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なんて日だ!


 春。

 病院の前の桜が満開の水曜日の朝。

 水曜日にいつも思うのは、「やっとこさ、明日は休診日だ」。

 

 診察が始まって少ししたところで、急性肝炎を起こしたゴールデン入院。

 留置して点滴を始める。

 今入院してるダックスを移し替えて、大部屋開けなきゃ。

 でかい子は世話が大変だぞ。

 抱きかかえて入院室へ。あ、腰が痛い。


 続いて、午後に歯石除去を行うワンコ来院。

 すごい歯石をしているので、時間がかかりそうだ。

 鎮静をうつにはまだ早いので、しばらくケージの中にいてもらおう。

 

 そのあと、クスリを取りに患者さんがやって来たけど、まぁ、いつもののんびりした日である。

 

 電話が鳴る。

 ラブラドールが急にぐったりしたとのこと。

 おなかが膨れているらしい、嫌な予感。

 

 しばらくして、椅子から飛び降りたら足が腫れてきたというプードル来院。

 右前肢負重せず。

 ちょこまかする状態でなんとかレントゲンを撮る。

 あ、指が2本折れてる。

 結果はすぐに分かったけど、飼い主さんにプードルを渡してとりあえず少し待っててもらう。

 

 すると、ぐったりしたラブラドールが来たようだ。

 カルテがたまってるわけじゃないのに、早く診察しなきゃと、ちょっと焦っちゃうね。

 状態が心配なので、舞ちゃんに車まで様子を見てきてもらう。

 意識はしっかりしてるようだ。

 ならば先に狂注とフィラリア検査の子を終わらせる。


 そして、先ほどのプードルのレントゲンの説明。

 指だからこのままでもいいでいいかな、なんて思っていたら、「手術しないまでも、ギプスはした方がいいですよね」って流れに。

 協力的な子じゃないので、鎮静が必要だな。

 夕方まで預かることに。


 いよいよラブラドールだ。

 かなり大きな子で、お母さんがなんとか車に乗せてやってきた。

 ストレッチャーをおして車まで迎えに行く。

 歳をとってちょっと痩せたとは言え、重い。

 ストレッチャーに移すために抱きかかえると、また腰にズシリと来た。ぎっくり腰にならなきゃいいけど。

 

 診察室に運び、診察台に移し替えると、おなかの張りが目立つ。

 エコーで見ると、脾臓がめちゃんこ大きい。

 腹水もある。

 穿刺して抜けてきたものは血液だった。

 ひょっとして手術かぁ。この子も入院となると、部屋どーしよう...。

 と、心配したけど、入院にはならなかった。

 

 ラブラドールが終わって時計を見ると、11時ちょっと前。

 余裕じゃん。

 先に骨折の子やっかな。

 すると、舞ちゃんが歯石のワンコを抱えてきた。

 「先生、何ぼーっとしてんですか、鎮静かけてください」

 「え、だってまだ11時...」

 「それ、時計止まってます!」

 別の時計を見たら、12時だった。

 なんで止まってんの?!

 わたしはその時間をずっとカルテに書いていたかもしれない...。


 歯石の子に鎮静うって、留置して、術前の血液検査。

 ちょっと貧血がある。

 でも、口の痛みのせいで十分に食べられないからなぁ。

 出来るだけ負担をかけないようにやってみよう。


 12時30分。

 預かってからずっと騒いでいる骨折のプードルに鎮静をかけたのち、歯石の麻酔導入。

 口のレントゲン撮影をして、歯石処置開始。

 普段、手術は座ってやるのに何故か歯石は立ってやるんだよね。

 それにしてもすごい歯石。

 ああ、腰が痛い。

 

 1時50分、終了。ケージに移す。

 とっとと後片付けをして、骨折の子のギプス処置。

 アセプロも入れたのに、鎮静があまり効いてないなぁ。

 と、なんとか固定する。

 まぁ、こんなもんでしょ。

 スムーズに出来たと思うぞ。

 すると、急に空腹感を覚えた。

 あとやっておくから、お弁当買ってきて...と、舞ちゃんにコンビニに行ってもらう。


 2時30分、やっとお昼ごはんだ。

 いただきまーすと、卵焼きをひとつ食べたところで電話が鳴る。

 ネコの眼から出血が続いているとのこと。

 もともと牛眼の子なので、穿孔か破裂したのかもしれないな。

 すぐに来てもらうことに。

 おにぎりに未練を残しながら、卵焼きをもうひとつ口に放り込んだ。

 このとき、舞ちゃんはしっかりとおにぎりを食べ終えていた。(このやろ!)


 で、厄介なのはこのネコちゃん、まったく触れないのだ。

 なので、とにかく預かって麻酔をかけることにした。


 時刻は3時を過ぎている。

 ネコ袋に入った状態で、アセプロ、ベトルファール、アルファキサンを一気に筋注。

 フギャッと、一瞬ネコが暴れた。

 診察の始まる4時までに終わらせないと...。


 有り難いことに、あっさりと麻酔が効いてくれたので挿管後処置開始。

 角膜はどうなってるのか分からない状態。

 壊死組織があるので切除。そのあと洗浄。

 出血は止まっている。

 どの程度効果があるか分からないけど、眼瞼縫合しておこう。

 これで落ち着かなかったら、摘出だな。


 4時直前になんとか終了。

 診察が始まる前におにぎり食べたかったけど、ちょっと無理か。

 

