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抱き寄せて、キスをして  作者: 友崎沙咲
vol.7
7/7

抱き寄せて、キスをして

思いきり走った。


早く新太に会いたくて、私は息が上がるほど走った。


新太のマンションの前から、彼に電話をした。


指が震える。


『はい』


泣かないでおこうと思っていたのに、新太の柔らかな声を聞くと我慢できなかった。


「新太……っ」


新太は数秒の後、静かに言った。


『どこ?』


「新太のマンション」


『上がってきて。カギ開いてるから』


「うん」


怖かった。


再び拒絶されるかもしれない。


でも、この気持ちに気付いたからには、ちゃんと伝えたい。


伝えて、それでダメならもう、潔くあきらめよう。


エレベーターから出て、新太の部屋の方向へと曲がると、玄関ドアに彼がもたれて立っていた。


思わず足が止まる。


私を見た新太は、相変わらず眼鏡をしておらず、涼やかな瞳がよく分かった。


私は一歩、また一歩と新太に近付いた。


「新太」


「入って」


通された部屋は、以前と代わりなかった。


前までは、ドカドカと我が物顔で新太より先に入り、ソファでくつろいでいた。


けれど今の私にそんな権利も勇気もない。


「座れば?」


新太は大きく息をしながら、長い足を持て余すようにして腰を下ろした。


怖い。


喉の奥が、重くて痛い。


でも、言わなきゃ。


私は新太の真正面に立って、口を開いた。


「新太。私、新太が好き。恋愛対象外とか言っておいて今更だけど、新太が好き」


新太がゆっくりと私を見た。


「友達とか、同期とか、そんなんじゃなくて、ひとりの男性として好きなの。いつからなのかは分からないんだけど、はっきり自覚したのはついさっきで、このデッサンと自分がいつの間にかそっくりで」


私がそう言うと、新太はデッサンを手に取った。


「デッサンは、描き手の、勝手な感情を加えちゃいけないと、俺は思ってる」


新太がゆっくりと立ち上がったから、私は彼を見上げた。


「なのに何度アンナを描いても、俺は自分の思いや願いを描き加えてしまうんだ」


新太は続けた。


「俺はもう、アンナと曖昧な関係は嫌だったんだ。アンナと、真剣に恋がしたかったから。

俺、入社したときからアンナが好きだったんだよ」


ガクガクと震える身体を、私は必死で止めようとした。


そんな私を見てクスリと笑うと、新太は私の腰に両腕を回した。


「アンナは俺を恋愛対象外としてて、男として見てくれなかったから、愛を告げる事が出来なかった。フラれて距離があくくらいなら、ダサい男でいたかった。そしたらアンナは俺を意識せず、ふたりはずっと『気を使わない相手』として一緒にいられると思ったから」


鼻がツンと痛み、涙が頬を伝った。


「でも、ある日思ったんだ。

いつかアンナに好きな男が出来たら、この関係が終わる。そんなの嫌だ、いつだって俺がアンナの一番でいたいって。だから、別れを告げるしかなかった」


新太は私の唇を見て、チュッとキスをした。


「いつかそうしなきゃならないと感じてたから、加奈には、イトコだって事を内緒にしてもらって、計画を実行したんだ。

第一段階は、加奈に恋人のフリをしてもらって、アンナの反応を見た。アンナが焼きもちを焼いてくれたら、脈ありだと思って」


私は、一心に新太を見つめた。


新太は私の額に自分の額をつけて、しばらく黙り込んだ後、フッと笑った。


「加奈には逐一、アンナの様子をLINEしてもらってたんだ。そんな中、アクシデントが起きたんだけど」


「アクシデント?」


涙声のまま、私は新太に問いかけた。


「三崎課長だよ。三崎課長の事は前から気になってた。加奈が、『課長はアンナ先輩の事、よく眼で追ってる』って、情報くれてたから。鈍いアンナはまるで気付いてなかったけど。まさか、この時期に課長がアンナに告白するなんて、誤算だった」


ああ。


だから加奈ちゃんはやたらと三崎課長との事を尋ねてたのか。


「俺、めちゃくちゃ焦ったんだ。

三崎課長は、女子社員の憧れだから。

だからあの日、アンナと三崎課長がキスしてるのを見て、我慢できなかった。自分の不甲斐なさと、隙だらけのアンナにメチャクチャむかついた。乱暴な事して、ごめん」


新太は私の唇を優しく指の腹で撫でた。


「私こそ、ごめん……」


謝った私を見て、新太はまたしても私にキスをした。


「そのうち、加奈が恋人じゃないことがバレちゃったけど、俺は身を切る思いでアンナをはねつけたんだよ?

