第13話 追いついてきてね
「そこまで。勝者、相馬遼」
環先生の笛が鳴ってからも、実技場のざわめきはしばらく収まらなかった。
「相馬が勝った!」「最後の何だよ!」「風の剣みたいなの出してなかった?」
あちこちから声が飛び交っている。
航平くんは隣で何か大声で叫んでいるし、ひよりちゃんは両手を上げて喜んでいた。直哉くんも、いつもより少しだけ口元が緩んでいる。
私は何も言わず、実技場の中央にいる遼くんを見ていた。
久我くんの前にしゃがんで、二人で何か話している。声までは聞こえない。
でも、遼くんが笑っているのは分かった。
試合が終わったあとに。
魔法を使って戦ったあとに。
昔と同じように。
「……よかった」
自分でも聞こえるか分からないくらい、小さな声が漏れた。
ひよりちゃんがこちらを向く。
「依織ちゃん、何か言った?」
「ううん」
私は首を横に振り、もう一度遼くんを見る。
久我くんへ手を差し出している。
その姿を見ていると、ずっと昔のことを思い出した。
初めて会った頃から、遼くんはすごかった。
◇
何歳だったかは、もうあまり覚えていない。
まだ今よりずっと小さくて、魔法を使える子が少しずつ増え始めるくらいの頃だった。
私も、魔法は得意だった。
教えてもらったことはすぐできたし、大人にもよく褒められた。
だから最初は、自分はかなりできる方なんだと思っていた。
遼くんに会うまでは。
『こう?』
先生に一度教えてもらっただけの魔法を、遼くんは普通に使った。
『そうそう! 相馬くん上手!』
『じゃあ、こうしたらどうなる?』
『え?』
教えられたことができたと思ったら、すぐ次を試す。
風を前へ出したと思ったら横へ。
炎を飛ばしたと思ったら、今度は足元へ。
失敗して転んでも、少し笑って立ち上がる。
『今の惜しかった! もう一回やろ』
その頃から、遼くんはそうだった。
できないことを見つけると、嫌になるんじゃなくて、試したくなる。
私には、それがとても眩しく見えた。
だから、負けたくなかった。
『私もやる』
『ん?』
『それ』
『これ?』
『うん』
『いいよ。じゃあ一緒にやろ』
たぶん、それが始まりだった。
私は練習した。
遼くんができるなら、私もできるようになりたかった。
一つできたら、もう一つ。
それもできたら、その次。
そうやって追いかけているうちに、私たちは大会へ出るようになった。
遼くんはたくさん勝った。
私も勝った。
時々一緒に練習して、時々競って。
追いついたと思うこともあった。
でも、そういう時に限って遼くんは、また変なことを始める。
『今度これ試してみようと思うんだ』
『また?』
『面白そうじゃん』
『昨日まで別のことしてたよね』
『あれはもうだいたい分かったから』
だいたいで次へ行かないでほしい。
私は一つずつ積み重ねているのに、遼くんはどんどん先へ行ってしまう。
だから私も、もっと頑張った。
別に、遼くんがいたから強くなったわけじゃない。
私は私で勝ちたかったし、強くなりたかった。
でも、遼くんに負けたくない。追いつきたい。
そう思っていたのも、本当だった。
いつから好きだったのかは、よく分からない。
小さい頃からずっと一緒にいたから。
気づいた時には、好きだった。
それだけ。
そして遼くんは、中学生になっても先へ進んだ。
大会で勝って、取材されて、天才だとか麒麟児だとか呼ばれるようになって。
その頃には、私はもう遼くんの隣を走っているつもりだった。
少なくとも、離されないように。
だから。
あの日のことも、私は見ていた。
世界大会。
遼くんの試合。
いつもみたいに相手を見て、動いて、次の手を考えていた。
その途中で、事故が起きた。
遼くんが倒れた。
何が起きたのか分からないまま会場が騒がしくなり、人が集まって、遼くんの姿が見えなくなった。
怖かった。
あとから、命に別状はないと聞いた。
それだけで、本当に安心した。
怪我も時間をかけて治った。
歩けるようになって、走れるようにもなった。
でも、魔法だけは戻らなかった。
身体には魔力がある。
なのに、使えない。
今まで当たり前みたいに使っていたものが、一つも出なくなった。
私には、どうしたらいいのか分からなかった。
何を言えばいいのかも。
でも遼くんは、
『まあ、なんとかなるだろ』
そう言って笑った。
『身体は治ったんだし。魔法だって、そのうちどうにかする』
本当にそう思っていたのかは、今でも分からない。
無理していた時も、きっとあったと思う。
それでも遼くんがそう言うなら、私は信じることにした。
かわいそうだなんて、勝手に決めつけたくなかった。
