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第三章ノ二

 次の日、大ババ様からの呼び出しを受けて、四人は広場に集まった。


「よく集まった、お主ら。お主らをここに集めたのは、会わせたい者がおるからじゃ」


 会わせたい人って、いったい誰なのだろう。大ババ様と同じくらい有名な人なのだろうか。西方で英雄視されている人とか?

 ロネの頭の中で色々な想像が浮かんでくる。


「あやつじゃ」


 本人が少し離れた物陰から姿を現したとき、ロネの頭の中の数多描かれた像は、一瞬で崩れ去った。

 ロネだけでなく、クシも目を見開き棒立ちになった。

 信じられなかったのだ。

 『狐』がここにいるなんて。

 ロネは即座に刀を手に取り、『狐』に突進していく。しかし、その進路はベテラン二人によって阻まれた。


「どうどう、落ち着け。ロネ」


 イケがなだめるように呼び掛ける。


「なんで止めるんですか!」

「あいつは敵ではない」


 ノズが答える。


「でも『狐』ですよ!」

「いいから落ち着け、ロネ」


 イケが肩をつかむ。顔を見ると、イケは首を横に振った。何度か深呼吸をして、ロネは刀を下ろした。


「すまぬな、若いの」


 大ババ様が白髪の『狐』の方へと歩いていく。ロネの心配をよそに、大ババ様は『狐』と並んでこちらを向いた。


「こやつは狐ではあるが、他とは違うのじゃよ」


 落ち着いて話をするために、大ババ様の家に行くことになった。

 移動する道中、ロネとクシはじっと『狐』を見ていたが、その振る舞いは普通の人間と何ら変わらなかった。


 

 大ババ様の家の一室は、ロネ達の天樹にある講堂に、どこか似た雰囲気があった。

 全員が席についたところで、皆の前に座った大ババ様が、横に座している狐を指して口を開いた。


「こやつ、名をビヤというのじゃがの。こやつは、元々ここの人間だったのじゃ」

「な!」「っ!」


 いきなり告げられた言葉に、ロネ達は驚くしかなかった。ベテラン二人が平然と聞いていることなど、気にならなかった。


「ここから先は、本人から語ってもらおうかの」

「分かりました。ババ様」


 放たれた声は嗄れていて、よく見ると口の端には深い皺が刻まれていた。


「お二人とも、準備はよろしいですか?」


 狐に問われ、少々気持ち悪さを感じながらも、二人とも首肯した。


「それでは、狐になった降下の日から話しましょうか」


 そう言って、ビヤは思い出を呼び起こすように少し上を向いて、話し始めた。



「今から数十年前の降下の日、その降下を最後に、私は引退することになっていました。五回目になる新人教育のための班長として、周りに注意を払いながら採取を行っていた時のことでした。その時は警備班という制度はないにしろ、新人は安全性を高めるために隊の捜索範囲の中心辺りに配置されていたんです。

 にも関わらず、どこからすり抜けてきたのか、一人の狐が私たちの前に現れました。新人を逃がし、他の班の増援が来るまで足止めしようと考えていたのですが力及ばず、私は倒されてしまいました。相手が自分に馬乗りするような形になったとき、最後の力を振り絞って危険を知らせるために叫び声をあげました。声をあげ続けたまま、翼を切られたのが、分かりました。

 それからどれくらいの時が経っていたのか分かりません。気が付くと、変わらない森の姿がまず目に映りました。それから体のあちこちを確認すると、倒されたときに付けられたはずの傷はどこにも残っていなかったんです。同時に、背中に付いていた翼がなくなり、仮面を被っていることも分かりました。

 あともう一つ、狐になってから少し経ったある日、頭の中である記憶が呼び起こされたのです。それは、『厄災』の日の記憶でした。今は大ババ様に封印してもらっていますけれども」


