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短編集  作者: らぶ
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帰路②

 六限の終了を告げるチャイムとともに、教室内に緩慢としたざわめきが広がった。

 放課後のはじまりである。


 いつも通り、担任から簡易的な連絡と掃除当番の割り振りがなされ、解散が告げられると、一人の生徒が近づいてきた。

 跳ねるような、軽やかな、足取りだ。


「おつかれっー、黒島くん。今日も一緒に帰るでしょ?高山くんが寄りたいところがあるんだって」

「それは別にかまわないが……寄りたいとこって、どうせコンビニだろ?」

「おおっー、大正解っ!よく分かったね?もしかして名探偵?」

「探偵でもなければ、こんなの推理ですらもねぇよ。アイツが寄るとこなんて、コンビニしかないだろ。つか、何回目だよ?」

「何回、目——かは分からないけど、先週から数えると四日連続だね」

「どう考えても、異常じゃないか?何がアイツをそうさせるんだ?」

「さぁ?分かんないけど、いつも神妙な顔で『寄り道に付き合ってくれ』って、頼んでくるんだよね。毎回、初めてみたいに」

「寝たらその日の記憶全部、吹き飛んでるんじゃないか?」

「でも、成績はいいよね?高山くん。クラスでも五指に入るぐらいには」

「それが、一番謎なんだよなぁ……俺がどんな気持ちでトップを維持してると思ってやがるんだか」


 言って、件の男の席を見やると、なにやらポーチ状の財布の中身を片目で覗き込んでいるようだった。

 が、こちらに気づくと、すぐさま、満面の笑顔を浮かべて、片手を上げると、大きく振った。


 財布を持った方の手を。大きく。振った。

 自然、財布の中身が散乱する。

 散乱といえるほど、中身は入っていないようだったけれど。


 慌てて、高山が回収を始めると、星乃も呆れつつも、手伝いに行ってあげるようだった。

 そんな二人を頬杖をついて眺めていると、拾い集め終えたのか、近づいてくる。


「ふぅっー、悪いな星乃!助かった!そして黒島!今日は寄り道しようと思うんだがいいか!」

「今日は、ってか今日も、だろ。まぁ、俺は構わねぇよ」

「そうか!なら早速行こう!」


 ひとり頷いて、高山は先陣を切るように、教室を飛び出した。

 俺と星乃は一度見合わせてから、後を追いかける。

 そして、昇降口で靴を履き替え、校門をくぐり、コンビニへと続く帰路についた。


 その頃には、流石の高山も、ペースを合わせるということに思い立ったようで、横一列に三人で並び歩く。

 自然、俺が真ん中のポジションに収まった。


「それにしても、やはり少し申し訳ないな!俺の事情に二人を巻き込んでしまって!二人にも寄りたいところがあるだろうに!」

「あまりにも今さら過ぎるってか、いつものことだろ」

「いつも?そんなに頻繁に誘ってるか?」

「昨日も、一昨日も、その前もだよっ!これを頻繁と呼ばずして何と言うんだ!?」

「む、そうだったのか……覚えがなかったな」


 マジかコイツ。本当に一日ごとに記憶を失くしてるんじゃ……。


「まぁ、いいじゃないか!コンビニはいつ行っても新鮮味に欠けないものだしな!」

「いくらなんでも限度があるだろ?なあ?星乃?」

「うーん……でも、私は高山くんの気持ちも分かるかな。コンビニって品替わりがはやいから。いつの間にか限定スイーツが始まってたり、終わってたりするんだよ。ほんと困っちゃうよね」

