第40話
「…知ってたのか?」
「お嬢ちゃんが夕べ、森田組長から言われたそうだ…堂本組長が、何か仕掛けて来るってな」
「何故言わなかった!?」
「森田組長に、口止めされてたらしい…本来俺も知っちゃならねぇ立場だった」
「…」
「お前からナイフ取り上げたのも…お前が堂本組長に刃向かうのを避けたかったからだろ?」
「…多分な」
「俺に話したのも、きっと同じ理由からだ…幾ら自分の身は森田組長に保証されてるからって、あんな博打…素人が打つかぁ!?」
「…」
「とんでもねぇ奴と婚約したのかも知れねぇな?」
クックッと笑う棗を、俺は萌奈美を抱いたまま睨み付けた。
「で、どうする…さっきの話」
「…萌奈美を…人身御供に出す様な事…」
「だが、実際…堂本組長の言った通りだ…今は、時期が悪い」
「…」
俺が逡巡しながら萌奈美の髪を撫でると、胸元から小さな声が聞こえた。
「私が…堂本さんの養女になるメリットって何?」
「気付いた?大丈夫、萌奈美?」
「…ねぇ…何、棗さん?」
俺の胸に縋りながら、彼女は俺の胸元のペンダントを弄ぶ。
しかし、言葉はあくまでも冷静だった。
「…セイヤが自由に行動出来る。お嬢ちゃんはセイヤの弱みだと、この間の事件で公にしちまったからな…お嬢ちゃんが養女になれば、堂本の身内って事だ。今後お嬢ちゃんを狙うって事は…堂本に喧嘩売る事になる」
「養女になれば、狙われない?」
「少なく共、堂本傘下で燻ってる奴等には有効だ。序でに、結婚すればセイヤ自身への煩い干渉も、『堂本の娘婿』って事で大人しくなるだろうな」
「……デメリットは?」
「まず…お嬢ちゃんには必ず護衛が付く。それに、身内が反旗を翻したり、嶋祢会以外との抗争なんて時には、真っ先に狙われる」
「棗っ!?…何もそこ迄…」
「言っといてやるべきじゃねぇか?小さな危険と引き換えに、非常事態には…堂本の娘として標的になる」
「…他には?」
キナ臭い話にも関わらず、萌奈美は落ち着いて話を進めた。
「そうだな…堂本の娘、然も年頃の娘って事で、モテ捲るぞ?」
「でも、聖さんと婚約してるよ?」
「結婚してる訳じゃねぇし、さっきも婚約を認めてねぇ発言が出てたからな…。政略結婚の駒に使われる可能性もある訳だ。…そういう意味じゃ、セイヤの心配事は増える」
クックッと棗は、からかう様に俺を見て笑って見せた。
「それと、お嬢ちゃんと結婚したら…まぁ、婚約者と認められたら…セイヤは、一生堂本から逃げられねぇ」
「…ヤクザから、足を洗えないって事?」
「そういう事だな」
棗が話し終わると、萌奈美は俺を見上げて言った。
「聖さんは…どうしたい?」
「…」
「今は兎も角…いずれは、ヤクザから足を洗いたいって考えてるなら…この話は受けるべきじゃないんだよ?」
「萌奈美…俺は…」
真っ直ぐに見上げる、少し目尻の下がった大きな瞳に…俺は偽りのない言葉を吐いた。
「もう、この生業から逃げる気はないんだ。昔ながらの極道になる気はないが、俺のやり方で…一生やって行くって決めたんだよ」
「……そう……わかった」
萌奈美はそう言って、俺の膝から降りると立ち上がった。
「戻ろう、さっきの部屋に…」
「萌奈美?」
「きっと…まだ、隠してる事があるよ……それに…この話を受けるなら、一杯条件付けなくちゃ!!」
そう言って、勢い良く障子を開ける。
「そう言い出すと思ったぜ…」
相変わらずクックッと笑う棗が、萌奈美に視線を向けたまま言った。
