間 章 とある女子たちの会話
休日の午前中とあってか、その喫茶店はそれなりに賑わいをみせていた。
談笑するカップルや、これから部活でもあるのか制服姿で集まる学生たち。様々な客層の話し声が、店内の落ち着いたBGMと混ざり合い、徐々に活気づいていく平和な朝を演出しているようだった。
そんな中、剣呑な空気を漂わせているテーブルが店の奥に一つ。うら若き乙女が三人も集まっているというのに、その席の話題は華やかしさとは程遠いものだった。
「……っていうのが、今の状況よ」
近寄りがたい雰囲気を漂わせている筆頭の渡井小噺は、喋りで乾いた唇を潤すためコーヒーに口をつける。そして感想でも求めるかのように、対面に座る金髪の吸血鬼へ視線を向けた。
「なるほど、なるほど。今の話で、ここのところずっと寝不足みたいだった理由にも納得がいきました。今回の敵はサキュバスですか。天崎さん、まーた厄介な面倒事に巻き込まれていたんですねぇ」
金髪の吸血鬼――リベリア=ホームハルトは、合点がいったと言わんばかりに頷いた。
その隣から、月島洋子が恐る恐る訊ねてくる。
「え、えっと……サキュバスって、空美さんのことではないんですよね?」
質問を受けた小噺は天敵の顔でも思い浮かべてしまったのか、少しだけ機嫌を損ねたように表情を歪ませた。
「ええ。この件に関して、有沢空美は無関係よ。というよりも、一切関わりたくないって感じだったわ。協力もしてくれないって」
「おやおや、そうだったんですか。空美さんなら、二言返事で手を貸してくれそうなものですけど」
意外だというリベリアに対し、小噺は肩を落としながら答えた。
「なんでも、サキュバスは他のサキュバスの活動を邪魔しちゃいけないって不文律があるみたいなの。天崎が夢の中で知った知識だから断片的にしか覚えていないらしいけど、まあ間違いはなさそうね」
「そうですか。それなら仕方がないです。吸血鬼の間にもいろいろと暗黙の了解はあるので、一方的に空美さんを責めるわけにはいきませんね」
昨日の小噺とは真逆で、リベリアはそういうものだと最初から受け入れているのか、特に憤った様子もなく納得していた。
と、そこで小噺が問う。
「ちょっとあなたたちに聞きたいんだけど、天崎の部屋にサキュバスが侵入したことには気づかなかった? 特に吸血鬼は人間よりも耳が良いんでしょ?」
「わ、私は気づきませんでした」
おどおどと答えた月島が、不安そうにリベリアの方へ視線を移す。
リベリアはリベリアで、月島とは正反対の不遜な態度で鼻を鳴らした。
「時間帯によりますよ。朝方ならともかく、日付が変わる頃なら外出していましたので。そもそもサキュバスが夜這い目的で男性の部屋に侵入するなら、同じ部屋にでもいない限り気づきません。デュラハンの騎乗能力みたいなものですね。サキュバスにも特殊な能力があって、鍵やなんかも障害にはならないんです」
「なるほど、そういうことだったのね」
どうやって部屋に侵入したのか疑問に思っていた小噺は、納得したように頷いた。
すると何かに気づいた月島が、慌てて声を上げる。
「じゃ、じゃあ、天崎さんが危ないんじゃないですか? さっき会いましたけど、疲れてて動けないみたいでしたし……」
「あーっと、それならたぶん大丈夫だと思いますよ。ほら、私たちが出てくる前に狐さんがいらしてたじゃないですか。以前ほどではないですが、多少は戦える力も残っているはずですので、サキュバス程度なら後れを取らないかと」
「狐さん?」
その人物に心当たりのない小噺は眉を寄せ、狐さんの実力を知らない月島は首を傾げた。
しかし無言で疑問を表現する二人を差し置いて、リベリアは次の話題へと移る。
「大方の事情は把握しました。その上で妖精コレクターさんにお伺いします。どうして私と月島さんに協力を仰ごうと思ったのですか?」
問うと、小噺は悔しそうに下唇を噛みながら、ため息混じりに答えた。
「円ちゃんがもう限界だからよ。夢の中に入らなければ徐々に体力も回復していくでしょうけど、あの子は間違いなく天崎を守るために、毎晩サキュバスと戦おうとするわ。だからうちが代わりを引き受けた。本当はあんたに借りを作りたくなかったけど、手段を選んでられる段階じゃなくなったから……」
「はぁ~。ホント、バカですね」
「は?」
挑発とも捉えられかねないリベリアの言葉に、小噺はドスの効いた声で返した。
だがもちろんのこと、リベリアも喧嘩を売りたいわけではない。
「貸しだなんて思うわけないじゃないですか。むしろ頼ってくれて嬉しいですよ。天崎さんはもちろん、円さんも大切な友人ですので、守りたいと思う気持ちはみんな一緒です」
リベリアの宣言に、隣の月島も同意するように何度も首肯していた。
「で、質問の続きですが、どうして私たちなんですか? 『調査員』でも妖精管理協会でも、もっと役に立てる大人がいると思うのですが」
「まず、『調査員』や『専門家』を頼ることはできないわ。なぜなら件のサキュバスは、罪を犯しているわけではないもの」
今朝、安藤が天崎に言った通り、彼女はサキュバスとしての活動をしているだけなのだ。仮に空美のように人外登録されているサキュバスだった場合、『調査員』や『専門家』が動く理由はないし、それこそ不法侵入として警察に相談する以上の行動を起こすこともできない。
さらに昨夜天崎の部屋に侵入したサキュバスは、しばらくは遠隔でしか干渉してこないだろう。現行犯で捕えようにも、次はいつ乗り込んでくるかも分からない。