 『厄災』。伝承に記録されている、二百年前の事件。ロネが昔父親から聞いていた、天樹の話である。


「何かに追いかけられるような、すごく恐ろしい記憶です。それを思い出す度に、私は少しずつ自分を失うような、奇妙な感覚を覚えました。なのであまり思い出さないようにし、このことをババ様に伝えなくてはと、天樹に戻る方法を考えるようになりました。しかし狐の性質上、鳥に会うと襲ってしまう。その条件反射をなくすために、天樹にかかる雲に穴が開く日に、近くまで行って、目隠しをした状態で、鳥と会いました。そして事情を説明して、なんとか捕虜として連れ帰られることに成功し、今ここに至るということです」

「と、いうことじゃ。分かってもらえたかの?」

「ええ、まあ。若干気になるところもありますが」

「右に同じです」

「そうかそうか」


 新人二人の反応に、大ババ様はふぉっふぉっふぉと笑った。

 ロネ達は事態を飲み込むのに一杯一杯だったが、ベテラン二人は涼しい顔で落ち着いていた。


「お二人は、驚かないんですね」


 ロネの言葉にノズは「まあな」と頷く。


「俺たちは以前にこの話を聞かされた」


 イケも頷く。


「……本当ですか?」

「ああ、アト様の勧めでな」


 教程で研修に来るのとは別に、部隊長になる者はもちろんのこと、分隊長や見込みのある者も、長老の勧めを受けてこの話を聞きに来るのだという。新人や、部隊の命を預かる身として、真実を受け止めてなお刀を握れるかを試すために。そこで降下隊をやめる者もいるのだとか。


「さて二人とも、ここで質問じゃ」


 大ババ様はその二つの目でまっすぐロネとクシを見つめた。


「お主たちは、降下隊としての任務を続けていく気はあるか?」


 言い方は先ほどまでと何ら変わらない。違うのは、二人の感じ方だった。

 腹に重石を乗せたような気持ち悪い感覚。眼前の老婆から発せられる鋭い殺気。

 大ババ様の行為は、言葉よりも雄弁だった。

 しかしそれを払いのけなければ、父には、父と並ぶところにはたどり着けない。


「あります」

「私も、あります」

「その言葉に嘘はないな?」

「はい」「はい」

「……よかろう」


 ロネとクシの言葉に大ババ様は頷き、二人のもとへ寄ってくる。


「二人とも、顔を伏せよ」


 言われた通りにすると、二人の肩にふっと手が乗せられた。


「……」


 何か、聞こえるかどうかくらいの大きさで呟いた大ババ様は、手を下ろした。


「それでは、これにて研修要件はすべて済みじゃ。四人とも、ご苦労じゃった」


 そこからは一日自由行動と言うことで各自が修練に打ち込み、夜はしっかりと休んだ。

 夜、ベッドの中でロネはじっと考えていた。


 『狐』がなぜ自分たちを襲うのか、を。


 ビヤは言っていた。「前世の記憶を思い起こすと我を失うような気がする」と。


 それが何か関係しているんだろうか。


 いくら考えたところで真実は分からない。

 考えたところでやることに変わりはない。

 自分の中でけりをつけて、ロネは寝返りを打った。

 翌日の朝、四人はビヤを含む西方の天樹の人々に見送られながら、東方の、自分たちの天樹へと帰っていった。



 研修を終えてから、ロネとクシは今までより一層鍛錬に励むようになった。結果として、クシは三年で班長になった。ロネは一年遅れで昇進の話が来たが、「自分は後輩の面倒を見れるような奴ではない」という自己申告から、信頼できる仲間と共に、警備班に新設された遊撃部隊に配属された。

 クシはロネの昇進を聞いて大変喜んでいた。


「お前との差が広がっちまった気がするけどな」なんてロネが言うと、


「アト様は警備班から長老になったお人だそうよ。それに私はあんたと並んでるつもりよ。あんたがちゃんと守ってくれるから、私たちは余裕が持てるんだから」と励ましの言葉をかけた。


