満月の夜その4
翌日。
ランスは、お手製の釣竿と腰の高さ程のスコップを持って、昨日釣りをしていた場所へ向かっていた。今日も変わらず、森の中は陽の光が差し込んで明るく、動植物は活発で賑やかであった。
突然、木の枝の上でどんぐりをガシガシ齧っている、やけに前歯が出たサングラスを掛けた栗鼠に話しかけられた。
「そこの髪金の嬢ちゃん。今日もあのクズ鳥と遊ぶんか」
「私は髪金の嬢ちゃんじゃない。ランスよ、覚えておきなさい。それにね、遊んでるわけじゃないわ。ブガティを生捕りにするの」
栗鼠の隣にいるサングラスを掛けた針鼠が喋り出す。
「なんや、おもろそうに見えたから遊んどると思ったやん。生捕りにして食べるんか。そんならこっちは大助かりや」
「あんたなぁ、クズ鳥食ったって不味いだけやろ。魔物の餌にしたらええねん」と、すかさず栗鼠がツッコむ。
「そりゃ酷いやろ。なぁ、髪金の嬢ちゃん」と、話を振ってくる針鼠。
「髪金じゃなくて、ランス。まぁそうね、魔物の餌も悪くないけど、ローストチキンにして食ってやるわ」
「恐ろしい事ゆーわ」と、若干引いている栗鼠。
「ローストチキンて…なんや」と、針鼠。
何処からか烏が舞い降りてきてローストチキンについて早口で説明しだした。
「ローストチキンのローストとは肉を切らずに大きな塊のまま火で炙ったり蒸したりすることで主に鶏や七面鳥ガチョウ等を使われて皮の部分をこんがりカリッと仕上げると美味しいです他にもローストビーフは牛ローストポークは豚いろんな食材を使った料理があります」
また何処からか蝙蝠が舞い降りてきた。
「ハロー、なんだか騒がしいと思って来てみたらユー達じゃないの。あら、あなた昨日のプリティヒューマンじゃなーい、お肌の為に血を吸わせテン」
「やかましいわ、昼間っから超音波みたいな声だすな」と、栗鼠がツッコむ。
いつの間にか木の枝にいた梟が落ちる。
「私は…もういいわ。今日ブガティ見た?」
「知らなーい」と、一斉に答える。
昨日もそうだったけど、ブガティの事になると森の動植物は素っ気ない態度をとるのよね。嫌われてるからしょうがないか。自分で探そう。
「だと思った。こっちも準備があるから、じゃっ」
昨日と同じ釣り場に到着したランスは、スコップを使ってブガティが落ちても抜け出せないぐらい大きい穴を掘り、その上に細い枝を並べて葉っぱをかける。更に葉っぱの上に万遍なく土をかけ、辺りの地面と似せて落とし穴を作った。
「あとは、魚を釣って落とし穴の上に仕掛ければ完成」
不的な笑みを浮かべるランス。
釣りを開始するも当たりが全くなかった。魚が餌を突っついてる感触もない。場所を変えようと辺りを見回すと、遠くの方で泳いでいる魚を取って食べているブガティを発見した。
「おまえか!」
ランスは、釣竿を投げ捨ててブガティへ向かって走り出す。
一方、魚を食べているブガティは、凄い形相で向かってくるランスに気付き、慌てて森の中へ逃げて行った。
ブガティを見失ったランスは、生捕りの熱意を燃え滾らせ、投げ捨てた釣竿を拾い、釣りを再開してあっさりと魚を三匹釣り上げた。
落とし穴の上に釣った魚を仕掛け、その場から離れて茂みに隠れ、ブガティが落とし穴に掛かるのを待った。
暫くすると熊が現れ、仕掛けられた魚を見るや否や、口から涎を垂らしながら一直線にそれへ向かって行った。
ランスは、熊を追い払おうとしたが、今度はパンダが現れて周りが見えていない熊へタックルした。吹っ飛んだ熊は受け身をとってすぐに起き上がり、ゆっくりと二足歩行でパンダと熊は睨み合いながら歩み寄り、お互い構えた。総合格闘技対決の開始である。
ギリギリの所で落とし穴を踏まずに、二頭のパンチやキック寝技が繰り広げられている光景を、怒りを通り越して冷ややかな目で見ていたランスは、ため息をついて二頭へ向かって行った。
「そこまで!あんた達、あの魚はあげるからここで暴れないでくれる。私の計画が台無しになるのよ」
現状を理解できていないパンダと熊は、ランスの方を向いてフリーズした。
「正座!」
パンダと熊は正座させられ、ランスが考えついた計画がいかに大事かくどくど説明された。その後は、火を起こし、丸ごと串刺しにした魚を焼いてランスと仲良く食べた。
パンダと熊は、お礼に川から魚を大量に掬い投げランスへプレンゼントしたが、山盛りになった魚の処理に困ったランスは、森の動植物へ配り、大変喜ばれた。
そして、再度落とし穴へ魚を仕掛け、ブガティを待つ。
他の動植物が罠に近寄って来ないのは、ランスの説教が森中に響き渡っていたからだ。
暫くすると、口笛を吹きながら軽快な足取りでブガティが現れた。
落し穴に仕掛けてある魚を発見したブガティは、なんの警戒もなく近づき落し穴へ落ちた。
「やった」
喜びも束の間、ブガティはジャンプして簡単に落し穴を脱出し、何事もなかったかの様にその場を去った。
「なんなのよ、あいつ」
落し穴作戦は失敗に終わった。
ランスは一度帰宅して、直径六十センチメートルの洗濯で使用しているトタン製のたらいを持ち出した。
たらいの左右対称にある取手部分の穴へ縄を通して、森の中の適当な場所に生えている頑丈そうな木の枝に吊るした。
