表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

第二章

 決戦の日、二人は肩を並べて歩く。


「ついにこの時が来たわね。ロネ」


 クシは、短かった髪を肩まで伸ばすようになっていた。


「十五になってもお前に対して百戦五勝しかできない自分が不甲斐ない」


 ロネも成長期なだけあって、背が高くなった。

 あまり変わらなかったはずの二人の身長は、今や十センチほどの差がある。


「同世代随一の私に、まぐれにしろ五回も勝てたのよ? 自信持ちなさい」


 クシは幼馴染の大きな背中をポンポンと叩く。


「それは褒めてるのか、けなしてるのか」


 ロネは半目をクシに向けた。


「どっちもよ」


 微笑みながらクシが言う。


「さいですか」


 つられてロネも口角を上げる。


「さ、行くわよ」

「はいよ」


 足並みをそろえて、二人は大広場の端に建てられたテントへと入っていった。


 今日は、降下隊入隊試験の日だ。

 試験内容は、実践訓練。

 任意の防具をつけた状態で竹刀を打ち合い、相手を戦闘不能にするか、降参させれば勝ちというルールだ。

 普通は同年代で総当たり戦をやり、上位五人が合格となる。

 そう、普通は。



「終わったあ」


 帰路を歩きながら、ロネが溜息を漏らす。


「なぁにが、終わったあ、よ」


 クシは疲れ果てているロネを肘でつつく。


「年上と戦うことになるとは思ってなくて」

「私と打ち合えるあんたが同年代と戦って認められる訳ないって」


 クシはふふふ、と笑いながら平然とそう言った。

 会話にもあった通り、二人は十五歳の部ではなく、一つ年上の十六歳の部で試験を受けさせられたのだ。


「ってことは何だ、お前は最初から年上とやるつもりだったと?」

「当り前よ。同い年に敵なんて、ほぼいないもの」

「……流石だよ、お前」


 ロネはまた溜息を漏らした。


「あんたこそ、なんだかんだ言って結構勝ってたじゃない」

「半分はお前と戦った時に相当ダメージを受けてたか、そうでなくともかなり疲れてたからな。お前よりかはやりやすかったさ」


 ちなみにロネは、今回は健闘空しくクシに敗れてしまった。


「そう。つまり、私のおかげね」

「この結果がちゃんと評価されれば、お前のおかげだな」

「相手が棄権しなかったんだから、戦歴はちゃんと処理されるでしょ。それに、私とやりあえたの、あんた含めて片手で数えられるくらいだもの」

「だといいんだけどな」

「……」


 話をしているうちに、クシの家の前に着いた。


「それじゃ、あんたが合格してることを祈っとくわ」

「おう。俺も……って、お前は受かってるだろうな」

「分からないわよ」

「はははっ。まあ、俺も祈っとく。じゃあな」

「うん。じゃね」


 手を振りあって、二人は別れた。

 クシは少しの間、ロネから目を離さなかった。



「おかえりなさい、ロネ」

「ただいま、母さん」


 居間の方から出てきたハーネは、満面の笑みだった。


「今日、少しだけだけど見たわよ。格上相手によく頑張ったじゃない」

「そうかな」

「一年の違いは、かなり大きいらしいの。それを互角に戦うだけでも、すごいことよ」

「ありがとう、母さん」


 励ましに安心する裏で、ロネは「互角」というところで僅かに反応した。

 あのクシは、年上相手にも動じることなく、相手の攻撃のほぼ全てを受け流し、どんなスキでも見逃さずに攻撃を加えていった。互角なんてもんじゃない。一つ上にも、クシに敵う奴なんていなかった。

 今回の試験で、まざまざと格の違いを、また見せつけられた。

 重い感情が体を押し付けてくるようで、ロネは玄関で靴も脱がずに立ち尽くすしかなかった。


「クシちゃんとの格の違いを感じてしょげてんのかな? ロネ君や」

「……っ! 父さん」


 後ろから入ってきたのは、ロサだった。今日は試験の採点員をやっていたのだ。

 下を向いていた息子の頭をがしがしと荒く撫でる。


「まあお前はまだまだ踏み込みが甘いし、勝てそうになると脇が開いてくるし、じわじわ突いてくる相手への対応が未熟だ。その点あの子はアソンさんの娘、今までの鍛え方が違うんだから、今に今、肩を並べられるわけがないだろうよ」