「お嬢ちゃんは、ちっとも弱くなんかねぇぞ、セイヤ…お前の腕と懐さえあれば、いつでも直ぐに復活出来る強さを持ってる」
「そうだな…ただ、暴走するのが玉に瑕…」
「計算あっての事だろ?」
「その計算に、おれの寿命は入ってないらしい」
「確かにな…さぁ、もう1ラウンドだ!」
男達は、ゆっくりと彼女の後を追った。
「決心は固まったか?」
「…全てを話して頂く迄…保留にさせて下さい」
「…何の話だ?」
「聖さんに…何をさせるお積もりですか?」
目の前の堂本組長の右眉が、ピクリと上がる……やっぱり…そう私は核心した。
じっと何も言わずに私を見下ろす顔は、先程の人を馬鹿にした様な顔ではない。
じっと見詰め合う私達に水を差したのは、森田さんだった。
「…何故そう思う?」
「聖さんが私を守ってくれるのは、私の事を愛してくれているからです。だけど、貴殿方は違う…私を守っても、一文の得にもならない。例え、麻薬廃絶を謳う堂本さんの力が及ばなくて、堅気である私に迷惑を掛けたとしても…この着物の様な高価なプレゼントをする事で、事態を収拾出来た筈です」
目の前の顔が、ムッとした様に口を曲げた。
「それが、私を守る為に養女にするなんていう大札を切って来た。これは…目的が私ではなく、聖さんだという事です」
「どうして、そうなる?」
「聖さんが…私を守る為には何だってすると…それを一番理解しているのは、貴殿方だから」
「…自惚れるな、子狐」
「自惚れますよ…当然じゃないですか!?こんな素敵な人が、私なんかにメロメロなんだもの!!」
「萌奈美っ!?止めなさい!」
私の背後から、照れを含んだ叱責が飛ぶ。
だが…私の読みは、少し外れたのかも…目の前の顔が、少し意地悪そうに笑う。
「…違うんですね?」
「当たらずとも遠からず…だな」
「私を養女にして、身の安全を守る…そして、聖さんに恩を売る。それは、間違いないでしょう?」
「そうだな…」
「じゃあ…」
「…」
「聖さんと、私の婚約は…認めて頂けるんですか?」
「あぁ…認めてやる。堂本の娘として、恥ずかしくねぇ嫁入りをさせてやろう」
「……」
「どうした?」
「…『堂本の娘婿』……聖さんに、その立場が必要って事ですね!?彼に何をさせる積もりっ!?」
目の前の薄笑いを浮かべる顔から、横に控える森田さんに視線を移して睨み付けた。
「…計画を立てたのは、森田さん……そうですよね!?」
「子狐…やっぱりお前ぇ、俺の女にならねぇか?」
目の前の男の誘いに、私は再び噛み付いた。
「お断りって、さっき言いましたよね!?」
「そうか…聡い女だが激情型ってのは、しずかと違って面白れぇんだがな?」
「組長…聖の激憤を買われるお積もりですか?」
森田さんの言葉に、堂本組長はカラカラと笑った。
「聖、お前の婚約者は飽きねぇな?」
「畏れ入ります」
「ばれちまった物は、しょうがねぇ…聖、前に来い」
後ろに控えていた聖さんが、私の隣に座った。
「今日の年賀の会で、代替わりする組が3組、お前の所の様に幹部が交代する組が4組ある」
「…」
「ウチも、若手に世代交代する時期ってこった……それに伴って、森田が後継者を育ててぇと言って来た」
「…それって…聖さんって事?」
「組長!?私は…」
「何だ…不服か?」
「いぇ…そうではなく…私は、まだ若輩で…この世界に入って日も浅く…」
「だから…世代交代っつったろ?他の組の奴等を見ても、お前に勝る奴が居ねぇのよ。ただ、お前を幹部入りさせるには、年寄連中を納得させなきゃならねぇ…」
「…それで、萌奈美を養女に?」
