる婦人からは、気品や淑やかさ以外には何も読み取れなかった。
「マコトには人を見る目がある。あの子が連れてきた方なら、信頼してもいいはずです」
譲治はマコトが人食い一家の本性を、なんとなく見抜いていたことを思い出した。同時に、彼女を娼館に売ろうとしていた小男をいい人だと言っていたことも思い出した。よくわからなくなった。
「それに、また浄水器が壊れたら大変ですし……もっとも、譲治様がなにか問題を起こした時は、それ相応の処置は取らせていただきますが」
「ま、そりゃそうだな」
話しているうちにエレベーターが来た。二人が乗り込み婦人がボタンを押すと、下層階へ向けて動き出した。頭上の回数表示のランプは地下四階の表示が点灯していた。四階に着き、エレベーターから出ると、譲治は婦人の背中に向かって口を開いた。
「本当に住んでもいいんだな」
「ええ、修理工として居住していただくことを、こちらからもお願いしたいくらいです。ただしあの子たちに乱暴するというなら撃ち殺しますので……」
「あ、ああ……」
後半の物騒な台詞はさておいて、シェルターに住まわせてくれるという言葉に嘘はないようだった。変に勘ぐって、せっかくのシェルター居住のチャンスを棒に振るのも馬鹿らしい。譲治は自身を納得させるように何度かうなずいて、婦人の後について行った。