 ロサは天然でやってるのか、自分の息子に何発も追い打ちをかけた。

 眼の光が小さくなっていく。


「でも」


 ぴくっと耳を立てて、でも? とロネは聞き返した。


「あの中でクシちゃんに一番近かったのは、間違いなくお前だ」


 父親の言葉の中で、今までのどれよりも聞き返したくなる言葉をロネは聞いた。

 思わず翼がふるふると揺れる。


「それに、相手へと向かっていく勇気と、相手に一気に詰め寄られたときの受けは良かったぞ。修練の賜物だな」


 今すぐに歓喜の大声をあげたくなるくらいロネの心は高揚した。


「さて、はやくご飯食べよう」

「おう!」

「今日はお祝い用の特別料理よ。たんと召し上がれ」


 よっしゃよっしゃと騒ぎながら、ロネはやっと靴を脱いだ。



 二日後。結果発表の朝。


「走りに行ってくる」


 靴を履きながら言うロネの背に、母の声がかかる。


「え? 発表はまだでしょう?」

「じっとしてられないんだよ。だから、いってきます」


 扉を開けて駆けだしていく息子の姿は、すぐに見えなくなった。


「ふふふ、いってらっしゃい」


 やっぱりあの人の子ね、なんて、閉じたドアに呟いていた。


 ロネが風を切って走っていると、前方に自分と同じように走っている人の影が見えた。

 追いついてみるとその人は、何の驚きもない、見慣れた顔の少女だった。


「なんだ、クシか」

「なんだとはご挨拶ね」


 クシは少し走るペースを緩めた。


「なんで走ってんのよ? あんたそんなこといつもはしないでしょ」

「じっとしてらんなかったんだよ。お前こそ、なんで走ってんだよ?」

「私はいつものことよ」

「そうなのか」


 ロネの顔を見て、クシはぷっと笑い出した。


「ん?」

「嘘よ、嘘ウソ。私もじっとしてられなかっただけよ」

「ほんとか?」

「信じないなら信じないでいいわよ」


 速度を速める幼馴染にロネは待ったをかけた。


「信じるよ」


 投げやりな言葉にまた速度が上がる。


「信じるから」


 誠意を込めた言葉を放っても、クシはどんどん速くなっていく。


「信じます!」

「それでよろしい」


 なんだか上下関係ができたみたいで嫌だと、ロネは思った。

 しかしそんな思考も、走っているうちにすっかり忘却の彼方に行ってしまった。



「そろそろ時間ね」

「広場に行くか」


 一時間ほど走った二人は、そのままの勢いで結果が発表される広場へと向かった。

 到着した時にはすでに他の受験者も集まっていて、入り込む隙間もないほどだった。

 間もなくして、咳払いの声が聞こえた。辺りの喧騒が一斉に静まっていく。


「ええ、これから合格者を発表します!」


 張り上げられる発表者の声。

 いよいよだ。

 ロネの胸が、今までにないほど激しく脈打つ。走ってきたからなんかじゃないことは、ロネにもわかっていた。重力が数十倍になったように、体が重く感じた。

 でも、隣から手が握られると、ふっと体が軽くなった。クシがまっすぐ、じっと見つめてくる。そして、一度頷いてくる。

 大丈夫。

 そういわれたような気がした。

 ロネの目は、まっすぐに前を見据えた。


「まず、最年少の部から」


 着々と発表されていく名前。ここそこで湧き上がる歓声。五人の名前の中に、ロネとクシは入ってなかった。

 二人が呼ばれるとすれば、次の五人だ。


「それでは、十六の部の合格者を発表する」


 きた。


「一人目、……クシ」


 辺り一面から歓声が上がった。一つ上の部で一位合格など普通ありえない上に、それをやってのけたのが女子だということが、前代未聞のことだからだ。


「次」


 発表者の一声で、その騒ぎも一瞬で収まった。


「二人目」


 左の前の方で、細身の男が立ち上がる。


「三人目」


 右の方で、小柄な男が目一杯の喜びを表に出して空を飛び回る。


