40:水の泡となる前に
「――では、そろそろ失礼致しますわ」
そう言って席を立つと、方々から引き止める声が上がった。
「ええー! もっと飲もうよカリンちゃあん! お酒ついでよお!」
「そうだぜ! 今日は飲み明かそうや! 明日は俺のベッドで寝ていいからよ!」
「カリンちゃーん! 好きだああっ!」
結局、酒場のほとんどの皆様からいろんな話をお聞きすることが出来た。誰も彼も気のいい方達で、もう皆様すっかり……。
私の虜ね!
やっぱりみんなにもてはやされるのは気持ちがいいわ!
私だってまだまだ名残惜しいけど、そろそろ、おばさまの終業時刻だ。
夜道の一人歩きは危ない。しっかりとお迎えして、今日はもう寝ましょう……。疲れたわ。
「それじゃあお会計……」
「いい! いいから! 今日は俺達の奢りっ! カリンちゃん達、借金を返すために頑張ってんだろ? 少しだけどよ、俺達もできる限り力になるぜ! な!」
あら、そう言うのでしたら、お言葉に甘えちゃいましょう。
ラッキー!
「それではみなさま。おやすみなさい」
「「「はーい! おやすみー!」」」
まったく。あの調子じゃ、朝まで飲んだくれてそうね。
さて、カントとアルクは……。
「う、うぼええっ! もうマジ無理……」
「敗北を知りたい」
二人とも、変な酔い方をして変になっていた。
カントは男のくせにもう飲めねえのかと言われムキになって飲んで吐いてこのザマ……。
アルクは逆にどんどん飲み比べをして連戦連勝。だがその小さな体に蓄積したアルコールは、確実に彼の人格を破壊していた。
私はみなさまにお酒をついで回ってお話を聞いていたので、最初のひとくち以外口にしていない。あの場で、私だけがシラフだった。
「もう、カント! 立ちなさい! ほら、さっさと歩くのよ!」
「ううう! だって、カリンしゃまー……ぐう」
「ねるなっ!」
これじゃ、埒が明かないわね。
「アルク。カント、お願いできるかしら? 二人で先に帰ってなさい」
「ふ、造作もないぜ」
そう言ってアルクは水魔法で大きめの水球を生成し、その上にカントをドプンと浮かばせた。
そのまま水魔法を制御しながら、宿まで歩いていくのだった。うーん、さっすが魔力おばけ。
「ぐうぐう……ガボッ! ガボガボボッ!? ぷはっ……ぐう……ガボァ!」
あ、制御しきれずにたまにカントが溺れてる……ま、死にはしないでしょ。
さあて、私はおばさまをお迎えに行きますか。
と意気込んだものの、そのお店は目と鼻の先だ。しかも既に明かりは消えて、閉店してしまったらしい。
そんな、暗い店の入口をノックする。
……返事はない。再度、扉を叩く。
「ごめんください。本日から下働きのバーバラの迎えの者ですわ。開けてくださいませ」
しばらくして、スーツを身に纏うちょび髭のおじさまが扉を開けてくれた。
……その鬼気迫る顔に、嫌な予感がした。
「バーバラの迎えの者です。まだお時間かかるでしょうか?」
おじさまは、紳士的かつ、ぶっきらぼうに答えた。
「そのような人物は……存じ上げません。お引取りを」
目が泳ぐおじさま。暗がりだけどよく見れば……冷や汗が滝のようだった。
「言い方を間違えたわ。……ワックマン男爵よりここへ遣わせたバーバラを、今すぐ、この場に連れてきなさい! これは貴族命令よ!」
いくら底辺男爵といえど、貴族は貴族。平民風情がその命令に逆らうことは許されない。
「仰る意味が……わかりませんな。お帰りください……!」
だがおじさまは、頑として私に背いたのだった。
貴族命令を破れば刑罰を課せられるというのに……。
「……そう。わかったわ、それじゃ、帰るわ」
「……も、申し訳……いえ、し、失礼します」
はあ……なんてこと……。
急いで宿に戻る。そこに、おばさまと、カントと、アルクの三人の笑顔があるという、一縷の望みにかけて……!
宿のドアを乱暴に開けてそのまま自室へなだれ込む!
「おばさまは!?」
そこには、三人の人物がいた。
アルクと、カントと……見知らぬおじさま。
その身なりからして……。
「カリンお嬢様ですか! 申し訳ございません! わ、我らには、何も手の出しようがなかったのですッ! お許しください! どうか、お許しくださいいっ!」
彼は高級料亭の支配人だという。
そしておばさまは……。
ワックマンよりも、遥かに身分の高い貴族に連れていかれたそうだ。
それも相手は、風俗店を片っ端から渡り歩くとびっきりの色情家だという……!
ふざっけんじゃないわよ!
おばさまをそうさせないためにがんばって冒険者になったというのに!
私達の努力をムダにさせてなるものですか!
絶対に……おばさまを助け出すっ!
お読みいただき感謝でございます。
少しでも面白いと思ったなら「ブクマ」「いいね」「☆での評価」お願いします!
ランキングに載ってこの作品をもっと広めていきたいです。よろしくお願いします!