……だって俺は、アンナの心が欲しかったから」


新太の低く艶やかな声が、私の心に染み渡った。


新太は大きく息を吸い込んで吐くと、精悍な頬を傾けて僅かに眼を細めた。


「人生で一番の賭けをしたんだ。死ぬほどアンナを愛してるから」


「新太っ」


私は、新太にしがみついた。


「ごめん!新太、ほんとにごめんね。私、ほんとに鈍いしバカだよ。今まで本当にごめん。傷付けて、ごめん」


新太は、泣きじゃくる私の顔をフワリと両手で包んだ。


それから大事そうに私の瞳を覗き込んだ。


「お互い様だよ。俺だってズルかったんだ。

アンナに気がないフリして、アンナを抱いてた。

心の中で、愛してるって叫びながら」


「新太、新太」


私は、新太の背中に回した腕に力を込めた。


「新太、大好きだよ、大好きだよ」


「アンナ、俺の恋人になってくれる?」


「うん、うん、なる」


新太は私を見てニッコリと笑った。


「ずっとずっと好きだったよ。アンナ愛してる」


「新太ぁっ!」


新太は私の身体を確認するように撫でた。


「こんなにやつれて……俺のせいだよね。ごめん、アンナ」


新太は心配そうに続けた。


「アンナ……飯食いに行こ?」


私は、ブンブンと首を横に振った。


「ダメ。こんな泣きはらした顔で出掛けたくない」


新太は、ヨシヨシと言った風に私の頭を撫でて言った。


「じゃあ、食材あるから、俺の家で作る?」


「うん」


「その前に、する?」


私は新太を見つめた。


悪戯っぽい微笑みと甘い瞳。


「新太のバカ」


ハハハと笑って新太は、私を抱き寄せてキスをした。


幸せで幸せで仕方なかった。


◇◇◇◇

「あー、良かった!新兄ちゃんとアンナ先輩が付き合うことになって!」


週末の定時後、加奈ちゃんと新太、それに私は『鳥姫』に集合した。


可愛い顔に似合わず、加奈ちゃんはグビグビとジョッキを傾ける。


「なんで?」


私が尋ねると、加奈ちゃんは眉をあげた。


「なんでって両思いなのに、鈍いアンナ先輩のせいで新兄ちゃんが、ずっと苦しい思いをしてたんですよ?!だから、私がこのミッションを成功させるために策を練ったんです」


「はあ?加奈ちゃんが?」


加奈ちゃんは胸を張ってハイ!と頷いた。


「新兄ちゃんに協力を依頼された時は、血が騒ぎました」


なんだよ、お前はOLの分際で殺人を解決しちゃう類いの女かよ。


私は、生き生きと語る加奈ちゃんを見つめた。


「細かな演出は女子じゃないと思い付かないし」


新太が唐揚げを頬張りながら口を挟んだ。


「細かな演出って?」


加奈ちゃんがニヤリと笑う。


「まず、コンビ解消して、相手を意識させるためのイメチェン!」


ほう。


「新兄ちゃんはイケメンだから、かなり効果的だと思って」


た、確かに……。


「そして、突き放す!冷たい態度で獲物を撹乱させる!」


新太がプッと吹き出した。


「獲物だってさ」


え、獲物か、私。


加奈ちゃんは尚も続けた。


「そして、登場するのが小道具です!新兄ちゃんの家でアンナ先輩のデッサンを見つけた時は、これだ!と叫びました」


叫んだのかよ。


加奈ちゃんは更に続ける。


「で、そのデッサンを涙ながらに先輩に渡すと、一気にクライマックスに近づきます」


私は、冷や汗の出る思いで加奈ちゃんを見つめた。


「か、加奈ちゃん、あの時の涙って、もしかして……」


新太も思わず串を持つ手を止めた。


加奈ちゃんは私たちの視線を受けながらニッコリ笑った。


「やだなあ、二人とも!あの涙が嘘だとか思ってるんですか?

