不在の死神
「いやだわ、別にそんな大したことは言ってないわよ…」
ミランさんはわざとらしく、口に手を当ててオホホと笑ってみせた。クロさんはミランさんに詰め寄る。
「ちょっとだけよ…マソホちゃんがクロガネちゃんの来世の伴侶だって言っただけ…」
その時になって私はクロさんの後ろにまるで影のように気配の薄い細身の男性が立っていることに気付いた。彼はこちらを見て小さく会釈する。どことなく顔色が悪いし元気がない。
「あーら、モクズちゃんったら、あまりにも存在感がないから気付かなかったわよ!彼はモクズちゃん。これでも一応第二階級の死神なんだけど…セキリュウさんのとこからいきなりヨルくんを引き受けたから…今までの子とはタイプが違って挙動不審になっちゃって…」
「あ…どうも。モクズと申します。普段は自殺案件担当なので、事故死のこんなにうる…じゃなかった明るい若者を担当したことがなくて…」
「あーモクズさん、今うるさいって言おうとしたでしょ?バレバレなんすから!」
そう言いながらもヨルさんはモクズさんの顔を見るとホッとしたような表情になった。
「ミランさんは何でもすぐにペラペラ喋ってしまうんですから…マソホさんの糸を…」
「あーはいはい、返すわよ。あなたの愛しのマソホさんの糸だものね」
丁寧にミランさんは私の糸をクロさんに戻した。
「本当に繋いでいるんですねぇ…初めて拝見しました…あ、不躾に申し訳ありません」
モクズさんがしげしげと糸を眺める。クロさんが手を振ると糸は見えなくなった。
「決まりは決まりですから。滅多に起こることでもありませんし、珍しいといえば珍しいかもしれませんね。マソホさんは不便かもしれませんが…」
「別に不便だと思ったことはないですよ?」
私が言うとクロさんは困ったように微笑んだ。そうしてアシシさんの方を見る。
「アシシさんも変わったことはありませんでしたか?」
アシシさんは頷いた。
「あの…それで、キリさんは…どうなりましたか?」
私が尋ねるとクロさんは頷いた。
「見つかりましたよ。無事にとは…言い難いですが…とりあえず再生可能な程度には残っていたので発見した分は繋ぎ合わせて病院に搬送しました」
「クロガネちゃん、言い方…。残ってたって…まぁ事実だから仕方ないけれど、異形化した魂に取り込まれるとどうしたって変容し過ぎて元に戻せない部分も出てくるのよね。だから戻しても影響が少ない部分をかき集めて繋ぎ合わせるんだけど…ちょっと前の性格とは変わっちゃったり…おかしな性癖が増えちゃったり…後遺症は色々あるわよね」
ミランさんが言う。私とヨルさんは思わず目が合ってしまった。
「かき集めて繋ぎ合わせるって…こっわ!」
ヨルさんは思ったことをすぐに口に出す。けれども実際に私も同じことを思っていた。
「異形化した魂って…そんなにたくさんいるものなんですか?」
私が尋ねるとクロさんは頷いた。
「えぇ。最初はその辺に漂っているごく一般的な魂でも…長い時間を経て変容したり、喰ったり喰われたりしている間に混ざり合ったり、時には分裂したりします。ですから駆逐してもキリがない…大概は悪さをしないので放置しても大丈夫なのですが、今回のように死神になる指導を受けている途中の研修生を吸収してしまうと…それを見逃してしまって別の異形に成長した場合の方が大変なのです」
「そう、だから言い方を変えるなら、捜索ってよりは後々に厄介なことにならないための回収及び捕獲ってところよね。第五階級の地下道とその周辺は、念のためにしばらくは検索をかけておくから、まだ回収可能な魂の破片を飲み込んでる異形が見つかったらその都度捕まえるしかないわね。あら、おかえり、サクラチル」
ミランさんが振り返ると、小学生くらいの美少女がブースの陰からひょこりと顔を覗かせていた。淡い桃色の艷やかな髪をゆるくカールしている。瞳は翠で外国人めいた顔立ちをしていた。
「みなさん、こんにちは」
「この子の他にも何人か私のところで預かってるけど…他の子はもう直接家に帰ったようね。こっちにいらっしゃい」
手招かれたサクラチルさんはパタパタと走ってきてミランさんに抱きついた。ミランさんは優しくサクラチルさんを抱きしめる。
「んもぅ…可愛いんだから。食べちゃいたいくらいね」
「…さっきまでの話の流れで言われると、ミランさんならほんとに食べそうでシャレにならないっすよ…」
ヨルさんが小声でつぶやく。
