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喫茶店にて

2016.2.13

レイアウト修正(段落頭の空白漏れ追加)

(カラン、カラン)

 ちょっと古ぼけたドアベル、少し低めの音が響く。

「いらっしゃいませ」

 有紗さんの落ち着いた感じの声、明るくて少しトーン高めの挨拶が聞こえた。

 俺はいつものように本棚まで行き、一冊本を取ってから空いてる席へ向かった。

 鞄を隣の椅子に置き、コートを背もたれにかけて椅子に座る。

「こんにちは、健也さん」

 と、有紗さんからおしぼりを手渡された。

 腰まである赤みを帯びた茶褐色の髪が、風で少し揺れている。理知的な黒い瞳はいつも店内の状況を把握しおり、声を掛けてくるタイミングはさすがだ。

「こんにちは」

 手を拭きながら、こちらも返事を返す。

「今日はいつもより遅いですね。お昼はもう済んでるんですか?」

「いや、まだ食べてないですよ。いつものように日替わりランチと食後にハーブティー…って、日替わりランチってまだ平気?」

「大丈夫ですよ」

「ありがとう。ハーブティーは食後だから…」

「香りが強めのでいいですか?」

「うん。それでよろしく、有紗さん」

「はい」

 こちらの好みを知っているので、皆まで言わなくてもわかってくれる。まあ、そこそこの常連なのである。

 ちなみに、下の名前で呼んではいるが、決して馴れ馴れしくしているわけではない。

 この喫茶店では、左胸に小さなネームプレートがついているのだが、苗字でなく名前が書かれいるためだ。まあ、それなりに仲良くはなっているのだが。

 有紗さんを見送りつつ、俺は先ほど取ってきた本《ブランドン戦記》を手に取った。


 喫茶〈フォレスト〉は少し変わっている。

 この店では貸出用の本が棚に置いてある。それは、一般で流通しているものと違い、全て一点ものである。革で装丁された、アンティークな雰囲気のある重厚な本。

 内容は色々な物があるが、共通点が一つだけある。すべての本が〈ブランドン大陸〉という架空の大陸を基準として書かれている点だ。

 戦記物、建国記物、冒険物などの定番から、人物名鑑、アイテムやモンスターの図鑑、魔法一覧集、さらには調理レシピやアイテムレシピまで。世界観が統一された数百冊の本が揃えられている。

 なんでも、マスターの趣味で集められたらしい。誰が書いたのか、作者が一人なのか複数なのかなど、何もわからず謎が多い。

 謎といえば、結構通ってはいるのだが、一度もマスターにあったことが無い。以前、有紗さんに聞いたけど「二十代の男性ですよ」とだけ言われた。あんまり詮索するのも変なのでそれ以上聞かなかったが、若くてこんな本を趣味で集める人って…かえって謎が深くなってしまっただけだった。

 ちなみに、これらの本は店内のみで読む事しかできず、貸出は行われていない。そんなわけで、週二回ほどのペースで通っている次第である。


「日替わりランチお持ちしました」

 本に夢中になっていると、かわいらしい声が近くから聞こえた。

「ありがとう、今日のメニューは?」

 本を置きながら、トレーを出してくる瑠奈ちゃんに質問する。

 多分二つ、三つ下だと思われる小柄な女の子。髪は艶のある黒で、光が反射しキラキラとしてまるで星空のよう。長さは肩にかかるギリギリで、下側がふわりと広がっている。潤みを帯びた琥珀色の瞳が、少しおどおどしている。何かあったのだろうか。

「白身魚のホワイトソースパスタです。あと、コンソメスープと野菜サラダ。サラダ、先に持ってこなくて良かったんですよね?」

 本を読むから、いつも前菜はメインと一緒に持ってきてもらっている。事前に確認していなかったから、ちょと心配していたようだ。おどおどしていたのはこの為か。真面目な子だなぁ。

「うん、本読んでたからね。気を遣ってくれてありがとう」

「いえ」

 嬉しそうな顔で返事する瑠奈ちゃん。

 本人と話すときはいちおう瑠奈さんと呼んでいるが、心の中ではついちゃんづけにしてしまう。ちょっと後輩っぽい感じの年下の子である。そう、多分年下で間違ってないよな?

