満月の夜その7
「ブガガッガー、ブガガッガー」
寝ているランスの傍で、鶏の様に鳴いているアルザス。
イラつきながら目を覚ましたランスは、鳴き止まないアルザスを無言で蹴り飛ばした。
「ブガブフォ」
起こしてくれるのは助かるけど、いろいろと躾が必要みたいね。言って聞くようなたまじゃないけど、森のみんなに嫌がらせするのだけはやめさせないと。とりあえず魔法の事は後回しにしよう。
伸びていたアルザスは、急に飛び起きて部屋から全速力で出て行った。
開けっぱなしの扉から食欲をそそる匂いが漂ってきた。
朝ご飯だ。まずい、アルザスに全部食われる。
慌ててランスも部屋を飛び出した。
「おはよう、エン婆」
「おはようさん」
一階へ降りると、テーブルには山盛りのクロワッサンとコーンポタージュが並べられていた。
アルザスの前に置かれていたであろうクロワッサンは既に無く、皿しかなかった。
良かった、私の分は食べられていないわ。アルザス、食べるの早すぎる。丸呑みしか考えられないわ。
アルザスは、自分の分では満足せず、ランスのクロワッサンへ向かって大きく口を開けて食べようとした。
「何やってんのよ!」
すかさず、アルザスの顔面に平手打ちをする。
「これは私の分!あんたのはもう無いの、自分で食べた分で終わり」
アルザスは残念そうな顔で、その場に座り込む。
その姿を見てエンダは、やれやれといった表情で自分のクロワッサンを半分分けてあげた。
「いただきます。良かったわね、アルザス」
「ブガ」
賑やかな朝食を終えて、ランスとアルザスは森へ出掛けた。
動植物とすれ違う度に謝っていたが、アルザスに対する嫌悪感や不信感は簡単には拭え切れなかった。
謝るだけじゃ駄目なのは分かってたけど、ハルピュイアを倒したのに、まるでアルザスに対する見方が変わっていないなんて、どれだけ酷いことしたのよ。近付くだけでみんな逃げるし、謝りの言葉なんて聞いちゃいない。それに、肝心のアルザスがみんなと仲良くしようとする気がないというか、群れないタイプなのか、全く何を考えてるか分からないわ。とにかく、悪ささせないようにしないと。
何度も森へ入っては、悪戯しようとするアルザスを鉄拳制裁。家に帰って説教して、逆ギレされて取っ組み合いの喧嘩もした。だけど、夕飯を食べ終わった頃には、すっかり仲直りしていた。そんな日々を送るうちに、いつしかアルザスは、戦友から私達の家族になっていた。
アルザスは家に住み着くようになり、家の中だと窮屈そうというか、人サイズの家で動き回れると、壁に穴が空いたり置いてある物が壊れまくって迷惑だから、家の隣に馬二頭分は入れるアルザス専用の小屋を建てた。自由に出入りできるようになっていて、小窓が付いているから換気もできる。季節が変わっても対応できる仕組みにしてある。
専用の小屋を建ててから、アルザスの生活スタイルが変わった。朝食の時にはすっとんで食べに来るのに、早朝から森へ出掛けて夜まで帰って来ないことが多くなった。でも、帰って来なかったことは一度もない。いつもじゃないけど、ご飯だって一緒に食べる。エン婆曰く、帰る場所があるから何処へでも行けるんだって。
ある時、森へ入って行くアルザスの後を追ったら、悪戯どころか、みんなと挨拶を交わして楽しそうに歩き周っていた。正直、その変わりようにびっくりした。諦めずに面倒見て良かったと心の底から思う。なんか涙が出てそう。
「少しは森の連中と上手くやっているようじゃのぉ」
茂みからアルザスの様子を見ていると、いつの間にか亀造の甲羅に乗っている兎師匠が足元にいた。
「兎師匠と亀造が、アルザスの面倒見てくれてたの」
「おっす、姉御。俺っちは何もしてないよ」
「お主のおかげで悪戯しなくなったからじゃ。最近は、森を見回って、みんなと接しているようじゃ」
「そういえば、最近俺っちを蹴飛ばさなくなったな」
「そうなんだ、とても良いことじゃない」
「お主と一緒に過ごした事で、接し方を学んだのじゃろう」
「言葉が分からなくても通じ合えるなんて、素敵な事だわ」
そういえば、何故わたしは植物や動物と話ができるの?