吊るしたたらいの真下には、山盛りの木の実を仕掛けてあり、誘き寄せたブガティの頭へたらいを落下させ、気絶したところを捕える作戦を思いついたのだった。
ブガティを待ち構えていると、茂みから、昨日徒競走をしていた亀がのそのそと現れた。よく見ると頭から桃色の髪の毛が生えていた。
「よう、姉ちゃん」
「姉ちゃんじゃない、ランスよ」
「俺っちを蹴飛ばした糞野郎は捕まえたかい」
「まだよ」
「あいつマジでムカつくぜ。捕まえたら教えてくれ、あいつの顔面に俺っちの必殺技をお見舞いしてやるぜ」
「ここで待っていればチャンスはあるかも」
「えっ、マジで」
「マジよ。このたらいをあいつの頭へ落として気絶させるの。そしたら、あんたのなんたらアタックをお見舞いしてやればいいわ」
「なるほど、たらい作戦か…いいね、乗った。俺っちは亀造ってんだ、よろしく」
「よろしく、亀造」
話の流れで亀造と共闘することになった。
私と亀造は、茂みに隠れてブガティを待ち続けた。
暫くすると、茂みの奥からガサガサと音を立てて何かが近づいて来きた。ブガティが来たかもしれない。
茂みから出て来たのは、昨日亀蔵と徒競走していた、仙人の様な風貌をしている老いた白い兎だった。
「師匠!」
「ほぉっほぉっほぉっ、誰かと思ったら亀造ではないか。それに、噂の髪金のギャルまでおるではないか」
「私はランスよ」
「わしゃ、兎師匠と呼ばれておる。亀造、髪金ギャルを連れてデートか」
何でこの森の連中は、私の名前を覚えようとしないのかしら。というか、人の話聞け。
「師匠、俺がそんなイケメンに見えるかい」
亀造は格好つけてポーズをとったが、特にその後の展開はなく流れた。
「今、ブガティを捕まえるのに罠を仕掛けたの。亀造とは、蹴とばされた仕返しがしたいからって意気投合したのよ」
それを聞いた兎師匠は、突然大声で亀造を叱る。
「この戯けが!そういう事は自分の力で成す事じゃ。全く情けない、それでもお前男か!」
亀造はたじろいでしまう。
兎師匠は、急に態度を変えて申し訳なさそうに言った。
「ところで、そこの山盛りになっている木の実を少しばかり分けてくれないかのぉ」
亀造は思いっきりひっくり返った。ひっくり返るしかなかった。
「いいわよ、この作戦が終わったら好きなだけ持っていくといいわ」
一人と二匹は、茂みに隠れブガティが来るのを待った。
兎師匠が待ちきれず寝てしまった頃に、口笛を吹きながら軽快な足取りでブガティが現れた。
亀造は、慌てて兎師匠の体を揺さぶって起こした。
ランスは、騒がしい二匹に向かって静かにするように立てた人差し指を唇に当てて促し、息を潜めてブガティの様子を伺う。
ブガティは、迷うことなく仕掛けられた山盛りに集められた木の実へ向かい、食べ始めた。
夢中になって木の実を食べているブガティを見て、ランスは手で掴んでいる縄を離した。
吊るしていたたらいは、真下にいるブガティ目掛けて落下する。
ブガティは、何かを察知したのか急に食べるのを止め、後ろを振り向いて既の所で落ちてくるたらいを避けた。
ランスは、それを予想していたのか、間髪を入れず亀造を掴んでブガティへ目掛けて投げた。
投げられた亀造は、すぐに状況を飲み込んで、手足頭を引っ込めながら叫んだ。
「スーパー稲妻甲羅アタック!」
ここで余談であるが、スーパー稲妻甲羅アッタクとは、ただ全身を回転させながら相手に向かって飛んで行くだけの他力本願な技であり、稲妻はもちろん起きない。
投げられた亀造は、ブガティの顔面へ回転しながら向かって行った。
ブガティは体制を変えて、亀造をまるでサッカーボールを蹴るかの様にボレーシュートした。
亀造が空の彼方へ飛んで行ったのを、ランスと師匠は見送ったのだった。
「亀造ごめーん」
「ほぉ、よう飛んだのぉ」
ブガティはランスの方を向いて、憎たらしい顔でニヤリと笑い、その場を去った。
またも生捕りに失敗したランスは、嫌気が差して帰宅することにした。
「どうしたら捕まえられるのよ、もう帰る。余った木の実は全部あげるわ」
「では、遠慮なく」
兎師匠は、手の平で二回叩くと白い煙がボンっと現れ、その中から風呂敷が出てきた。
手提げ袋の様に縛った風呂敷に、木の実を入れて持ち帰ろうとした時、驚きを隠せないランスに呼び止められた。
「待って。どうやって風呂敷を出したの、教えなさい」
「ほぉ、ほぉ、ほぉ、それは秘密じゃ」
「なら、どうすればブガティを捕まえられるの」
「それはお主が考えるのじゃ、考えるのじゃが…木の実のお礼にちょっとだけヒントをあげるかのぉ」
急にランスの表情が明るくなった。
「そうじゃのぉ…」
「勿体ぶってないで早く教えなさい」
「全くせっかちなギャルじゃのぉ。うーん、そうじゃのぉ、明日の天気は雨じゃ」
「えっ、何それ」
ランスは冷めた表情になった。
「それがヒントじゃ、じゃあの」
「ちょっと待ちなさい」
兎師匠は、また手の平で二回叩いて煙の様に姿を消した。
「明日の天気は雨って意味が分からないわ。天気予報を言っただげじゃない」
ブガティを生捕りにできず、理解できないヒントを貰ったランスは、夕暮れの中、肩を落として帰宅するのであった。