「四人目」


 今度は後ろから、勇ましい叫び声が聞こえてくる。

 ……最後。無意識に手に力が入る。


「五人目」


 お願い、受かっていて。

 頼む、受かっていてくれ。


「……ロネ!」


 発表された。呼ばれた二音が、耳の中でこだまする。

 辺りから湧き上がる歓声が入ってくるのをせき止めるように。

 ロネは、すぐには反応できなかった。放心状態になっていたのだ。

 横からクシに抱きつかれたことで、ようやく事態を理解し。理解し……。


「ちょ、ちょっとロネ!」


 失神してしまった。



「もう、なんであそこで気を失うかなあ」

「お前が急に近寄ったのが悪いんだ」

「何よそれ!」


 二人は発表会場に併設された休憩所のマットの上で、先ほどロネが起きてからずっと言い合いばかりしていた。


「まったく、こんな奴が降下隊に選ばれるなんて、採点員たちは目が節穴なのかしらね」

「そこまで言うことないだろうよ」

「ふん」


 クシはそっぽを向いてしまった。


「まあお前に言われたら言い返す言葉もないな」

「……」


 素直に受け入れるロネに、クシは不服そうな目を向ける。


「降下隊、なれてよかったな」

「あんたこそ、夢が叶ったんじゃん」

「そうだな。でもまだだ」


 ロネは清々しく、上を向いて言う。


「……頑張んなさいよね」


 クシはそんな幼馴染に、そっぽを向きながら激励の言葉を送った。


「ああ」


 進行係の声を耳に挟んだクシは、おもむろに立ち上がった。


「さてと。もうすぐ任命式よ。行きましょ」

「そうだな、行くか」


 ロネはよっと体を起こした。

 靴を履き直して、二人とも休憩所から出て行った。

 赤い髪から見え隠れするクシの耳は、髪に紛れるくらい赤らんでいた。



 全部門の発表が終わり、続いて降下隊任命式が行われた。任命された男たちには、『降下隊の証』というものが渡される。

 これは『巣』の子供や女性たち、退役した先人たちが心を込めて作った首飾りである。なんと、これをなくしたら一時的に降下隊の任を解かれるというほどの重要装備品である。これには、神の御加護や昔からの言い伝え等々が絡んでいるらしい。

 証の授与が終わると、長老からのありがたあい御言葉があり、いつが最初の降下日か、隊の配属はどうなるのか、というような諸連絡事項が通達され、式典は終わった。

 ロネは係員たちと楽しげに話をする父親に、熱い眼差しを向けていた。



最初から降下に行けるほど、降下隊は優しくなかった。

 任命されてからの三ヶ月は研修期間として、学科訓練と実技訓練が課された。最年少の部より学科が少ない十六の部に入っているのに、ロネの頭は学科でパンク寸前まで知識が詰め込まれ、実技でそれらをすべて垂れ流しにするというのを何度も繰り返していた。

 勉強は苦手ではないのだ、ただ量が多いのだ、を言い訳にしていたロネを見るに見かねたクシが放課後、懇切丁寧に、ロネの脳の皺にひとつひとつ知識を刻み付けるように、復習に力を貸した。

 クシの頑張りが実を結んだのか、ロネは順調に知識をつけていった。

 学科の知識だけではなく、組手をした相手の動きなんかも今まで以上によく覚えるようになった。技にも磨きがかかり、少しずつクシに勝つ回数も増えてきた。


 そしていよいよ、初降下の日がやってくる。



 いつか見た光景と同じように、天樹の周りに敷かれた雲には、地上の緑がよく見える大きな穴が開いていた。


「本日はー晴天なりー」

「おじいさんみたいなこと言ってんじゃないわよ」


 広場に向かって歩くクシとロネ。

二人は木の実や野菜採取を主とする第一陣の中でも、降下場所の中心近くで採取するノズ分隊配属となった。

ノズは紳士的な態度と規則を重んじる理想的ともいえる人物だ。華奢な体つきから繰り出される数々の技とよく切れる頭を持っていて、分隊員だけでなく部隊長からの信頼も厚い。

