悲しみが始まる時
おとうさんの歪んだ顔。
おとうさんの涙。
おとうさんの悲しみに耐える姿。
午前の診察中に突然やって来たシェパードのおとうさん。
その姿を見て、わたしは全てを察した。
「今まで、あろがとうございました」
絞り出すように、そう言って、おとうさんは帰って行った。
毎晩、寝る前に姿を見て、安心して、
毎朝、起きてすぐ姿を見て、また安心する。
そんな毎日の繰り返しっ...て、少し前の往診の時に言ってた。
でも、今朝は違った...。
庭でボール遊びしてる。
調子良くって。
このまま治ってくんじゃないかなぁ...、なんてね。
先日、そんな話をしていたおとうさんの笑顔を思い出す。
大きくって、立派な子だった。
数年前の国際的なイベントで、警察犬として警備に行ってたって、おとうさん話してたなぁ...。
今までたくさん、いろいろな仕事をしてきたんだろうね。
治療してる時は、おとうさんの腕の中で安心してた。
わたしの診るシェパードって、いつも脅えて神経質な子ばかりだったから、
こんな子もいるんだって、印象が変わった。
一度も、唸ったり、口をもってきたりすること、なかったものね。
午後、ふと思い立って、お花を用意して、電話もせずその子の家へ向かった。
けど、着いてみると留守だった...。
お寺に行かれたのかな?
最後に会いたかったけど...、でもいいや。
今となっては、もうわたしに出来ることはないもの...。
玄関にお花を置いて帰ろうかと思ったけど、ぽつんと残されたお花がさみしそうな気がして、そのまま持って戻ることにした。
動物が重い病気になった時、わたしたちは動物を介して、飼い主さんの生活のほんの一部分を共有する。
でも、動物がいなくなっちゃえば、そこでそれは終わりを告げる。
あっけないけど、
獣医さんの仕事って、そーいうものなのかもしれない...。
だからといって、そのことを忘れることは決してない。
元気になった子のことはすぐに忘れちゃうけど、亡くなった子のことって、なぜかずっと覚えてるんだよ...。
はじめて君がやってきた日、もう、とっても昔のような気がする。
でも、2ヶ月も経ってないんだよね。
わたしは、君に大したことをしてあげられなかった。
けど、君はわたしに、いろいろな思いを残してくれた。
だから、
ありがとう...。




