最初で最後の手術
「朝からまったくオシッコたまってこないね」
心筋症の動脈血栓栓塞症から後肢麻痺を起こし、朝に入院したネコの膀胱を触診しながらわたしは気が重くなった。
後肢麻痺どころか、血栓が腎臓も塞いだ様子。
おしっこが出来ていない。
腎不全。万事休す...。
ヘパリン投与も効果なしか。
すぐに飼い主さんに連絡し、状態を説明した。
完全なる予後不良。
手術で血栓がとれればいいんだけど、それは無謀だな。
ところが、すぐに面会にやってきた飼い主さんが希望したのは、ほぼ100%死んじゃうかもしれない手術だった。
正直、びっくりした。まさかこの選択肢を選ぶとは思わなかったから。
「死んじゃいますよ」思わずこんな言葉が出た。
「でも、手術やってください」
助かる助からないじゃなくって、今やれることをやってあげたい...、飼い主さんはそう考えていたみたいだった。
やらなきゃ...。
押しつぶされそうに不安な気持の中、必死でテンションをあげた。
導入、挿管。
手術開始。
なぜだかその日の手術は、とても落ち着いていた。
お腹を大きく切開後、邪魔な臓器を横に寄せ、後大動脈を出す。
それは普段あまり見慣れない白い血管。
腎臓への分岐部より上で動脈をクランプし、クランプからやや遠位で切開を加える。
そして切開部分より、シリンジにつないだオープンエンドのカテーテルを挿入し、血栓があるだろう場所でシリンジをやさしく陰圧にする。
抵抗がある。
ゆっくりと引き出す。
すると、血管で型押しされたような綺麗な血栓がカテーテルの先にくっついて出てきた。
「よし、とれた。次、左側」
こちらも同じようにとれてきた。
縫合。
そしてクランプを外す。
同時に針を通した穴から糸のように噴き出す血液。
すぐさま、指で押える。
さすが大動脈だね。
縫合し直すか?
いや絶対に止まるはず。
指先を動脈に当てたまま、ゆっくりと数を数える。
10...
20...
50...
100...
150...
200...。
そろそろいいかな。
恐る恐る指をどける。
「止まった...」
腎臓の色が良くなってきてる。血流再会だ。
「後肢の爪、深く切ってみて」
舞ちゃんに指示する。
「出血しません。まだ冷たいままです」
今度は後肢の分岐部か。
腎臓を越えたところで動脈をクランプ。
切開後、同じようにカテーテルを入れる。
一度目失敗。
二度目、綺麗に分岐した血栓がとれた。
「よし、縫合」
クランプを外し、出血をコントロールする。
「あ、爪から出血してます」
舞ちゃんがうれしそうな声を出した。
この子、ひょっとしたら助かるかも...、そう思った。
でも、そんな甘い考えを潰すかのように、皮膚の縫合をする頃からモニターが怪しくなってきた。
「自発なくなりました」
舞ちゃんが言う。
「あと、ホチキスで皮膚寄せるから、もう麻酔切って」
手術が終わってドレープが外され、その子の姿が現れても自発呼吸が出ることはなかった。
そして、治療の甲斐なく暫くして心臓も動きを止めてしまった。
重いものに押しつぶされそうになりながら、飼い主さんに電話をする。
一通り事情を説明すると、飼い主さんが話し始めた。
「先生から電話を貰う少し前、なんだかあの子が部屋にいるような気がしたんです。だから、ああ、ダメだったかな...って。先生には悪いなって思ったんですけど、こうなることは分かっていたんです。でも、ありがとうございました」
涙が出た。なんだか分からない複雑な気持ちで...。
これでよかったのかな?
「獣医師は飼い主に対して治療の選択肢を示す。選択するのはあくまでも飼い主。そして、獣医師は飼い主の選んだことに対してできる限りのことをする」
後日、とある先生がこんなことを話されているのを聞いた。
そーなんだよね...って思った。どんな状況でも選ぶのは飼い主さん...。
けど、選んだのは飼い主さんなんだけど、だからって責任逃れができるってことじゃないものね...。
そう、もう2度とすることのない手術...。




