洋菓子店にて
洋菓子店の中に入った私はそこに見覚えのある二人の姿があるのに気付いた。中にいるのはコウギョクさんとメイゲツさんだった。
「いらっしゃいませ」
コウギョクさんが微笑む。私はどこかコウギョクさんの印象が前回とは違うような気がした。それがどこがとは明確に言い表す言葉は分からなかったけれど、強いて言うなら表情が柔らかくなった感じがした。
「こんばんは。さ、マソホさん、好きなものを選んで下さい」
「あの…ペコくんとコウくんの分はどうしましょう…」
「そうですね。ではこちらのアップルパイにしましょうか。ここのケーキは当日中に食べなくてもいつでも出来立ての美味しさで食べられますから」
「…私は…この二層のリンゴのゼリーにします。クロさんは?」
「そうですねぇ…私は…マロンのムースケーキを」
メイゲツさんがケーキを箱に詰めてくれている間にコウギョクさんは言った。
「マソホさんも出産の擬似的体験をするのですね」
私はコウギョクさんの言い方に、誰か身近にも体験をする人がいるのだろうかと思った。クロさんが微笑んで言った。
「コウギョクさんもでしたか。身体機能を変えてからですから、少し慣れるまでに時間がかかったでしょう?」
「はい…ようやく…でも、まだあまり実感はないのですが」
コウギョクさんはお腹に触れる。コウギョクさんだったのかと私は内心では驚きつつも、ミランさんの担当だからそういうケースもあるのだろうと思った。
「あの…嫌でなければなのですが…マソホさんのお腹を触ってみてもいいでしょうか」
「えっ?コウギョクだけズルいよ!僕も撫でてみたい!」
ケーキを詰め終えたメイゲツさんが慌ててレジの横から出てくる。
「えっと…私は構いませんけど…」
私は思わずクロさんを見上げてしまった。クロさんは微笑んで頷いた。
「今マソホさんのお腹にいるのは、前前世の私とマソホさんの間に生まれてくるはずだった子どもの魂です…シラタマ…挨拶できるかな?」
クロさんがお腹を撫でながら話しかけるとシラタマは私のお腹の中をトントンと蹴るように動いた。そっと手を当てたコウギョクさんは、その動きに驚いたような顔をした。メイゲツさんも恐る恐るといった様子で私のお腹に触れる。トントントンとシラタマは動いた。メイゲツさんは微笑んだ。
「わ…ほんとに動いてる!コウギョクのお腹でもそのうちこんな風に動き出すのかな?楽しみだね」
「あの…前前世の子どもって…お二人は…何度も出会っているのですか?」
コウギョクさんに聞かれて、クロさんは頷いた。
「えぇ。来世も共に過ごすつもりですよ?お二人も絆を繋いでおくなら…ミランさんがすでに教えているとは思いますが…毎日その教えに従って行動していればきっと出会えます」
「私は…来世は女性になって…メイゲツに会いたいんです。そうすれば…こんな結末にはならなかった…」
「いいんだよ、僕は今でもじゅうぶん幸せなんだ。僕の両親があんなに頭が固い親じゃなければ…僕たちは日本で洋菓子店をオープンできていたかもしれないし…それが実現していたら…きっと今ここにはいなかった…」
二人にも色々と複雑な理由があって、ここに来たのだろうと私は思った。
「マソホさんは…僕たちのような性癖でも、否定もしないし気にしないんですね」
メイゲツさんに言われて私は首を傾げた。
「どう…でしょう。もしかしたら気付いていないだけで身近にいたのかもしれませんけど、生きている間に誰からも公言されたことがないので特に気にしたこともなくて…それに、誰を好きになっても自由だと思いますし…」
「こちらにも頭の固い人たちは一定数存在するんですよ。残念ながら。私は気にしません。マソホさんにちょっかいを出してくる場合は気にしますが、妊婦仲間として接する分には仲良くして下さって構いませんよ?」
クロさんはそう言って微笑んだ。
「それに今日マソホさんは悪阻でいつもの食事が出来なかったのです。お二人の作ったゼリーなら食べられそうなので助かりましたよ」
クロさんは金色のカードを取り出すとレジで支払いを済ませた。そういえばシロガネさんも同じ色のカードを持っていると思った。
「…ミランさんでもシルバーなのに、クロさんはゴールドなんですね」
何がすごいのかいまいち分かっていない私の前でクロさんは苦笑する。現世のカードと同じなのだろうか。
「特別区担当ですから、少し優遇されているだけですよ。でもマソホさんはおねだりしてくれませんから、全く出費しないんですよね…」
「あの…以前来た研修生は…全種類ケーキを買って行って、担当の死神がゲッソリしてましたけど…」
メイゲツさんが遠慮がちに口を開く。
「あぁ、もしかすると同じ研修生が来るかもしれませんが、店内に入れなくて困っていても中から開けては絶対にダメですよ?以前本人が立ち寄った場所に出現しやすいのですが、扉を開けられないなら本人ではありません。それはランクAAのハイアオの犬です。マソホさんは今日その成り代わりに手首を切り落とされましたから」
「えっ…!?成り代わり…?それって…禁忌なんじゃ…確かに、自分でドアを開けられない研修生や死神は呪禁絡みだから入れるなとミランさんに言われているので、それは守っていますが」