「それは、周期とかがあるだろうから、事前に確認しておけばいいんじゃないか?」

「でも、知らないことで、得られるものもあるでしょ?感動とか驚きとか、それこそ新鮮味とか。そういうのを大事にしたいんだよね」

「でも、変わるタイミングさえ分かってたら、いつもみたいに『あっ、限定スイーツ始まってる!でも、今ダイエット中だからなぁ』って無駄な葛藤をせずにす——ぐっっ!」


 無言で脛の辺りを蹴られる。

 痛い。かなり痛い。


「なるほどなぁ、ということは俺も、アイスの品替わりの周期を調べれば、金欠に悩まなくて済むのか!早速、今日店員さんに聞いてみるか!」

「いや、アイスに関してはメーカーとか品揃えとかの問題で、店員にも分からないだろ……そういうのはスマホで調べてくれ」

「分かった!店員さんにスマホを渡して調べてもらう!」

「自分で調べろっ!検索欄に『アイス 今月の新作』って打ち込めばサイトの一つや二つくらいすぐに見つかるだろ!」

「じゃあ、私も『コンビニスイーツ 太らない 方法』って調べよっかなっ」

「それは、有史以来の全女性が抱えつつも依然答えの出ない命題だから、無駄だと思うけどな」


 そんなことを喋っていると、ようやく、コンビニの特徴的な立て看板が目の前に迫ってきた。


 夕日に、赤く染まる通学路とは対照的に、白く人工的に照らされた店内は、自動ドアを境界線として外と内を隔絶していた。


 先走る高山に続いて、俺と星乃も蛍光灯の漏れ出るドアを潜って、店内へと踏み入る。

 耳馴染みある音楽とともに、涼やかな風が頬を撫でた。


「ふぅっー、生き返るなぁ!」

「別に外は暑くなかったけどな」

「ほんと、甦るよねー」

「わざわざ表現を変えた意味は!?」

「じゃあ、俺はアイスコーナーを見てくる!」

「私はスイーツコーナーだね、黒島くんは?」

「俺は雑誌コーナーを見てから行く」


 そう言って俺たちは三方に別れる。

 個々人に別々の用があったことを喜ぶべきか、あるいは誰ひとりとして協調性を持ち合わせていないことを憂うべきか。


 コンビニの雑誌コーナーは案外、品揃えがいい。

 新刊が出ていないかチェックしながら、時折見えるグラビア表紙からなるべく目を背け(見えたとしてもほんの十数秒だが)、一通り確認し終えると、高山のいるアイスコーナーへと向かった。

 何やら、悩んでいる様子だ。

 手にもった二つのアイスを交互に見つめながら、珍しく眉間に皺を寄せている。


「どうした?何か悩みごとか?」

「ん、ああ、黒島。そうなんだ、聞いてくれよ!どっちにするか中々に悩ましいんだ!この期間限定の『ブヨブヨちゃん カルボナーラ味』か『ブヨブヨちゃん ビーフシチュー味』。どちらも捨てがたいが……どうすればいいと思う?」

「まず俺は、どちらの味も悩むほどのものじゃないと思うし、捨てるならお前のその味覚を司る部分だと思う」

「よしっ!決めたぞ!どっちも買う!ちょうど二つ分の無料クーポンもあるし、黒島!お前がいるしな!」

「まてまて、一度まて。クーポンがあるから二つ買うってのは分かるが、俺がいるってのどういうわけだ?」

「ん?どういうわけって、シェアするんだよ!」


 何も難しいことはないと、高山は今日一番の爽やかな笑顔を見せた。

 確かに、難しいことはないが、やっぱり分からない。

 どういった理由で、俺はいまから、こんなゲテモノアイスを二種類も味わわないといけないんだ?


「いやいや、お前が二つ食えばいいだろ?お前のクーポンなんだし」

「……いや、二つはちょっと、な。こんな時間だし」


 こんな時間って、夕飯が食べられなくなるとか、そういうことか?そんなの気にする質だったっけか。

 どうにも腑に落ちない。

 気のせいか、さっきから、何度か、俺の後方へと、チラチラと視線を送っているようだが。

 俺の後ろには飲料コーナーの冷蔵庫と、あとトイレしかないぞ?