もう無理だなんて、もっと決めつけたくなかった。
遼くんなら、なんとかする。
そう思っていた。
私は競技を続けた。
大会に出て、勝って、もっと上へ進んだ。
いつの間にか、昔とは立場が逆になっていた。
私が先にいる。
遼くんは、その後ろにいる。
でも、追い越したとはあまり思わなかった。
遼くんが試合から離れている間に、私が先へ来ただけ。
私は私で、これからも進む。
遼くんなら、また走り始めると思っていたから。
◇
「依織ー!」
航平くんの声で、意識が戻った。
「相馬こっち来るぞ!」
見ると、遼くんと久我くんがこちらへ歩いてきていた。
久我くんは腹を押さえていて、かなり歩きにくそう。
遼くんも元気そうに見えるけど、足取りは少し重い。
それでも、笑っている。
航平くんが真っ先に身を乗り出した。
「相馬! お前マジで勝ちやがったな!」
「なんで若干悔しそうなんだよ」
「いや、もう少し派手に負けるかと思ってた」
「応援してたよなお前!?」
「してたしてた」
絶対ちょっと面白がってた。
ひよりちゃんも駆け寄る。
「遼くんすごかった! 最後のあれ何!? 剣!? 槍!?」
「俺にもよく分からん」
「作った本人が!?」
直哉くんは遼くんの足元を見てから、淡々と言った。
「明日、筋肉痛すごそう」
「勝った直後に言うことそれ?」
「現実は大事だから」
遼くんが嫌そうな顔をする。
いつもの顔。
私は、それを見ているだけで少し笑ってしまった。
「……依織?」
遼くんが私を見る。
「何笑ってんの?」
「別に」
「絶対なんかあるだろ」
「ないよ」
私は遼くんの前まで歩いた。
近くで見ると、やっぱり疲れている。
髪も少し乱れているし、実技着には床を滑った跡がついていた。脇腹も痛そうだ。
でも、ちゃんと立っている。
自分の魔法で戦って、勝って、ここまで戻ってきた。
「お疲れさま、遼くん」
「おう」
遼くんが笑う。
「なんとか勝った」
「うん」
「まあ、まだ色々問題だらけだけどな。燃費も悪いし、できること少ないし」
「うん」
私は小さく頷く。
「普通の魔法が戻ったわけでもないし」
「うん」
遼くんが眉を寄せた。
「さっきから『うん』しか言ってなくない?」
「そう?」
「そうだよ」
私は一歩近づいた。
「遼くん」
「ん?」
さらに一歩詰めて、両腕を広げる。
遼くんが嫌な予感でもしたみたいに、少しだけ後ろへ下がった。
遅い。
そのまま思い切り抱きしめた。
「むぐっ!?」
腕の中で遼くんが変な声を出した。
私の方が、遼くんより頭一つぶんくらい高い。
そのまま抱き込むと、遼くんの顔がちょうど胸元に埋まった。
「ちょ、依織!?」
遼くんがもがく。
「苦しい! 苦しいって!」
「うん」
「『うん』じゃない!」
後ろから航平くんの声がした。
「おおー……」
振り返らなくても、にやにやしているのが分かる。
「何その声!?」
今度は直哉くん。
「完全に埋まってるね」
「実況すんな!」
ひよりちゃんは両手を頬へ当てていた。
「依織ちゃん大胆ー!」
「ひよりも面白がるな!」
遼くんがさらに暴れる。
でも離さない。
「依織! ちょっと腕緩めろ! あと周り! めっちゃ見てるから!」
「別に」
「俺が気にするの!」
そういえば、試合前にも似たようなことを言っていた。
やっぱり気にするんだ。
遼くんらしい。
「あと顔! 顔が!」
「うん」
「聞け!」
私は少しだけ腕に力を込めた。
「ぐえっ」
「依織、相馬死ぬぞ」
航平くんが笑っている。
「死なないよ」
「断言するなよ!」
腕の中から抗議が飛んでくる。
少しだけ力を緩める。
でも、離さない。
遼くんがまた魔法を使えたから。勝ったから。
それだけじゃない。
今日、遼くんはまた走り始めた。
昔と同じじゃないし、昔みたいに何でもできるわけでもない。たぶん、これから大変なこともいっぱいある。
それでもいい。
私も立ち止まるつもりはない。もっと強くなって、もっと先へ行く。
そうしたら、また追いかけてきてくれる。
昔は私が追いかけていた。
今度は、遼くんの番。
「遼くん」
「……なに?」
まだ少し苦しそうな声が胸元から返ってくる。
私は笑った。
「早く追いついてきてね、遼くん」
お読みいただきありがとうございます。
ひとまず、これにて第一章完結です。
遼の物語はまだまだ続けられるように作っていますので、反響がよければ第二章も書いてみたいと思っています。
楽しんでいただけましたら、感想や評価をいただけると嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