 本を隣の鞄の上に置いて、遅めのランチを食べ始めることにした。


 食事が終わり一息ついたところで、ハーブティーが運ばれてくる。

「レモングラスで良かったかしら?」

 声を掛けてきたのは、店員の中で一番ハーブティー好きな絵里さん。金髪の髪はゆるくウェーブし、長さは肩より少し下のセミロング。瞳の色は青で、切れ長の目は意志の強そうな雰囲気がある。

「はい。ありがとうございます。」

 絵里さんは落ち着いた感じで大人びており、つい敬語っぽい感じになってしまう。

「今日はいつもより遅いけれど、忙しかったの?」

「単純に寝坊です。予定がそのまま順にずれ込んだだけです」

「夜更かし?」

「課題を少し遅くまでしていたもので」

「大変そうね」

「はい」

 本当は、ゲームをしていて遅くなっただけなのだが。

 ハーブティーを一口飲んだところで、絵里さんが再度聞いてくる。

「それで、本当は何をしていたの?」

「…ゲームをしていました」

 彼女は嘘を見破るのがうまいのであっさりと白状し、お互い目を見合わせて笑った。大人っぽい雰囲気とはいっても、気を使ったりとか話しづらいわけでもない。そのまま、他愛もない話をしばらく続けることにした。


 絵里さんとの雑談後読書を再開したが、きりのいいところまで読んだので一呼吸入れることにした。固まった体をほぐそうと背を伸ばし視線をあげたところ、目の前に店員の玲奈さんが座っていた。

「注文もせず、いつまで読んでいるのかなぁー」

 口では文句を言っているが、光の加減で金色っぽく見える珍しい瞳、垂れ目気味のその目は笑っている。

「集中してて気づきませんでした。いつからそこに?」

「結構前から」

「暇なんですか?」

「そぉ、誰かさんが注文してくれないから」

 にこにこ笑いながら言ってくる。

「わかりました。少し喉も乾いてきたところなので、ローズヒップをお願いします」

「他には?」

「…クッキーとのセットで」

「了解」

 いつものことだが、なんとなく追加注文させられてしまう。それでも、必要以上にならない微妙な加減を心得ているようで、こちらとしても嫌な気になるわけではない。

 注文を受け、すっと立ち上がりカウンターの方へ戻っていく。膝近くまであるオリーブブラウンの長い髪、ゆるく三つ編みにしたそれを左右にふわふわゆらしながら。

 見送った後、近くにいた瑠奈ちゃんに声を掛け、注文したものが届くまで相手をしてもらう事にした。


 その後も追加で一回飲み物を注文し、午後六時を過ぎたあたりで席を立つ。レジに向かいながら財布を用意し、会員カードを取りだし渡す。

 今日のレジ担当は、真理香さん。絹のようになめらかで青みを帯びた黒髪、それをポニーテールにしている。瞳は髪と同じで黒、口数は少なめだが、とてもきれいな声をしている。

 黙ってカードを受け取り、判子を押そうとして手を止める。

「カードポイントいっぱいになったみたい。新しいカード取ってきます」

 と言うと、裏に行ってしまった。

 代わりに空いたレジに有紗さんが来て、精算の対応をしてくれる。

 精算が済んだ頃に真理香さんが戻ってきたが、カードの他にも何点か持ってきているようだ。数枚の硬貨と丸いガラス玉のような物が見える。

 カードを受け取り、こちらに渡してくる有紗さん。

「次回からは判子を押す必要はありません。カードを出してもらえば、一割引きになります。」

「はい」

 手渡されたカードは図書カードとほぼ同サイズ。銅のような風合いで、一角に小さめの穴が開いている。紐を通すのだろうか。さっきまで読んでいた《ブランドン戦記》の、冒険者カードのような雰囲気を感じた。

「これは、判子を集めた景品」

 真理香さんがガラス玉を渡してくる。

 ガラス玉のようなものは、面の数が30もあるダイスだった。サファイアのような青、形状は菱形30面体とかいったかな、綺麗にカットされた物だった。確か、アイテム図鑑に載っていたような気がする。

「《運命のダイス》だったっけ?」

「そう」

 ステータスを決定するとか、ある決まった場所でしか使えないとか、詳細不明のアイテムって書いてあったような記憶がある。

 先ほどのカードといい、このダイスといい、喫茶店の雰囲気に合わせて凝ったものを用意している。こういったアイテムは好きなので、うれしいというか楽しいというか。

 少しの間、手の上でダイスを転がしていると、

「おまけ」

 と、銀色の硬貨を真理香さんが渡してきた。

「おまけですか?」

「余りもの」

「景品用に作った試作品です。この袋にでも入れてください」

 有紗さんが補足をしながら、小さな巾着を渡してくる。

「こういった物、色々作っているのですか?」

「本の世界に合わせて、色々と」

 有紗さんはほほ笑みながら返事し、真理香さんは縦に頷く。

 元とれるのかな、とか色々思うところもあるが、自分には関係ないかと思い直し鞄にしまう。

 まだ少し話していたい気もするが、買い物が残っているので切り上げることにした。

「ごちそうさま」

「ありがとうございました」

 有紗さん達の声が響く。

 ドアが閉まる寸前

「…頑張ってね」

 真理香さんの小さなつぶやきが聞こえたような気がした。

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