3 狼守りと桜雨
それから数日を過ごした。予想どおり、だんだんと静かな小屋にも慣れていく。ただただ、琥春の小さな呼吸の音を聞く日々を送った。まだ、目覚めない。
春の匂いを、琥春にも届けようと思った。
散り急ぐ桜が惜しくて、その日、まほろは青空の下、ひときわ大きな桜の木を目指した。ふわりふわりと風が吹くたび、白い花が空に舞う。夢にも思えるような光景の中でまほろは一枝を手折り、胸に抱いた。
丘の上の生家を思い出した。
唐突に、寂しさが胸を占めて泣きそうになる。
春ももう、終わってしまう。
――でもまた来年、花は咲く。これで終わりではないのだ。
春の風が吹きぬけた。幾億もの花びらが空にのぼる。そうして、また地にふりそそぐ。
桜の雨だ。
その光景に見惚れた。白い花は清いまま、無垢な色で世を染める。
それでいい。白いままでいい。美しいものは、美しいままで。
まほろはかすかに微笑み、ふり返った。また来年を待とう。
そのときは、きっと琥春もともに。
ふと。
視界に、銀の光が躍った。春の陽ざしを受け、美しく、きらりと光った。
「え」
まほろは目を見開く。
この輝きを、わたしは知っている。この美しい輝きを。
力の抜けた手からは、桜の枝が落ちた。
春の陽ざしに美しい毛並みが光る。
夢であってほしくない。夢ではない。
「……る」
まほろは一歩踏みだす。一歩一歩、ゆっくりと。しだいに早足になり、春の山を駆ける。
「こは、る……、琥春……っ!」
腕を広げて、胸に飛びこんでくる狼を抱きしめる。
夢でも幻でもないと知りたくて、強く抱きしめる。
あたたかい。
白い花がふたりを包み隠す。花が舞い落ちるころ、いつのまにか、抱きしめていたはずが、まほろが抱きしめられていた。
「まほろ」
やわらかな声がする。
琥春の胸に顔をうずめて、まほろは笑った。
――ああ、春の香りだ。
うららかな春の野に寝転んだときのような。
素朴であたたかな香りがした。
(了)
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