第1話 昔の俺と、今の君
夢だ。
しかも、見覚えがある。
眩しい照明。ぎっしり埋まった観客席。割れそうなくらいの拍手と歓声。
そのど真ん中で、小学生くらいの男の子が、自分の身体にはちょっと大きすぎるトロフィーを抱えていた。
短い茶髪は汗でくしゃくしゃ。茶色い目をきらきらさせて、これでもかというくらい嬉しそうに笑っている。
俺だ。
いやあ、元気そうだな、俺。
「相馬遼くん、優勝おめでとうございます!」
女性インタビュアーがマイクを向ける。
「ありがとうございます!」
返事がでかい。
夢だと分かっているから、今の俺は少し離れたところから昔の自分を眺めているような気分だった。
「今日の決勝も素晴らしい試合でした! 最後の魔法も綺麗に決まりましたね!」
「はい! 絶対いけると思いました!」
「怖くなかった?」
「全然!」
客席から笑いが起きる。
そりゃ笑う。
今見ると、なかなかの自信である。
でもまあ、自分で言うのもなんだけど、この頃の俺は結構すごかった。
魔法そのものは、昔から人の暮らしの中にある。
火を点けたり、風を起こしたり、物を動かしたり。できることに差はあっても、魔法があること自体は誰にとっても当たり前だ。
それが現代になると、話は少し派手になった。
競技場には魔法を使いやすくするための専用設備が並び、選手はその中で魔法と身体能力を全開にしてぶつかり合う。
走る。跳ぶ。避ける。撃つ。
炎が飛び、風が弾け、地面が揺れる。それを何万人もの観客が見て、世界中に中継する。
魔法戦。
今じゃ世界中で人気の、一大エンターテインメントだ。
そして昔の俺は、それがやたら得意だった。
「次の大会も優勝を狙いますか?」
「はい!」
小さな俺がトロフィーを抱え直す。
「次も、その次も優勝します!」
言った。
言い切った。
いや、でもこの頃なら許されると思う。
実際、大会に出ればだいたい上位だったし、優勝だって珍しくなかった。
テレビでは天才、雑誌では麒麟児。将来有望だの、次代のスターだの、まあ色々言われた。
麒麟児ってなんだよ、と子供ながらに思っていたけど、褒められていることだけは分かったので普通に喜んでいた。
このままもっと強くなって、もっと上の大会に出て、そのうち大人にも勝って、ずっと魔法戦を続けていく。
たぶん、あの頃の俺は本気でそう思っていた。
まあ、その予定は途中で盛大に狂ったわけだけど。
◇ ◇ ◇
目が覚めた。
「……ん」
真っ暗な天井。
しばらくぼんやり眺めてから、顔の横で光っているスマホに気づく。
どうやら動画を見ながら寝落ちしたらしい。
時計を見ると、午前二時過ぎだった。
「うわ……」
一番嫌な時間に目が覚めた。
寝直せなくなるやつだ、これ。
身体を起こしかけて、やめる。そのまま枕に頬を押しつけると、スマホの明かりが部屋の隅まで届いた。
棚の上に、いくつものトロフィーや盾が並んでいる。
昔は一個増えるたびに大騒ぎしていたけど、今じゃすっかり部屋の一部だ。
そのうち一つに、ちょうど光が当たっていた。
『全国ジュニア魔法戦大会 優勝 相馬 遼』
相馬遼。
俺の名前。
夢の中でトロフィーを抱えていたガキと、今ベッドの上で寝癖をつけている俺は、ちゃんと同一人物である。
一応。
中学二年の途中で事故に遭った。
怪我そのものは治った。中三になった頃には普通に走れるくらいには戻っていて、そこから一年近くリハビリもした。筋トレもしたし、走った。何度も魔法を使おうとした。
で、結果。
身体は元気。
魔法はさっぱり。
……そこは一緒に治ってくれてもよかったと思う。
昔みたいに魔力を感じられない。
掴もうとしても、練ろうとしても、手応えがない。
それでも昔の実績だけは立派に残っていたおかげで、今は魔法戦の強豪校に通っている。
補欠だけど。
復活したら儲けもの、みたいな枠だけど。
まあ、入れたものは入れたんだからいい。
たぶん。
そのとき。
『――決まりましたぁぁぁぁっ!』
「うおっ!?」
突然、枕元から大歓声が響いた。
心臓に悪い。
慌ててスマホを掴む。
寝落ちする前に見ていた昨日の大会中継の録画が、そのまま再生されていたらしい。
画面には大きな競技場と湧き上がる観客。その中央に、一人の女の子が立っていた。
腰まで届く長い黒髪に、同じく黒い瞳。
そして、でかい。
身長は百九十センチを軽く超えている。
俺より普通にでかい。
女子高校生どころか、その辺の男子を混ぜたってまず埋もれない。
身体の線にぴったり沿う競技用のボディスーツ。その上から、膝近くまである派手なロングコートを羽織っている。
ただでさえ目立つのに、格好まで派手だ。
モデルがそのまま戦いに来たみたいである。
「……また身長伸びたんじゃないか?」
もちろん画面越しだから分かるわけがない。
でも久しぶりに見るたび、そう思う。
魔法戦の競技服は、規定さえ守ればかなり自由が利く。鎧みたいなのもいるし、軍服みたいなのもいる。マントをつける奴だっている。
強ければ目立つ。
目立つなら、どうせなら格好いい方がいい。
そういう競技だ。
その中でも、こいつはかなり目立つ。
『篠原選手、優勝おめでとうございます!』
『ありがとうございます』
マイクを向けられ、少女が笑った。
篠原依織。
俺の幼馴染。
昔から強かった。
ただ、中学二年くらいまでは俺の方が目立っていただけだ。依織だって大会じゃ普通に結果を出していたし、弱かった時期なんてほとんどない。
それがある時期から、一気に伸びた。
実力も、身長も。
後者はもう十分だと思う。
気づけば大会に出れば優勝候補で、テレビにも雑誌にも出るようになった。
今じゃ学生の魔法戦で、篠原依織の名前を知らない奴の方が少ない。
『今日も圧倒的な内容でしたね!』
『ありがとうございます。でも、まだ改善できるところは多かったので』
「また言ってるよ」
スマホに向かって思わず呟く。
勝ったんだから、今日くらい満足しとけばいいのに。
こいつは昔からこうだ。
勝っても次、上手くいってもその次。
ゴールデンウィークだって大会に出て、その合間に取材だの何だの入っているらしい。
休みって知ってるのか。
画面の中では、依織が笑顔でヒーローインタビューを受けている。
ついさっき夢の中で俺がやっていたのと、よく似た光景だ。
昔は俺の方が前にいた。
今は依織の方がずっと上。
まあ、現状はそんな感じである。
「ふぁ……」
あくびが出たので、動画を止める。
そういえば、ゴールデンウィークももう終わっていた。
日付が変わっているから、今日から学校だ。
休み明け初日から寝不足で死んでいるのはさすがに嫌だ。
スマホを枕元に置く。
「寝よ」
布団をかぶる。
昔の俺とか、今の依織とか。
その辺は、とりあえず明るくなってから考えればいい。
今は眠い。
目を閉じると、次に意識が落ちるまで、今度はそう時間はかからなかった。
お読みいただきありがとうございます。
全13話執筆済みです。毎日1話ずつ更新予定です。




