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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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魂の捜索

 喫茶店から出てしばらく歩くと、私がここに来たばかりの頃にクロさんと小型バスで出かけた場所に辿り着いた。以前は影にしか見えなかったのに、時折薄っすらと人の姿や表情が見えるときもあった。


(死神だよ!近付かない方がいい)


(別に悪さをしなきゃ、何もしてこないよ)


(旨そうな色…)


(ダメだよ、もうみんな鎌を持ってる)


 ヒソヒソと囁き声が聞こえてくる。シロガネさんが近くの壁に紙を貼り付けた。そこには行方不明になったキリさんの情報が書かれていた。


「見掛けた奴がいたら情報が欲しい。その情報が正しいもので捜索の役に立った場合は、死神の居住区画に隣接する第十三区画に居住を移す許可が出るそうだ。働き次第では使役として契約してもいい。じゃあな、期待してるよ」


 シロガネさんの貼った紙には、すぐに人々が群がった。


「さて、行こうか」


 私たちはその空間から別の場所に移動する。途中崩れた塀だったり、そこから屋根の上を歩いたりとおよそ生きていた頃なら、猫が通っていたのではないのかと思うような道も呼べない場所をするするとシロガネさんは進んだ。階段の手すりを飛び越えて、フブキさんが困った顔をする。


「いったいどこに…向かっているんですか?それに…さっきいた影は…何なんですか?」


「うん?向かってるのは死神の居住区画の第六区画くらいかな…キリの住んでいたのは第六区画だ。鎌の具現化が終わって登録も済んでいる奴が行方不明ってのも、通常だとあんまりないんだよ…だから不可解だ。後方支援の拠点もその辺りに設けられてるはずだから、まずは顔を出してからだけど…あと影については…悪さをする力はあまり持っていないが概ねにして怠惰な霊の類だな。死神になったり特定の役割を果たさず、かと言って輪廻の輪にも入らずにウロウロしているだけだと魂は次第に形を保てなくなって最終的には消える。だから消えたくない奴らは時折バイトをする…」


 シロガネさんは私の方を振り返った。


「それと…死神の間じゃすでに、ハイアオの話が思いのほか広まってるんだ。マソホちゃんもある意味有名人になっちゃった訳で…色々と興味本位に聞かれるかもしれないから、その場合はクロさんに任せた方がいいよ。感情を切り離していても、元々の性格が鬱陶しい奴はやっぱりそれでも鬱陶しいから…」


 具体的な誰かを想像でもしたのか、シロガネさんは苦笑した。私は思わずクロさんを見上げる。クロさんは微笑んだ。


「大丈夫ですよ。マソホさんはいつも通りにしていればいいんです」


 シロガネさんはやがて三階建てのマンションに入ると階段を登り始めた。やがて屋上へと通じるドアを開けると、目の前に見知った顔があってかなり驚いたような顔で振り返った。皆を通らせてから最後にクロさんがドアを閉めると、そこは屋上ではなく何人かが前に並んでいる設営ブースの前だった。


「いったいどこから来たんですか??」


 ホムラさんがシロガネさんに言うと、シロガネさんは、普通に並んでいたよ、と思いきりすっとぼけた。ホウカさんがぺこりと頭を下げて、私の肩のシールを凝視した。


「いや、シール…真っ赤っ赤じゃないですか。それ…大丈夫なんですか…?」


 そうして首をひねって私の顔をしげしげと見つめる。それから隣のヤミカさんの顔も見た。


「お二人ともどこかで見たことあると思ってたんですよ。最近売れてる例の女優に似てるって言われてたでしょ。しかも…隣のあなたも…多分誰だか分かっちゃいましたよ。生きてた頃、ニュースであなたたちの顔を確かに見たんです。なんだってこんな若くて綺麗な女の子に酷いことをするんだってね…怒りが込み上げたからよく覚えていたんですよ。先に私が出会っていたらスカウトしてたのになと」


