間 章 とある大悪魔と女子大生の会話
女子たちに誘拐されていった円を見送った安藤は、天崎を置いて一人ぶらぶらと校内を散策していた。目的地は正門だが、待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。どこに何があるのか自分の目で確かめながら、安藤は学内中を一通り見て回っていた。
午前九時を回ったところで、待ち合わせ場所の正門へと足を向ける。
そこで待ち人と会う前に、不貞腐れながら看板持ちに徹している友人を見つけた。
「やあ、犬飼。呼び込みの仕事は順調かい?」
「あーんーどーうー。代わってくれよぉ」
恨めしい声で突っかかってくる犬飼。そのまま抱きしめられそうだったので、安藤は一歩身を引いた。
「悪いけど、僕は人を待ってるんだ。交代はできないよ」
「人? あ、まさか彼女だっていう女子大生の……」
「おっと。噂をしてたら、来たみたいだ」
安藤が指を差すと、犬飼の首が目にも止まらぬ速さで半回転した。
ボトルネックのニットに、淡い色のフレアスカートの女性がこちらへ向かって歩いてくる。彼女もまた安藤の存在に気づくと、小さく手を振った。
「お、大人の女性だ……」
唖然とした犬飼が背後で何か言っていたが、無視した。
「おはよ、安藤君。待った?」
「おはようございます。いえ、今ここに来たところですよ」
「本当に?」
「今回は本当です」
意地悪そうに問うマジョマジョに対し、安藤はいつもの調子で答えた。
「えっと、こちらは?」
「こいつは……」
「はじめまして! 僕は安藤君のマブダチの犬飼省吾っていう者です! 以後お見知りおきを!」
仕事道具である看板をその場に放り出した犬飼が、見事な敬礼を披露した。隣で安藤が「うるさいな」と悪態をついたのだが、今の犬飼に聞こえているわけがない。
「あら、そうなの? 私は安藤君とお付き合いさせていただいてる、佐野と申します。よろしくね」
「くー!」
奇妙な声で喉を鳴らした犬飼は、何故だか涙目になっていた。きっと様々な感情が入り混じった涙なのだろう。指摘すると面倒くさそうだったので、安藤は見て見ぬふりをした。
「えっと、ちなみに佐野さんは、本日はお一人なんでしょうか?」
「えぇ、一人だけど……」
突然の質問を不思議に思ったマジョマジョが、チラッと安藤の方を窺った。
安藤は安藤で、『こういう奴なんです』と言わんばかりに、呆れたように首を横に振っている。その仕草を見て、マジョマジョはすべてを察したようだ。
そして申し訳なさそうな作り笑いを浮かべ、犬飼へと無慈悲な一言を言い放った。
「ごめんなさいね。私の友達、年下には興味ないみたいだから」
「そ、そうですか……」
がっくりと肩を落とす犬飼。そんな彼を置いて、二人はさっさと校内へと入っていった。
声が届かない距離まで離れたところで、安藤が恐ろしげに言った。
「マジョマジョさんって、たまにナチュラルにえげつないこと言いますよね」
「えー、そうかしら?」
あ、この反応は分かってて言ったやつだ。と、安藤は悟ったのだった。
触らぬ神に祟りなし。安藤はすぐさま話題を変える。
「今からどうします? いろいろ案内しますよ」
「そうね。でもまずは、安藤君のクラスに行きたいわ」
そういえば彼女が学園祭に来るきっかけとなったのは、カフェで作戦会議をしている女子たちに会ったからだったことを、安藤は思い出した。
要望通り、マジョマジョを自分のクラスへと案内する。
教室の外観を一望したマジョマジョが、「へー」と感心した声を上げた。しかし喫茶店の中へ入るのと同時に、今度は「へっ!?」と裏返った声で驚く。
「リベちゃん。何やってるの?」
「いらっしゃいませ! あっ、マジョマジョさん。お久しぶりです!」
「久しぶりも何も、昨日会ったばかりでしょうが」
呆れながらも、冷静なツッコミを入れた。
「私はこのクラスのお手伝いをさせて頂いてるんですよ」
「手伝いを? なんでまた」
「今日シフトだった女子の一人が、風邪で来れなくなったらしくて。それでリベリアさんに空いた穴を補ってもらってるんです」
安藤の補足に、マジョマジョは「また物好きな……」と言いつつも、そういう学園祭の楽しみ方もありかなと納得した。
リベリアに案内されるがまま、二人は空いたテーブルに腰を下ろした。
その途中、委員長をはじめとする、この前会った女子たちが代わるがわる挨拶に来る。それらに丁寧に対応していたマジョマジョだったが、最後に水を持ってきた店員を見て目を見張った。
「あら、ずいぶんと小さな子がいると思ったら」
「いらっしゃいませ」
お盆に二人分の水を載せた円が、抑揚のない声で言った。
そのまま何をするわけでもなく、付き添いで横にいるリベリアがテーブルに水を置く。ただ運んできただけなのだろうが、マジョマジョは円に対して柔らかく微笑んだ。
「ありがとね」
「ごゆっくり」
無表情ではあるが、どことなく得意げな面持ちのまま円は立ち去って行った。
「今のが天崎君の親戚の円ちゃんよね? ずいぶんと可愛らしい格好してるじゃない」
「えぇ。僕もビックリしています」