 二人の年齢を考えて、他の最年少と同じように守りの堅い部隊の配属となったのだろう。十六の部で二人を除く上位十人は、危険度がより高い外縁近くの採取班や、採取班を護衛する警備班に回されているのだから。


「というのが、私の推理よ」

「お前もおじさんみたいなことしてんじゃねえよ」


 広場へ向かうまで、二人はそんな他愛もない話をしていた。

 ロネがチョップを繰り出せば、受けられた上にお返しとしてパンチが飛んでくる。あくびをしながらそれを避けると横から鼻笑いが聞こえてくる。同じようにロネも笑う。暇つぶしにはこれくらいがちょうどいいとでも言わんばかりだ。


「ロネ、クシ。こっちだ」


 二人は声が聞こえた前方に目を向けると、途端に走り出した。

 広場の入り口から、ノズ自らが二人を呼んでいたのだ。

 帯に挿した刀が、カタカタと音を立てた。



「すみませんでした、隊長」

「遅れましたかね、私たち」


 ぜえはあと息を荒げて、二人はノズの目の前に到着した。

「いやあ、見つけたから声かけただけなんだけどねえ」

 ごめんね、と短髪をかきながら言う隊長に向かって、二人は大きな溜息をこぼした。



「それでは、皆の安全を祈る」


 長老の言葉が終わり、いよいよ降下の時が来た。

 広場の縁に取り付けられた柵の一部が取り外され、部隊長と警備班を先頭にして、分隊二つずつが順々に降りていく。

 ロネ達が下りるのは四番目だ。

 先に降りて行った新人の誰かの口から出た「ぎーーーーやあーーーー!」という元気のいい絶叫が天に響いた。あんな調子でよく合格できたな、なんてロネが思っていると、周りには今の叫びに感化されたのか、怯え始めた隊員が数人いた。


「あんた、怯えてないわよね?」


 ロネの顔を覗き込むようにクシが尋ねてくる。


「本気で言ってんなら怒るぞ」


 ロネの翼が、ふるふると震えていた。


「はいはい、ごめんなさい」


 二人とも、笑った。


「ノズ分隊、いくよ」


 隊長の呼びかけに、分隊の全員が答える。


「よし、降下!」


 隊長から飛び出し、熟練の隊員たちから順に走って空へと駆けていく。二人も前を追って走り、地を蹴った。

 空気が顔を叩く。風が身体を撫でていく。垂直降下をしているときは、速さが尋常ではなかった。正面を向くと、今まで見たこともなかった天樹の表面が視界を覆った。茶色い樹皮が、上に向かって渦巻いて筋を作っている。まるで物語に出てくる竜巻みたいだ。


「おい新入り! 落ちる方見てないと怪我するぞ!」

「あ、はい!」


 前からこちらを見回している先輩に注意され、ロネは正直に地上へと目を移した。

 広場の端から見た時点では漠然と緑としか見えなかった地上の木々も、近づくと細かな濃淡もだんだんと見えるようになってきた。

 雲を通り過ぎたところで、ノズの声が聞こえてくる。


「ここから降下地点へ調整を開始する。皆ついてきなさい!」

「はい!」


 ノズを先頭に、分隊は羽を広げて速度を落とし、糸のように連なって左へと流れていった。



「あんたどのくらい採れた?」

「ん? 今、半分くらいかな」

「同じくらいね。毒もの採ってない?」

「とってねえよ! ちっとは信頼しろっての」

「はいはい。あ、言ってるそばから毒キノコ」

「お二人さん、口を動かすのはいいけど、手も動かしてくれよ?」

「はい」「了解です」


 分隊の中でも、新人に対しては、二人につき二年以上経験のある隊員が班長となってスリーマンセルを組むことになっている。新人たちはその隊員から改めて実地での判断などを学ぶ。

 ロネ達の担当はイケという人だった。降下隊の中では珍しいふくよかな体で、気楽な言葉をよく使うが、仕事で手を抜くことはしない、真面目な人だ。

 そんなイケの肩を、ロネがつついた。


「イケさん。向こうを見てきてもいいですか?」


 ロネが指さしたのは、大きな茂みの向こうだった。木が茂っていて暗いが、木の実がなっている木も数本あった。


「あっちか……。よし、俺もついていこう。クシ、お前も一緒に来てくれ」

「はい」


 クシを呼び寄せ、三人揃って茂みの奥へと足を進めた。


 