「どうしたの、姉御」
「亀造ってさ、亀よね」
「そうだぜ。でも、ただの亀じゃないぜ。スペシャルな亀なんだぜ」
自慢げな顔をする亀造。
スペシャルかどうかは知らないけど、頭から髪の毛生えているし二足歩行できる亀は見た事ないわ。でも、亀に変わりはない。
「そうよね、亀よね。兎師匠は兎」
「どうしたのじゃ」
「私、この森の植物や動物と話ができる。それって変かな」
「確かに、動植物と話ができる人間は初めてじゃのぉ。そのあたりの事は、エンダに聞いてみるといい」
「エン婆を知ってるの?」
「古い友人じゃ」
「それ、最初から言ってよ」
「聞かれなかったからのぉ」
「まぁいいわ。アルザスはもう大丈夫そうだし、魔法の事も含めて聞いてみるわ。じゃあね」
◇◇◇◇◇
帰宅したランスは、洗濯物を畳んでいるエンダの方へ向かった。
「エン婆!兎師匠の友達だったの」
「おかえり、ランス。どうしたのじゃ急に」
「ただいま。仙人みたいな風貌の兎って知ってる?」
「仙人みたいな兎…ああ、兎じじいか。友人じゃよ。そういえば、暫ぐ会ってない。元気じゃったか」
「全然元気だった。アルザスやハルピュイアの件でお世話になったわ」
「そうかい、そうかい。元気でなによりじゃ。して、兎じじいがどうしたのじゃ」
「私、動植物と話が出来るの。この森に来てからそれが普通だったから違和感なくて、今更だけど私おかしいのかなって。それで、兎師匠がエン婆に聞いてみたらって言われてさ」
「なるほど、なるほど。ランスや、動植物の言葉が分かるのはおかしい事ではないんじゃよ。そうじゃ、魔法の事も含めて話をするかの」
エンダとランスは、お互い向き合う様にテーブル席に着いた。
ランスは、目を輝かせながらエンダの話を聞いた。 その内容を自室に戻って、日記帳へ書いた。
エン婆から魔法について教わった。
魔力とは、エルフの血をひく者が持って生まれた力。その力を、自由自在に行使することを魔法という。
魔力がない者は、魔導書を介して生命力を魔力に変え、行使することが出来る。
一部の魔物は、生まれながらにして魔法を使う事ができるらしい。エルフとは無関係なのに、どうして魔法が使えるのかは解明されていない。
魔力には、いろんな種類の属性があって、個々に適正属性がある。どの属性にあたるのかを調べるには、炎色の儀と言われる方法で分かるみたい。
きっと、私の属性は火とか雷だわ。それと、癒しの魔法も使えて、魔人も召喚できる最強の魔法使いになれる素質があるはず。
因みに、魔力に目覚めた者を覚醒者と呼ばれていて、私は既に覚醒者になっていた。エン婆が言うには、魔力や魔法に触れたりすると、覚醒することがあるんだって。稀に、生まれた時から覚醒していることもあるらしい。でも、この大陸で覚醒者なんて言葉は死語に近い禁句だし、魔女なんじゃないかって疑われちゃう。さっさとこの大陸から出て、気兼ねなく魔法をぶっぱなしたいわ。
それから、動植物の言葉が分かることだけど、魔法とは無関係で持って生まれた能力みたいなものなんだって。詳しくはエン婆も分からなくて、面倒な事にならない為にも、あまり人前で見せない方がいいって言われた。でも、私を信じてくれる人なら話してもいいかな。
突然、背中を小突かれた感触がして後ろを振り向くと、何故かアルザスがいた。
気付けば、部屋の窓から夕日の光が差し込んでいた。
そろそろ夕飯の時間だわ、エン婆の手伝いをしなくちゃ。
「教えてくれてありがとね」
「ブガ」
ランスとアルザスは、一階へ降りて夕飯の支度をしているエンダの所へ手伝いに行った。
いつも通り、一生懸命に手伝っているアルザスだが、なかなか上手くいかず悪戦苦闘している。
そんなアルザスを、エンダとランスは楽しそうにフォローしていた。
夕飯を食べ終えて食器を片付けたランスは、燭台に立てた蠟燭を持ってきた。
「おやおや」
「遂にこの時が来たわ。エン婆、早く教えてよ」
「分かった、分かった」
エン婆は、待ちきれない様子のランスをなだめて、炎色の儀を教えた。
炎色の儀って言うくらいだから、小難しい儀式かと思っていたけど簡単だった。
灯っている火へ向かって両手をかざすだけ。
両手から放出される魔力に反応した火の色の変化で、自身の適正属性が分かる。
「あっ、火が透明になった。これ、火元が見えなくて危ないわ」
「こりゃ珍しい」
「珍しいって、何属性なの?」
「無属性じゃ」
「無属性?」
「そうじゃ。特殊な属性で、他の属性魔法が一切使えないんじゃ」
「えっ、それってもしかして、火の玉を放ったり、雷を落としたり、傷を癒したり、魔人を召喚したりする事ができないってこと」
「まぁ、そうじゃ」
さっきまで期待に満ちたランスの表情が、みるみる暗くなっていった。
「ランスや、そんなに落ち込むことはないのじゃ。魔法の使い方によっては、火の玉を放ったり、雷を落としたり、傷を癒したりすることもできるかもしれないのじゃ。魔人の召喚はちと難しいのじゃが…とにかくじゃ、これから無属性について説明するから、よーぐ聞ぐんだよ」
「本当!?」
ランスの表情に明るさが戻り、やる気に満ち溢れ過ぎて体から炎が燃え盛っていた。
やってやるわ。無属性、必ず使いこなして見せる。