 クシの言葉の嘘か誠かなんて、長年付き合っているロネには一瞬で分かる。だからこそ、クシの言葉は素直に受け止めた。



 そして、総じて五年が経ち、ロネが警備班遊撃部隊の隊長になってから、二回目の降下の日が来た。

 いつものように広場に集められた降下隊。隊列に並ぶ人々の顔を見渡すと、その顔ぶれが初降下の時からだいぶ変わっていることから、時の流れを感じられる。

 時の流れは、ロサとロネとの距離でも、少なからず測ることができた。最初は隊列の邪魔にならないように物陰から見ていた少年が、今や部隊長である父を目と鼻の先に見ることができる。ロネは二回目にしても、少し鳥肌が立っていた。


「ということで、いつも通り頑張ってくれ。警備班の君らがいるかいないかでは、こちらの勝手もまるで違ってくるからな」

「はい!」

「それでは、式を始めよう」


 部隊長の一言で半円状に集まっていた警備班の班員はそれぞれ一列ずつ隊列を組み、それを合図にして分隊の隊員たちも姿勢を整えた。


 

 降下の式が終わり、部隊長に並び警備班から降下位置に移動していく。

 深呼吸をして、集中力を高めていくロネ。

 見つめる先は遥か下の大地。秋の紅葉に染め上げられた森林。

 臨機応変に立ち回り、守ることが自分の役割。

 羽は少し震えていた。


「降下!」


 部隊長の号令と共に駆け出し、跳び、凄まじい速度で下降していく。羽をたたんだ状態のトップスピードで突き進む彼らに追いつける者はいない。

 雲を突き抜けると体勢を調整し、羽を広げて滑空を始めた。それでも通常の分隊とは比べ物にならない速さで下りていく。地上近くになると、警備班はそれぞれ自分の担当する採取範囲内の索敵を済ませてから、その外縁に着地した。

 遊撃部隊であるロネ達も、それぞれが最初の位置についた。

 遊撃隊は採取班が作業をする範囲の淵の部分をじっと守る基本の部隊とは違い、決められた範囲内を適宜巡回する。予測不能の事態に迅速に対応するために作られた部隊だ。その特性上、一応隊の形をとってはいるが、実地ではそれぞれが別行動をする。そうすることで広い範囲を効率よく警備することができるからだ。

 空を見上げると、採取班が、ゆっくりと降下してきていた。

 採取範囲に次々と下りていく降下隊の面々を、ロネはじっと見つめていた。



 採取は順調だった。

 ロネが見る限り、凶暴な獣が出たとか、沼に隊員が落ちたとかいうような場面は見えず、他の隊員たちから危険を知らせるための笛の音も聞こえないことから、今のところ無事に進んでいることを確認した。もうすぐ第二陣が下りてくる頃だ。