「さすがはミランさんですね。すでに説明済みでしたか。えぇ。ハイアオは平気で魂を切り刻み混ぜて別のものにすり替えてしまう…死神がそれを行うことは禁じられています。ですが生前の能力でそれをできてしまうのがハイアオです」
「…クロさんも…しないだけで…出来るんですよね?」
私は思わずつぶやいてしまってからハッとして口を覆った。クロさんは微笑んで頷いた。
「えぇ…その気になれば出来ますよ。私は元々は呪禁師ですから。そしてマソホさん…あなたも潜在的にその能力を持っています。今は一人では使えませんが…前前世のあなたはその力を持っていた。だからヤミカさんの一部もすんなりと受け入れられた…私はそう思っています」
「え…?私が…ですか?」
洋菓子店でまさかそんな話を聞かされると思っていなかった私は、ぽかんとしてしまった。
「統括から許可が降りないので…今はそちらの指導はしません。それに…しなくても…何かのきっかけで思い出す可能性もあると、私はそう考えていますから」
「…呪禁師…ですか。本当に存在すると知ったのはミランさんに教えられてからですが…」
コウギョクさんがまだ信じられないといった風につぶやいた。
「えぇ…現世にもまだ存在していますよ。今はそちらが本業でも別の仕事をしていてカモフラージュしている場合がほとんどです。ですから本業が呪禁師でも誰も気付かない。私だって公言できるようになったのは死神になってからですし」
「あの…どうしてこの話を…?」
不思議そうなコウギョクさんの顔をクロさんはじっと見つめる。
「そうですねぇ。コウギョクさんはマソホさんとこの先、妊婦仲間として親しくなる予感がするからです…それにある程度の知識もすでにあって私たちが何者かを知っても動じない人はある意味貴重なんですよ?皆が遠巻きにするのはそれなりに理由があるんです。死神についての学びを深めるほどに、呪禁師の家系の者と気軽に関わるのは危険だと…本能的に避けるようになりますから…何も知らずに無邪気に接していられるのは、最初のうちだけです」
「あの…正直なところ僕たちもまだまだ差別されたり、気持ち悪いと思われたり…最初にコウギョクが出産の擬似的体験をしたいと病院に行ったときに僕も同行したんですけど、その場にいた別の死神とミランさんが口論になりました…昔よりはマシになったってミランさんは言いますけど…ここでも僕たちは結局はマイノリティで…差別対象なんです…だから、僕たちも…クロさんやシロガネさんたちのようなフラットに接してくれる存在が…有難いんです」
メイゲツさんがクロさんと私を交互に見ながら言った。
「もしかすると、今日本当に必要だったのは…マソホさんが食べられるゼリーではなくて…私の妊婦仲間だったのかもしれませんね…」
コウギョクさんは私の方を見て微笑んだ。私は片手を差し出して言った。
「コウギョクさん…私で良ければ…よろしくお願いします」
「こちらこそ…よろしくお願いします」
私たちは握手を交わした。コウギョクさんの手は指が長くてとてもきれいだった。メイゲツさんが隣に来てコウギョクさんの肩に腕を回す。コウギョクさんは少し泣いていた。
「妊娠中は精神面も不安定になりやすいですから…寄り添ってあげて下さい。メイゲツさんなら分かっているとは思いますが。私たちは朝は大概、シロガネさんの喫茶店にいますから、良かったら明日そこで会いましょう」
「はい…」
私とクロさんはケーキの箱を持って洋菓子店を後にする。すぐに家に着いた私たちは、早速ゼリーとムースを食べ始めた。リンゴのゼリーはするするとあっという間に喉を通り、私は胃がムカムカすることもなく穏やかな気持ちになって、自然とクロさんの腕の中にいた。
「美味しかったです…」
「そうですね。マロンのムースケーキもとても美味しかったです。悪阻が落ち着いたら…また美味しいものを食べましょうね」
「なんだか今日一日が…すごく長かった気がします…」
私が言うとクロさんは小さく笑った。
「それはそうでしょう。マソホさんは約一ヶ月の間に女性の身体に起こる変化を一日で体験してゆくのですから…当然体感する時間そのものも途方もなく長く感じると思いますよ?」
「そういうこと…なんですか…」
「お疲れ様です。身体がだんだん重くなってゆくと思いますが、一緒に乗り切りましょうね。今日はマソホさんも疲れていますから少しズルをしましょう」
クロさんがパチンと指を鳴らすと、私もクロさんもすでにお風呂上がりの状態でパジャマに着替えていた。寝室に入るとすでに布団が敷いてあり、なぜか三日月型の長いクッションが置いてあった。
「これ…なんですか?」
「あぁ…お腹が大きくなるとそれを足の間に挟んで眠った方が楽なようですよ?」
クロさんは使い方を教えてくれた。少し恥ずかしいなと思いながらも言われた通りにして横になると本当に楽だった。お腹の膨らみはどんどん進んでいるように感じた。クロさんは電気を消して私の背中に寄り添ってくれた。背中にクロさんの温もりがあって手がそっと重ねられた。クロさんの大きな手が私の手を握ってくれる。それだけで私は一人ではないと安堵した。お腹の中でシラタマが動く。
「おやすみなさい、マソホさん」
「おやすみなさい…」
私は穏やかな気持ちで目を閉じて眠りについた。