「そうだ…俺の娘婿なら、どこからも文句は出ねぇからな」
「…」
「どうだ、聖…俺に力貸してくれねぇか?俺の隠し玉であるお前の才覚、統率力…若い奴等をまとめるには、お前の手腕が必要だ」
「私に…何の役を?」
「森田の下で…若頭補佐になって貰う」
「!?」
「どうだ?」
「…私に…組長をお諌めする力等、ありません」
「それなら大丈夫だ!お前には、子狐がいるからな」
「え?」
「いざとなったら、子狐に吼えさせればいい!!」
そう言って堂本組長は笑い、森田さんに棗さん、聖さん迄もが苦笑した。
「これでいいか、子狐?」
「お伺いしても宜しいですか?」
「何だ?」
「私が養女になる事…奥様やお子様達は、ご承知ですか?」
「しずかは承知している。息子も娘も、まだ小さいんでな…おいおい説明するってんでどうだ?」
「…条件があります」
「何だ、言ってみろ?」
「私は今迄通り、四ッ谷のお屋敷で暮らさせて頂きます」
「聖の所でか?構わねぇが…時々は、顔出せよ?お前と話すのは、面白れぇからな」
「大学にも、復学致します」
「好きにしろ」
「護衛が付くだろうと棗さんから聞きましたが、必要ありません」
「そりゃ却下だ…お前は、堂本の娘になるんだからな」
「聖さんに…無茶な事させないで下さい!」
「そんな事してみろ…お前ぇ、娘の立場利用して噛み付くだろうが?」
「…噛み付くだけじゃ済みませんよ…」
「ある意味、お前ぇの方が危険かも知れねぇなぁ?」
そう苦笑いする堂本組長に、私もニヤリと笑って返した。
「もう1つ…」
「まだあんのか…何だ?」
「私の事、子狐って呼ばないで下さい、お義父さん!!」
今年の年賀の会は、大波乱だった。
代替わりする組の新しい組長達の挨拶の後、堂本組長から萌奈美を養女にし、俺との婚約が整ったと発表されると、広間に居た組長達がどよめいた。
そして、長い間空席だった若頭補佐に俺を据えると森田さんが発表すると、嫉妬と羨望の眼差しが一斉に俺に注がれた。
その雰囲気を打ち破ったのは、めでたいと大喜びする相談役の松浪組長と、萌奈美と和気藹々と歓談する堂本組長の家族、そして気の抜ける様なヘニャリとした笑みを浮かべる萌奈美だった。
四ッ谷の屋敷に帰り、親父とSaint興業の幹部に事の顛末を説明している間に、流石に疲れた様で萌奈美は先に寝てしまっていた。
俺がベッドに入ると、気配を察して擦り寄って来る。
「起こした?」
「…うぅん」
「今日は、疲れた?」
「…うん」
「萌奈美…本当に良かったの?」
「…養女の事?…堂本さんの奥さん、凄く綺麗で好い人だったし…子供達も可愛かったし…いいんじゃないかな?私、今迄通りここで暮らすし…何も変わんないよ」
「それならいいけど…」
「聖さんは?若頭補佐って、偉いんでしょ?」
「そうだね……NO.3だから…重責でペチャンコになるかもしれない」
「嫌だった?」
「そんな事はないよ。遣り甲斐と責任のある役職だし……男としては、自分の力を試してみたいしね」
「頑張ってね……私、何にも出来ないけど…応援するよ」
「…ただ…年が明けたら、萌奈美とゆっくり出来ると思ってたんだけどな…」
「忙しくなる?」
「多分ね。……寂しい思い、させるかもしれないよ?」
「復学するし、私も忙しくなるからね」
「…俺が寂しい」
そう言って、俺は萌奈美の唇を奪った。
蕩ける様に甘やかせる口付けに、萌奈美は幸せそうな笑みを浮かべる。
「明日…腰越に行かない?」
「え?」
驚いた様に見上げる彼女の額に口付けると、俺は笑って言った。