「なんであなたたちに依頼するかっていうと、ただ単に適役だと思ったからよ。狙われているのは天崎だからね」
「適役?」
「その前に、これを」
そう言って小噺が取り出したのは、手の平ほどの箱だった。中には小さく丸められた、いくつものチョコレートが入っている。
「このチョコレートには妖精の鱗粉が混ぜてあるわ。これを寝る前に食べると、天崎の夢の中に入ることができる。実証済みよ」
「へえ、夢の中にですか」
「うちらの目標は、夢の中で天崎を守ってサキュバスの干渉力を弱めること。奴が執拗に天崎を狙うのであれば、いつかまた部屋に乗り込んでくるはず。そのチャンスを狙って取っ捕まえたいの」
「ああ、だから私たちなんですね」
サキュバスの居場所を突き止められない以上、どうしても長期戦になってしまう。一日や二日なら協力を依頼できても、いつ巡ってくるかも分からないチャンスのために毎夜時間を割くのは、単なる知人程度では難しいだろう。
だからこそ小噺は、天崎と結びつきが強いリベリアと月島に協力を仰いだのだ。
「それもあるけど、天崎を想う力が強ければ強いほど夢の中での自己認識力が高まると判断したからよ。特に主導権が奪われてしまっている今、半端な力だと、無理やり追い出されちゃう危険性もあるしね」
しかし話を聞いていた月島は、自分にも声を掛けてきた理由に納得いっていないのか、場違いだと言わんばかりの弱々しい声を漏らした。
「で、でも、私はリベリアさんと違って、天崎さんを守れる力なんて持ってないですし……」
「大丈夫。夢の中だからフィジカルなんてまったく関係ないわ。大事なのはメンタルよ。メンタルさえ強ければ、その吸血鬼にだって殴り合いで勝てる」
「私、メンタルも弱いかも……」
「そうなの? 天崎を守りたいって気持ちも?」
指摘され、月島はハッと顔を上げた。
短い時間ではあったが、小噺はちゃんと見ていたのだ。天崎を見る時の眼差しを。一途に恋をしている月島の顔を。
呆気に取られて固まってしまった月島の横顔を、ニヤニヤと眺める吸血鬼が一人。リベリアは無理やり月島の肩を抱き寄せると、小噺に宣言した。
「天崎さんを守りたいって気持ちは私と同じくらいですので、月島さんも大丈夫ですよ」
「……はい」
力強く頷く月島に満足いったかのように、リベリアは微笑んで見せた。
「まとめますと、寝る前にこのチョコレートを食べて、夢の中で天崎さんをサキュバスから守るってことですね? 場合によっては、それが何日も続くと」
「簡単に言えば、そうなるわね」
「でも、残念ながら私は吸血鬼。夜行性なんですよねぇ。都合よく夜に眠れるかどうか分かりません」
「「あ」」
太陽が高々と昇っている今、普通に外出しているせいで、完全に失念していた。吸血鬼とは本来、夜に活動する種族。むしろ太陽の光に当たれば、存在が気化してしまう危険だってあるはずだ。
にもかかわらず彼女が真昼間から外に出られるのは、天崎の血を吸って『完全なる雑種』になったから。今は日光に当たっても火傷する程度で済むのだが……その事実を知らない他の二人は、揃って絶句したのだった。
だが当の本人は大して気にもせず、急にテンションを上げる。
「というわけで私がちゃんと夜に寝られるよう、今から三人でカラオケに行きましょう! 昼間に無理やり起きていれば、たとえ夜でも眠気がやってくると思いますので」
「カラオケ、か」
リベリアの提案に、月島が少しだけ憂いの表情を浮かべた。
「おやおやぁ。月島さん、私のお誘いを断るつもりですかぁ?」
「だって、もう再来週にテストが迫ってるから勉強しないと……」
「そんなもん、どうにでもなりますって。学校のテストなんて、人生においてはこれっぽっちも役に立たないイベントなんですから」
テストどころか、学校にも通ったことのない吸血鬼が何を言ってるんだ。と、小噺が真正面から白い目で睨みつけた。
「さあ、なに我関せずと言わんばかりにブスッとしているんですか。あなたも一緒に来るんですよ。妖精コレクターさん」
矛先を向けられ、小噺がたじろぐ。
「パスよ、パス。うちは他にもやることがあるんだから、遊んでる場合じゃないわ」
「いいえ、あなたに拒否権はありません。これを機に、天崎さんとの関係をしっかりと話してもらうんですからね!」
「あっ、それ、私も気になります。渡井さんと天崎さんの関係!」
月島までテーブルを乗り出してきて、小噺はさらに怯んだ。
「か、関係も何も、天崎とは単に知り合いってだけよ。別に好意を寄せてるとかはないから安心して。今回の件だって、円ちゃんの仇を取るためなんだから」
「そんなわけないでしょ! ただの知り合いの男女が一緒にお風呂に入るなんてことありますか!?」
「お、お風呂!?」
「それは意図せずしてそうなったというか、成り行きだったというか……」
「やっぱり事実だったんですね!? さー、これは長い昼になりそうですよぉ。天崎さんの貞操を守る隊、ここに結成です!」
「一緒にお風呂って……サキュバスよりも、渡井さんの方が天崎さんの貞操を奪いそうな気が……」
「それも含めて、今から尋問しましょう!」
「えー……」
恋愛事情で結託した女子の絆は鋼よりも固い。
笑っていない笑顔を張り付けた二人を前にして、思わず身を竦ませる小噺。蛇に睨まれた蛙が、この状況から自由に選べる選択肢などあるはずもなかった。