「何々?アイス買うの?私も食べたーい」

「だってさ、よかったな高山」

「ああ!星乃!シェアしようか!」


 シェア先が見つかった喜びから、高山は手に持っていた二つのアイスを高らかに上げた。

 自然、星乃の目に、その劇物が映る。

 表情が、驚くほどにひきつった。


「えーっと、他の味は買わないの?三人でシェアしようよ。……口直し的な意味で」

「ん?だが、そうなれば誰かひとり自腹で払うことになるぞ?クーポンは二枚しかないからな」


 言って、高山は財布から二枚の紙切れを取り出した。

 確かに、無料クーポンと書かれている。


「まあ、俺が言い出したことだ。俺が払おうか」

「いやいや、それは高山くんに悪いよ」

「じゃあ、誰が払う?」


 訪れる沈黙。

 腐っても華の高校生。

 こんな劇毒みたいなアイスのために、貴重なお小遣いを払いたくないというのは、俺と星乃の総意だった。


「ならば——ここはジャンケンで決めるか!」


 そんな、高山の何気ない提案に、俺と星乃の二人の間で、見えない火花が散って弾けた。


 ジャンケン。この三人で。そのうちのひとりは高山。

 高山は、最初はグーしか出さない。


 俺と星乃の間で高度な読み合いが生じる。


 最初に考えるべきは、高山のグーに合わせて、パーを出す場合。

 この場合、星乃も同じようにパーを出せば、ひとまずはアイスを買うという結末からは逃れられるが、しかし、高山の習性を利用して、高山にアイスを奢らせるという、ともすれば、悪質なたかりともいえる行為になる可能性がある。


 それに、どうせなら星乃にアイスを奢らせたい。

 きっと、そのアイスはこれまでに食べたどのアイスよりも格別になるはずだ。


 つまり、考えるべきは、星乃ひとりだけを負けさせる方法。そしてそれは、相手も同じ。

 星乃も星乃で、俺だけを敗北させる手を必ず考えるはずなのだ。


「それじゃあ、いくぞ!最初はグー——」


 俺は思考を加速させる。

 高山を敗者にせず、かつ、俺も勝つ、魔法のような一手。そんなものがあるとするなら——


「ジャンケン——ポン!」


 幾千ものシミュレーションと無限ともいえる組合せの予測を経て、俺はついに手を繰り出した。


 出した手はパー。


 高山の財布事情なんかしるものか。

 奢るって言ってるんだから、奢らせればいい。

 俺が負けるぐらいなら、倫理観なんて捨ててやる。


 高山の手を見る。やはりグー。

 では、星乃は。


「は?」


 視線の先。星乃の手は出されていなかった。

 いや、正確には一度出したあとにすぐに別の場所へと手が移されていた。


 満面の笑みで。小さな顔の横に、ピースをつくりながら。


「チョキっー」


 と、揶揄うように、そう、発した。


 正気か。この女。


「おっ、あいこか!それならもう一度だな!」


 あいこ。もう一度。それはつまり、高山の手が予測できないということだ。


 ——運否天賦にこの戦いを任せようというのか!?


「ふふふ……どうしたのぉ?黒島くん?」

「いや、なに。そっちがその気ならこちらも相応の考えがあるってだけだ。——さぁ、始めようか?最後の戦いを——」

「あ、まて。そう言えば」


 高山は突然ポケットを探り出したかと思えば、ヨレヨレになった一枚の紙切れを取り出した。

 微かに、無料クーポンの文字が見える。


「そうだそうだ!教室で小銭をばらまいた時に、一枚だけ拾って、そのままポケットに入れたんだ!」


 他の二枚は星乃が拾って財布に入れてくれたからな、と高山は笑いながら言った。

 笑いながら言った。

 笑いながら、言ったのだ。


「さいですか……」


 なんだか、どっと疲れた気がする。


 それから、高山がクーポンを使ってアイスを買い、一つずつ渡してくれた。

 俺の元に渡ったのは、ビーフシチュー味だったが、これが意外に美味しかった。

 カルボナーラ味?まぁ、うん。それはいいだろ?


 ともかく、俺たち三人は、並んで、アイスを食いながら、暮れなずむ空を背景に、家路をたどった。


 道中も、くだらない話が多かったけれど、というかくだらない話しかなかったけど、それが、何よりも心地いい。


 岐路。俺たちは確かに、今、高校生として、人生の岐路にいるはずだ。

 でも、きっと、この日のことは、すぐに忘れてしまうんだろうけど、きっと、忘れない。

 知らないことは、楽しいことだと。

 そう、知ったから。


「じゃあなー」


 四つ辻に分かれた帰路を、俺たちは三者三様に別れた。


 アイスの棒に、あたりは、なかった。

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