「…ホウカさん、その話はその辺で」


 ホムラさんが静かに、けれどもキッパリと言った。


「あ、すみません。つい生前のクセで。ホムラさんにも同じことを言って叱られてしまったんですよ。いやしかし…監督がピッタリの役者がいないって納得してなかった映画の役にホムラさんがイメージ通りだったんですよね…あぁ無念です…ホムラさんなら本当に傑作に仕上がったと思います。若い子が死んでしまうのは本当に嫌ですね…」


 ホウカさんは本当に心底残念そうな顔をしていて本心なのだろうと思った。


「…でも…ホウカさんも、結局火をつけられてアパートも全焼、あなたも焼死でしょう?十分悲劇だと思いますけど…あ、自分はフブキと言います。しがない会社員でしたが登山中の事故で凍死しました」


 フブキさんが静かに言った。


「自分の不注意で死んだ側から見ると、事件に巻き込まれて命を失った人はやはり気の毒だと思います。でも気の毒だなんて薄っぺらい言葉で勝手に同情してはいけないことだというのも今ではようやく分かってきたんですけどね…」


 フブキさんは私とヤミカさんを見て言った。


「もう気にしてないので、大丈夫ですよ?私こそ…シールが赤いままですみません。感覚が…ズレてるんだと思います…」


 そんなことを話しているうちに列が進んで受付をしている死神の女性の前にホムラさんが立った。


「あら、いらっしゃーい、えっと?ホムラくんとホウカさんね。ホウカさん来たばかりなのに後方支援に回ってくれるの?いい心がけだわ。じゃあ二人はモニターチェックの方に回ってくれる?ホムラくん、分かるわよね?」


 女性にしては低い声が答える。よく見るとつけまつげをしていて濃い目のメイクをした長い黒髪の女性だと思って見ていたその人は男性だった。真っ赤なルージュの唇が微笑む。ホムラさんは頷いて設営ブースの奥へと消える。


「あらん、色男のシロガネちゃんじゃないのよーその姿久し振りに見たわ。さては担当は男の子ね?ってあらら?ちょっとちょっと、女の子もいるじゃないのよーどういうこと!?」


 シロガネさんの後ろの私とヤミカさんそしてアシシさんとフブキさんを見た死神は声を上げた。


「ミランさん、俺だって毎回枯れ気味のジジイばっかやってる訳じゃないよ…」


「フンっ!シロガネちゃんが若い格好してるとロクなことにならないのよ!で、どっちが彼女なの?」


 ミランさんと呼ばれた死神はぐいと顔を突き出して私とヤミカさんを見比べる。


「うん?こっちの子がそう。ヤミカ。で、情報の更新まだかもしれないけどフブキも俺の担当」


 シロガネさんはヤミカさんの肩に手を置いた。ヤミカさんはやや緊張した面持ちでミランさんに頭を下げる。


「ヤミカです。よろしくお願いします」


 後ろから前に出たフブキさんも頭を下げて挨拶をした。


「ふぅん、なるほどね。この子、データでは二人分になってるんだけど…あ、そういうこと?最低な男…こんなに美人なのにあなた不幸だったわね」


 ヤミカさんの顔を見てミランさんはため息をついた。フブキさんの肩のシールをミランさんは凝視する。


「まぁ…シロガネちゃんなら大丈夫でしょ。捜索の方に加わって。はい、じゃあ三人はこのタブレットに表示された場所を重点的にお願い」


「了解!じゃ、行ってくるよ」


 シロガネさんとヤミカさん、フブキさんが列から離脱する。次はクロさんの番だった。


「クロガネちゃんも元気だった?いつぶりかしら?海外出張してたからしばらく会ってなかったのよね。あら?あらら?」


 ミランさんは私の顔を覗き込むと首を傾げた。そうしてクロさんの顔を二度見する。


「シロガネちゃんなら分かるんだけど…クロガネちゃんもやるときはやるのねぇ…意外だったわ。あら、そう、えっ?ちょっと待って!?何なのよこの記録…二人分から一人分になってるって…そういうこと?嫌だわ。異形化した生霊なんて何年ぶりかしら…」