 第一陣の中心部あたりの部隊が上へ上へと羽ばたいていく様子が見えた。


「子供の頃は、丁度このとき襲われたんだよな」


 一回目の時も、そんなことを考えた。

 あの不安が拭い去れない。

 守備範囲ではあるし、と誰に言っているのか自分でもわからない言い訳を口にして、ロネは新人たちが上っていく中央近くへ警戒に行った。

 ロネの危惧をよそに、第一陣は何の支障もなく全員帰還していった。



 第二陣の採取もあと数分で終わりそうなときでも、ロネは森を隈なく索敵していた。黄や赤に彩られた草木の葉が綺麗に見えたが、今は風景美に浸っている時ではない。

 右に左に何度も何度も、移動しながら首を動かし、採取班の無事を確認していた。

 おそらくあと十分ほどだろうか、などとロネが考えていた時だった。

 見覚えのあるお面が視界に入った。

 『狐』だ。

 それと対峙しているのは、刀を構えながらも震えている新人だった。なぜか担当の班長の姿が見えない。


「間に合え!」


 急降下するロネ。頭の中に、笛を吹くという選択肢はなかった。

 考えることすらできなかった。

 ただあの子を救うということだけが頭にあった。

 『狐』は少しの間微動だにしなかったが、相手が何もしてこないのを見てか一気に距離を詰めた。

 刀を弾かれ、衝撃を殺しきれなかった新人は後ろに飛ばされる。

 じりじりと詰め寄る『狐』。

 握りしめた刀を上段に構え、振り下ろす。


「させるかよ!」


 刀を持っていた手が切られ、『狐』は叫びをあげた。

 武器を落とした相手にも容赦なく、ロネは切りかかっていく。

 叫びをあげていた間の二、三は攻撃を受けていたが、叫ぶのをやめるとまるで別人のようにロネの攻撃をかわしていった。

 攻撃の合間のスキを突いてロネに蹴りを一発打ち込む。

 ガードができず、腹に食らったロネはひるんだ。

 すかさず『狐』は落ちた刀を拾い上げて距離をとる。

 ロネも新人の前に立ちふさがった。

 攻防で巻き上げられた紅葉が、はらはらと落ちていく。


「お前、班長と他の班員はどうした」


 『狐』から目を離さず、ロネは後ろの新人に質問を飛ばす。


「ふ、二人は、さっき、そこで……」


 そこで。後の言葉は、想像に難くない。


「お前はすぐにここから離脱しろ。……今すぐに!」


 ロネの大声にビビりながら、新人は翼を目一杯動かして、狐の手の届かない空へと逃げていった。


「怖い怖い。お前は誰だい?」


 『狐』が話しかけてきた。

 無視するに決まってる。

 相手は刀を構えたままだ。


「君、他の人に知らせなくていいのかい?」


 知らせる必要はない。

 新人は逃がした。あとは自分が目の前の敵のスキをついて空に上がればいいだけ。

 笛で仲間を呼ぶのはその時でいい。

 というより、その時しかないだろう。


「なんか、君の考えが手に取るようにわかるよ」


 ゆさぶりには動じない。


「でも君、ひとつ勘違いしてると思うよ?」


 仕掛けてこないなら、と『狐』に切っ先を向けて踏み込む。

 足元の落ち葉がすれて音を立てる。


「こっちは、一人じゃないよ?」


 ぞくっ。

 背筋を駆ける寒気。翼の羽が一斉に逆立つ。

 背後から刃を向ける明確な殺気が、確かに感じられた。

 踏み込みを中断して、殺気の方向に刀を向ける。


「相手に背後を見せたら終わりダヨ?」


 しまった。

 そう思ったときには、もう遅かった。

 ……なくなった。

 何かが、背中からなくなった。

 体中の力が抜けていく。

 立っていられず、地に倒れた。上から何かが降ってくる。

 これは……羽だ。赤く色づいた羽が舞っている。

 ということは、切られたのは、翼か。

 それくらいしか思考が働かない。

 『狐』のことなど、考えられない。

 ついには思考が遠のいていく……。

 耳鳴りがする……。

 見える世界が、揺らいでいく……。



 翼は見る見るうちに生気をなくし、枯葉の如く、風に吹かれて粉々に消え去った。

 次の瞬間、羽の付け根からどろどろとした黒い液体が噴き出した。それは物理法則を無視して宙をうねり、ロネの体に覆いかぶさる。体表を覆い尽くしたその物体は、羽の付け根の傷を癒し、ロネの顔に収束していった。


 顔の上半分を覆うようにして白く変色し、形をなしたそれは、『狐』の面だった。

 面が完成すると、ロネは目を覚ました。

 いや、これはロネではない。

 鋭い眼光。伸びた牙、爪。それに加えて、山二つは越えて聞こえるであろうけたたましい咆哮。まさに、獣のそれだった。

 二本の足で森を駆け回り、獲物となる動植物をかっ喰らい、寝て、また野を駆け回る。

 川に水を飲みに来ることもあった。顔を近づけたとき、水面に顔が反射して見える。

 しかし獣は自分の顔などを気にすることもなく、山向こうの穀類の野原も、高地の先の極寒の大地も、砂漠の向こうの常夏の海も、獲物を求めて駆け続けた。


 狐になってから、太陽は何度も昇っては沈んでいった。何年も経ったのか、そんなに月日は経っていないのか、ロネ、もとい今も野を駆け回っている獣に、確かめる手立てはなく、確かめようともしない。本能の赴くまま、辺り構わず暴れまわっていた。

 時折、何者かに攻撃を受けていたが、その時の事も、この獣には思い出せない。

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