「お、もう三時間か。二人とも、そろそろ上がろう」

「はい」「分かりました」


 茂みの奥の木の実を採って数十分。空には新たに第二陣が降りてきていた。

 既にノズを始めとした他の分隊員が空中に集まっている。クシやイケに続き、ロネもそこへ集まろうと羽を広げた。

 と、その時だった。


 ――ガサガサ――


「ん?」

「どうしたんだ? ロネ」

「いや、今そこの茂みが動いた気がして」


 横目に見える茂みを指さして告げるロネ。それを聞くとイケは目の色を変えて、体躯に見合わぬ高速で即座にロネと茂みの間に急降下した。


「い、イケさん?」

「黙って後ろに」


 今までの温厚な声とは違う、低く重たい命令だった。クシは上空からその光景を眺めている。眉の間に皺を寄せて。

 また茂みが揺れる。イケは刀を鞘から引き抜き姿勢を低くした。

 ロネも刀に手をかける。

 まさか……。

 最悪の想像が、ロネの頭を駆け巡る。

 しかし、茂みから姿を見せたのは、ただの野兎だった。

 安堵の息をロネが漏らす。


「隙あり」


 ロネは耳を疑った。左から声が聞こえた。

 誰もいないはず。でも、すぐ近くから声が聞こえた。

 目を向ける。そこに映ったのは。

 『狐』の面と、片手で低く構えられた刀だった。


「ふんっ!」


 すんでのところでイケが間に割って入った。

 刀がかち合い、高い音を上げる。

 相手の切り上げを受け流し、同時に刺突を繰り出すイケ。

 切っ先が高く伸びた仮面の鼻先に届く寸前で『狐』は後ろに飛び退いた。

 見ると、『狐』は既に片手を負傷していた。

 おそらく警備班にやられたんだ。それで逃げてきて、偶然……。

 などとロネが考えていると、『狐』は体勢を立て直し、再度向かってきた。

 イケの方も踏み込もうと足に力を入れる。

 次の瞬間。


「何をしてるのかな」


 『狐』の上方から何の前触れもなく何かが落ちてきた。

 『狐』とそれの衝突で巻き上げられた砂煙のせいで『狐』の姿は見えない。

 が、砂煙はすぐに晴らされた。


「ノズさん!」

「ごめんね、気づかなかった」


 ノズは中で広げた羽をたたんで、ロネへ謝罪した。

 視線の先には、地面に穴が掘られた跡があった。

 穴の中をよくのぞき込んでから、ノズはロネ達の方に歩いてきた。


「こんなところにまで『狐』が出るとは思ってもみなかったよ。すまない」

「そんな、ノズさんが謝ることじゃないですよ」

「君を危険にさらしたのは、私の目が届いてなかったからだ。彼女の声がなかったら、今頃どうなっていたことか」

「彼女?」


 ノズが顔を向けた方には、滞空して二つの布袋を抱えながらこちらを見つめるクシの姿があった。片方はおそらくノズの分だ。


「彼女が必死に、私たちに向かって叫んでくれたんだ。『狐』が出たってね」


 大した子だよと褒めるノズの言葉を右から左に受け流しながら、ロネは笑顔を浮かべ、まっすぐクシにグーサインを送った。

 鼻で笑われてそっぽ向かれたが。

 それでもロネは笑顔のままだった。


「さてロネ君、そろそろ帰ろうか」

「え。は、はい!」


 横で静観していたノズに言われて、慌てて姿勢を正した。

 ノズとイケに微笑まれながら、ロネ達は無事に天樹の上へと帰っていった。



 今回も収穫は良好。死傷者もなし。そういう最高の結果を出し、それに満足し、長老も部隊長も、すぐに家へ帰りたいところだった。

 だがその日、アソンとロサは家に帰らなかった。

 二人だけではない。分隊長の各員も講堂に呼び集められ、臨時の会議が行われた。

 そこで、ロネ達の探索範囲近くにいた警備班五人と、外縁の採取班四人が『狐』との交戦で傷を負っていたことが分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