「ヨルくん、聞こえてるわよ?失礼ね!あなた本気で私に食べられたいの?それにサクラチルはこう見えても、もうじき第五階級に上がるのよ?やっぱり生前も優秀な子は優秀よねぇ…」
「でも、せっかく合格してたのにアクセルとブレーキを踏み間違えた車が突っ込んできて全部終わっちゃったんですよ?それに…生きてたらこんな風に好きな格好も出来なかったし…お父さんには受験のストレスだって言われて理解してもらえなかったし…今の方が何倍も楽しいです」
サクラチルさんはそう言っていたずらな瞳で私の方を見上げた。
「いいなぁ…僕もほんとは女の子になりたかったんですよ」
「えっ?」
「そりゃ、この私の担当だもの察してあげて?私は性の不一致に悩む子たちを主に預かってるのよ?サクラチルみたいに理解されなかったり、死ぬまで誰にも言えなかった子もいるし、年齢も様々だけど…サクラチルみたいに優秀な子だと、こうやって自分の姿も生前とはもう全く違うものに変えてしまえるのよ。こっちに来たばかりの頃はとっても地味だったわよねぇ…」
一瞬私の目には黒い髪を短く切りそろえて眼鏡をかけた生真面目そうな顔の少年が重なって見えた。サクラチルさんはフフッと笑った。
「マソホさん、ハイアオさんの鎌で斬られたのに平気で動き回ってるって…講義を担当していた今日の死神の先生方もザワザワしてたので…動き回ってるってことは半数以上が捜索の方に回ってるから、もしかしたらこっちに来てるかもしれないなって思って覗きに来ちゃったんです。興味本位にすみません。でも本当にシールも真っ赤なんですね…よくそんなに平気そうにしてられますよね?」
「いやだわ、サクラチルまで!?あなたそんなにミーハーだった?」
「だって僕も強くなりたいですから。痛みの訓練だって僕は初日にはクリアできなかったのに、一発合格してるし、こんなに美人のお姉さんだし、個人的には勝手にライバル視してますよ?」
サクラチルさんの言葉に私は困ってしまった。知らないところで有名になってしまい、いつの間にかライバル視する子まで現れてしまった。
「とりあえずブースはもう片付けていいそうよ。後は統括の采配に任せましょ。サクラチルも手伝って。クロガネちゃんはご近所なんだし、そのうちまた会うこともあると思うけど」
ミランさんの言葉に私は思わずクロさんを見上げる。
「ご近所…なんですか?」
「えぇ。ミランさんは第一階級ですから、私たちのいる特別区のすぐ近くに住んでいます。少し前までミランさんは海外出張をしていたので留守にしていましたから、周りには誰もいないように見えていたかと思いますが…」
「そういうこと。お醤油を借りに行けるくらいご近所よって言っても…今のあなたたちには通じない話よね…昔はそんな時代もあったのよ」
ミランさんは微笑んだ。私はとりあえず無人にしか思えていなかったクロさんの家の近所にも住人がいることを知ってホッとした。
「今夜はシロガネちゃんのとこに顔出そうかしら?最近バーをまた始めたって噂に聞いたのだけど」
「あれは昇格祝いをしたからですが…でも、そうですね。昔のようにまた集まるのもいいのかもしれませんね。指導官同行とは言ってもたまにそうやって夜遊びもさせないと、研修生同士で勝手に抜け出して足を引かれてしまう子が今回のように出てしまいますから…息抜きも必要でしょう」
「え?マジっすか?モクズさん!聞きました?俺も出掛けたいっすよ、お願いします、この通り!」
ヨルさんがモクズさんを拝む。モクズさんはとても困った顔をしていた。
「えぇ…?私は…そういう人付き合いは苦手なんですよ…でも…ヨルさんの望みなら…仕方ないですね…」
モクズさんはため息をつく。
「やった!モクズさんって話分かる人っすよね!ヤバい、俺、担当が変わってからなんか楽しくなってきてる!アシシだけ美味しいとこ持っていきやがってズルいって思ってたけど」
ヨルさんは再びアシシさんに小突かれた。クロさんがそんな二人を見ながら肩をすくめる。
「あの二人…幼馴染なんですね」
私が言うとクロさんは頷いた。
「仲直りも出来たようで良かったです。やはり仲間の存在は死神になっても必要ですからね」
二人を見つめるクロさんの目がどこか寂しそうに見えたのは私の気のせいではないと思った。寮をやっていたときの今は名前の出てこない死神のことが私の脳裏をかすめた。聞いてみたいと思ったけれど聞く勇気は出なかった。