 ミランさんはブツブツ言いながらもブルッと震えた。そうして私の顔を見たので私は慌てて頭を下げた。


「マソホです。シールは赤ですけど大丈夫です!」


「……ねぇ、クロガネちゃん、ほんとに後方支援に回るの?そっちの子も…波紋の紫だし…私は別にいいけど…具合が悪くなったらすぐに帰ることをやオススメするわ…」


 ミランさんはそう言いながらアシシさんの顔を見つめた。


「あなたは完全にとばっちりね。いるのよ、そういう勘違いした子って。選ぶならマソホちゃんみたいな子にしなさい…って、そうだった、この子を選んだらクロガネさんに怒られちゃうわね。フフフ…」


 ミランさんには何が見えているのだろうと思いつつ私たちはホムラさんたちと同じ設営ブースの奥へ移動した。途端に視界がガラッと一変する。巨大なスクリーンがたくさんあり、複数の死神と研修生がそのスクリーンの点滅する光を調べているようだった。クロさんは、まだ空いているスクリーンの前に私とアシシさんを呼び寄せる。そうして言った。


「お二人ともゲームは得意ですか?」


 目の前にはコントローラーのようなものがある。私は首を横に振った。ゲームをやっているマコトの隣にはいたけれど、私は下手過ぎて呆れられた。それまで触ったこともなかったし、結局馬鹿にされてばかりなので好きにはなれなかった。アシシさんが片手を上げて頷いたので、クロさんはアシシさんにそれを渡した。


「では光っているところをこのボタンでロックしたら拡大して下さい。私がチェックをします。やってみましょう。捉えられる光ならどれでもいいです、そうです」


 アシシさんが拡大した光のデータにクロさんが別のデータを重ねると画面の下から紙のような薄い何かが出てきた。


「マソホさんはその結果をそちらのボックスに入れて下さい。関係のないものは反応しません。もしも入れてランプが光ったら教えて下さい」


 その後はひたすらその作業の繰り返しになった何枚入れたか分からないほど入れたけれど、ランプは反応しなかった。途中アラームが鳴って休憩の時間を挟む。アシシさんは大きく伸びをしました。


「すみません、私ゲームは下手で…」


「誰にでも得手不得手はありますよ。分業すればいいんです。それに光らないということはその場所にキリさんの痕跡はないという意味になります、ですから私たちがやっているのも決して無意味なことではないのですよ?」


 私たちがお茶を飲みながら休憩していると(ちなみにアシシさんはストローでマスクのすき間から飲んでいた)どこかのモニターの方で声が上がり他の死神や研修生が集まり始めた。


「何かあったようですね、行ってみますか」


 そのモニターは見知らぬ若い男性の死神が担当していた。研修生と思われる少年が紙を入れて驚き尻もちをつく。それもそのはず紙を入れると一枚ではなく次の紙もその次の紙もランプが赤く光り、画面にマークをつけていた死神も驚いた顔をしてその点の数を見ていた。手近なマイクに向かってクロさんが厳しい顔をして言った。


「第五階級の地下道Bの六区に反応あり。ただし複数に分断された痕跡あり。現時点で四、五…!捕獲が必要です!魂を繋ぐ資格を有する者はただちに現場へ。私も向かいます」


 マイクを切ると、クロさんは近くにいたホムラさんの顔を見た。


「すみませんが、私は現場に急行するのでマソホさんとアシシさんのことをお願いできますか?」


「は、はい!もちろんです。気を付けて下さい。地下に…異形化した魂が入り込んでいたということですか?」


 クロさんは厳しい表情で頷いた。


「マソホさんとアシシさんはこちらで待っていて下さい。必ず戻りますから。それとマソホさんは一時的にミランさんに繋ぎます。それが決まりですから」


 私も頷いた。ワガママを言ってはいけない。クロさんの足手まといになるのは嫌だった。


「どうか気を付けて」


 クロさんは私の言葉に微笑むとあっという間に姿を消した。

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