 すぐに患者さん来院。

 ずっと通院してるダックス。

 あと何日保つかな。そんな状態。

 治療後、明日の休診日も継続して来てもらうことにした。


 さて、歯石と眼の処置した子の写真をパソコンに移して、あちこちに置きっぱなしになってる午前中からの未記入のカルテを書かないと。

 ぼちぼちやって来る診察の合間にせっせと記入する。

 おなか空いたなぁ...。

 

 朝入院したゴールデン面会。

 あまり状態は芳しくない。

 どーなるか分からないから、休診日の明日も面会させた方がいいかな。

 

 歯石のワンコお迎え。

 続いて、骨折のワンコ退院。

 朝のラブラドールの飼い主さんから電話。

 少しフードを食べたようだ。

 明日のことを心配されていたので、ちゃんと診察しますよと告げ、明日また電話してもらうことにした。

 最後に眼から出血のネコ退院。

 触れないのでケージごと帰した。


 電池を替えて正しい時を刻むようになった時計を見ると7時を過ぎていた。

 長いのか、あっという間だったのか、よく分からない1日だった。

 ああ、なんて日だ!


 病院を閉めて2階に上がると、やっと昼のおにぎりを食べることが出来た。


 いつ亡くなるかわからない入院1、通院2...。


 夜遅く、雨が降り始めた。



 木曜、朝。

 カーテンを開けて窓の外を見ると、一瞬雪が積もっているのかと思えるくらい、雨に散ったサクラの花びらが道路一面を覆っていた。


 8時。電話が鳴る。

 通院していたダックス。

 今朝早く亡くなったとの報告だった。

 電話の中で飼い主さんが、今まで長く治療をしてきて、この子をかえって苦しめたんじゃないのかなぁ、なんて心配されてた。

 そんなことは決してないよ。最期まで十分に面倒を見てあげたって自信を持って...。


 少しして棺の箱を取りに来らてた時、一緒にワンコも車に乗ってた。

 「ひとりで家に残しておくとさみしいかと思って...」

 車まで会いにいく。

 助手席に寝ているその子の頭に手を添えて、最後の挨拶をさせてもらった。

 わたしってこーいう時、つい『またね』って声を出して言っちゃいそうになるんだよね。

 


 入院のゴールデンはいよいよ危なそうだ。

 面会に来てもらうと、最期は家で...と、退院を希望された。

 


 続いてラブラドールの診察。

 朝はフードを食べたみたいだけど、状態はよくない。

 内科的にどうこう出来るような状態じゃないものね。


 「助かるなら手術するけど...」

 そんな飼い主さんの言葉は、手術をやりたくないってことの単なるいいわけだよ。

 

 ラブラドールの治療が終わって時計を見ると、午後1時半。

 やっとこれで今日のノルマは終了だ。


 後片付けをして、2階に上がってゲームをしようかと思ったら、入院しているダックスの飼い主さんから留守電にメッセージ。

 さみしいから連れて帰りたいとのこと。

 この飼い主さんは今までもいろいろ手を焼かせてくれるおばあちゃんなんだよね。

 まぁ、元気になったから明日にでも退院させようかと思っていたけど...、今日は休診日だ。

 って、そんなことが通じるわけでもなく...。

 お年寄りは大切にしないとな、なんて。

 じらしても仕方ないので、とっとと帰すことにした。

 


 さて、これで入院は誰もいなくなった。

 落ち着いてゲームが出来るぞ。


 するとまた電話にメッセージ。

 さっきのおばあちゃんである。

 やっぱり入院させてくれと...。

 何がしたいんだぁ!と、キレそうになる。

 おばあちゃんはひとり暮らしだから、気引き行動かもね。


 出戻りワンコを預かったのち、2階に上がり、ゲーム専用バケットシートに座る。

 これでホントにゆっくりとゲームが出来るだろう。

 ところが、またまた電話が鳴ったりして...。


 朝、退院したゴールデンだった。

 先ほど亡くなったとのこと。

 退院の時期は間違ってなかったよね。

 家に帰ることが出来て、よかったな...。

 その後、棺の用意のこととかを話していたら、足が伸びてて曲げられない、と。

 もう、硬くなっちゃったか。

 大型犬だし、素人さんにはちょっと荷が重いかもね。

 病院に連れて来るって言ったけど、ちょっとそれもなんだかって気がしたので、わたしが行くことにした。

 

 棺の箱をとりに来た飼い主さんの車を追いかけて家へ向かう。

 家に上がらせてもらって、居間に寝ているその子と対面。

 ほんとだ、これじゃぁ、箱に入んない。


 それじゃ、はじめるねと、思いっきり力を混めて関節を曲げる。

 さすが大型犬、めちゃんこ力がいるな。

 こーいうのを始めてやった時、骨が折れちゃうんじゃないかってびくびくしながらしたっけ。

 今では、力の加え方とか慣れちゃったな。

 それにしても、足曲げるために往診に来たのって始めてだ。

 てか、これが往診って言えるのかどうか。


 そのあと、すこしだけ思い出話をして、最後にその子の頭に手を添えて「またね」と心の中で言いながらさよならをした。




 病院に戻って、今日亡くなった子のカルテを見る。

 ページを重ねたカルテは厚みがある。

 朝に亡くなったダックスのカルテなんて、ちょー分厚い。

 それだけ、うちに通ってくれたってことか。

 ありがとう。


 それにしても、脱力...。

 長くつきあって来た子が亡くなるたびに、肩の荷が下りると同時に、何か気力のようなものが少しずつ欠けてゆくような気がするな。




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