「萌奈美の、本当のお父さんとお母さんに…婚約と、堂本の養女になる報告をしに行こう」
「…聖さん」
「これからは、極力俺も一緒に墓参りに行くから…」
「…ありがとう」
「出来れば、新しい聖の墓もあそこに作って、母を弔ってやりたいんだ」
嬉しそうに微笑んで頷く彼女の左手を取り、煌めく腕輪にキスをした。
「愛してるよ…mon amie…」
そう言ってキスを降らせ、彼女の右耳に唇を近付けて囁く。
「…君を…幸せにすると誓うよ…」
風で雨戸が軋む音に、微笑んでいた萌奈美が微かに反応し、身を固くして寝返りを打った。
緊張しながら生活する屋敷に暮らしたいとわざわざ堂本組長に申し出たのは、一重に俺を気遣っての事だろう。
「大丈夫…風の音だ」
「…ん」
背後から小さな肩と腰を抱き込んでやると、その腕に頬を擦り寄せて、萌奈美はクフンと鼻を鳴らして甘えた。
君の笑顔が忘れられなくて…偶然の再会で、君の強さと弱さを知って…。
何度も命を狙われ、その度に傷付きながらも逞しく立ち上がる君に愛しさが募り…。
君を拉致する事から始まった俺達の恋は、思いもよらずこんな形に実を結ぶ…。
「…mon amie……my angel…」
「……my darling…」
君に誓おう…。
例えこの先に何があろうと、俺は必ず君を守ると…。
そして、君の隣に立ち続けると…。
だからね、お願いだ…。
君は、俺の隣で笑っていておくれ。
My sweet angel….
【Fin】
最後迄お付き合い頂き、本当にありがとうございました。m(_ _)m
今迄が、結構ガタイのイイ男を書いて来たので…(大好物ですからっ!!『男は胸板があってなんぼ…』だと、真剣に思ってますからっ!!(≧∇≦))たまには、少し優男風になイケメンを書いてみた積もりです。
ヤクザの組長の癖にヤクザっぽく無い、少しボンボンっぽい雰囲気に出来上がっていたら、大成功なんですが…如何だったでしょう?
最初からヒロインを好きだという設定で書くのは、結構楽しかったです。
ヒロインが、ただの喧嘩っ早いお嬢ちゃんみたいになってしまったのが、自分としては少し残念ですが…(>_<)
この2人の課題は、まだ山積してますが…これから少しずつ、2人で乗り越えて行って欲しい…そんな思いで、筆を置きました。
実は自分自身が好む本や映画、TV等は、殆どがサスペンスや歴史物、推理小説だったりします。
そんな私が…まさか『恋愛小説』を書くとは思わなかった…(」゜□゜)」
未だに『朝チュン』書くのは苦手だし…ワンパターンだし、話が七面倒臭い方向に行くのは、そのせいです。(^_^;)
だからと言って『サスペンス』と言うには甘過ぎて…結果、『恋愛小説』の片隅で、こんなパターンで書いて行くのであろうと思います。
最近少し『BL』も読んでいます。
割合に普通の恋愛物に出て来る男性像が草食系なのは、時代の流れなのでしょうが…BLには、まだまだガッツリ肉食系、ワイルドなガチムチイケメン男性が大勢いますから…\(^o^)/
イイ男…勉強させて頂きますっ!(^w^)
次回作は、体育大学が舞台の学生物を…。
身長195㎝の俺様系スポーツマンと、身長145㎝の少し障害を持った女の子の話です。
ボチボチ書いておりますので、もう暫くお待ち下さいませ。
それでは、次回作品も楽しんで頂ける様に、精進致します。
『天使は銀狐に囚われて』を最後迄応援頂き、本当にありがとうございました!!m(_ _)m
ShellieMay拝