メイド服を着ていたことよりも、どちらかといえば普通に接客していることに安藤は驚いていたが。
「そういえば、天崎君は?」
「さぁ? さっきまで廊下に立ってたんですけど、いなくなってますね」
「友人に対して、ずいぶんと淡泊なのね」
「僕はそうそう他人に深入りする性格じゃありませんからね」
あぁ、こういう所が良くて、自分はこの子と付き合ってるんだっけ。と、マジョマジョは安藤と付き合い始めた理由を今一度思い出していた。
それからしばらく駄弁った後、男子からの僻みの視線を一身に受けながら、二人はメイド喫茶を後にした。
そして二時間ほどかけて、学内をゆっくり見て回る。
午前十一時を過ぎた頃、二人は人気のない非常階段へと来ていた。校舎の三階と四階の間にある踊り場から、マジョマジョはグランドやロータリーを闊歩する人通りを一望していた。
「なかなか活気があって、面白い学園祭だったわ」
冬特有の乾燥した風に撫でられたマジョマジョの顔は、満足そうだった。
楽しんでもらえたのなら、それはそれでよい。と安藤は思いながらも、謙遜することは忘れない。
「マジョマジョさんのところの方が、いろいろあるんじゃないんですか?」
「そりゃ大学はね。基本的に自由だし、予算さえあれば芸能人やアイドルだって呼べちゃうから。私が言ってるのは、高校の時の学園祭よ。っていうか、私の学校は学園祭じゃなくて文化祭って括りだった。この高校よりもずっと地味だったわ」
「へー。どんな催しがあったんですか?」
「大きく違うのは、外来の売店なんか一切なかったことね。というよりも、そもそも飲食関係の出し物も禁止だったわ。あと全体で三日間あったんだけど、文化祭は前二日だけで残りの一日は体育祭だった」
「それはまた……」
文化祭の後に続けて体育祭など、けっこうハードなスケジュールだ。運動好きならまだいいが、そうでもない生徒たちにとっては、次の日のことを考えてしまって、文化祭すらも全力で楽しめなかったに違いない。
「ま、もう卒業しちゃったからどうでもいいけどね。……あら?」
ふと、地上を見下ろしていたマジョマジョが何かを発見したように声を上げた。釣られた安藤も、そちらに視線を向ける。
体育館と校舎を結ぶ渡り廊下に、天崎と月島がいた。
仲睦まじそうに会話している彼らは、そのまま校舎に向かうわけではなく、武道場の方へと姿を消して行った。
「あらら。内気な少女と難聴系ラブコメ主人公だと思ってたら、なかなかどうして上手くやってるじゃない」
「なんですか? それ」
「漫画だったら一番嫌われるタイプの主人公ってことよ。気にしないで」
なんだ、漫画の話か。と、安藤は言われた通りまったく気にしないことにした。サブカル系の話は知識量の差が激しいため、あまりしないことにしていた。
「あの二人って、別に付き合ってるわけじゃないのよね?」
「ないですよ。天崎からも、そういう話は聞きません」
「っていうか、安藤君と天崎君って恋バナとかするの?」
「……僕がマジョマジョさんとお付き合いを始めてから、ちょくちょくしています」
「うわっ、めちゃくちゃ意外なんだけど」
「うわって何ですか、うわって……」
本気で驚いているマジョマジョに対し、安藤はムッとしたように顔をしかめた。
ごめんごめんと、マジョマジョは半笑いで安藤を宥める。もちろん彼も本気でイラついているわけではないのだが。
「えっと、月島さんだったっけ? 彼女の方が天崎君に惚れてるのはあからさまだけど、天崎君の方はどうなのよ。あんな巨乳で可愛い子に言い寄られたら、普通の高校生だったらイチコロじゃない?」
「うーん。それなんですが……」
と、安藤は言いにくそうに言葉を濁した。
まあ本人の許可なく友人の秘密を暴露するのはいい事じゃないわな。と察したマジョマジョだったが、どうやら安藤が言い淀んだ理由はもっと別にあるようだった。
「実は二ヶ月くらい前に、月島さんが本気で死にかけた事件があったんですよ。で、天崎は自分の命を懸けて彼女を助けた」
「あ、それで月島さんは天崎君に惚れたってわけか」
「彼女の方はおそらくそうですね。ただ天崎は違います」
「?」
助けられた方が惚れるというのは、よくある話だ。しかし助けた方が違うとは、どういう意味なのか。
マジョマジョが理解できず首を傾げていると、安藤はため息混じりに答えた。
「天崎は、月島さんが自分に惚れてるのは、吊り橋効果みたいなものだと思ってるんですよ。だから彼女の方からどんなにアプローチしてきても、半年くらいは恋人関係になることはないって言ってました」
「あー、なるほどね」
自分を死から救い出してくれた男の子がいたら、誰だって王子さまに見えるだろう。天崎はその可能性を考慮して、今はまだ月島に近づきすぎないように配慮しているのだ。しばらく時間を空け、月島が正常な判断をできるようになるまで。
というか、そういえば自分もそうだったなと、マジョマジョは思い出していた。
意識が混濁していた数日間の間、ずっと安藤が側に寄り添っていてくれたような気がしていたから。
「難儀なものねぇ」
とっくの昔に二人がいなくなった渡り廊下を見下ろしながら、マジョマジョは年寄り臭くぼやいたのであった。