……それは企業秘密ですが、私、演劇部でした」


……怖い。この女は、怖い。


私は、張り付いたように加奈ちゃんを見つめた。


「でも、私も実はヒヤヒヤでした。だって、イケメンの三崎課長がこの時期にアンナ先輩にアクションするなんて、思ってなかったし、アンナ先輩は本当に鈍いし。

このまま、アンナ先輩が三崎課長と付き合うなんて事になったら、成功報酬もらえなくなるし」


……へっ!?成功報酬?


「加奈」


「あ」


「は?」


加奈ちゃんはギクリとし、新太はシラーッと私から眼をそらせた。


私はビールを一口飲んでから、新太と加奈ちゃんを代わる代わる見た。


「成功報酬って、なに?」


「商品券です」


こらー!


そーゆー意味じゃないっつーの!


商品券でもお米券でもビール券でも、そこは関係ないわ!


「新太」


静かに私が呼ぶと、彼は涼やかな眼を私に向けてニッコリ笑った。


「言っただろ」


「何を」


僅かに不機嫌な私の声を素早く察知し、加奈ちゃんはガタンと立ち上がった。


「いっけなあいっ!

彼氏が家に来るんです!

後はお二人でごゆっくり!

ではまた来週!」


なにが、『ではまた来週!』だよ、ニュースキャスターかお前はっ!


風のように去っていく加奈ちゃんの後ろ姿が消えると、私は新太をジッと見つめた。


「新太、さっきの話だけど」


「あー、腹一杯。アンナ、帰ろ」


「……帰ったらちゃんと話す!?」


「話すー」


……語尾伸ばしてんじゃねえ!


私は黙って立ち上がった。


◇◇◇◇


私のマンションに着くと新太は、


「あー、サッパリしたい。シャワー、シャワー」


……もしかして、『成功報酬』の言い訳を考える時間稼ぎか?


……まあ、いい。


私は冷蔵庫からスタイニーを取り出すと、勢いよく栓を開けて豪快にあおった。


◇◇◇◇◇


「アンナもシャワー浴びたら?サッパリするよ」


「いいから、『成功報酬』ってなに」


上半身裸の新太は、一瞬髪を拭く手を止めて私を見たけど、すぐにガシガシと再び拭き始めた。


「こら!言え!」


新太は髪を手櫛で整えながらフウッと笑った。


「だから、言っただろ?」


ゆっくりと私に近付きながら、新太は僅かに眼を細めた。


「俺、人生最大の賭けに出たんだよ?」


それは……聞いたけど。


「大好きで大好きで、仕方ない人の愛を手にする事が出来るかどうかの、大事な事だよ?」


は……はあ。


「そりゃ、報酬が発生するでしょ」


「…………」


新太がニッコリ笑って私を見つめた。


「ほら、探偵事務所と同じだよ。

依頼人が探偵に報酬を払うのは当たり前だし」


そ……それはそうだけど。


「…………」


「…………」


お互いに見つめ合っていたけど、やがて新太がクスリと笑って私を引き寄せた。


「1つ聞きたいんだけど」


新太の裸の身体が、私をフワリと包み込む。


温かくて心地よくて、私は眼を閉じた。


「……なに?」


「三崎課長に好きとか言われた訳?」


ギクッ。


私は思わず身じろぎした。


「ダメ。アンナ、答えて」


ああ、もうっ。


観念して、キュッと新太にしがみつく。


「……言われた……かな」


僅かに新太の息遣いがした。


「……」


「……」


やだ、なにこの沈黙。


「……キスは何回した?」


「へっ!?」


私は顔をあげて新太を見つめた。


「し、してないよ」


新太は唇を引き結んだ。


……凛々しくて精悍な顔立ちが、僅かにイラついて見える。


私は眉を寄せた。


「あの時、一回されただけ。新太が怒った時」


新太は表情を変えずに私を凝視している。


「ほ、ホントだもん」


新太がチッと舌打ちした。


「俺さ、アンナを離す気ないんだ、もう一生」


そう言うと、新太は私を強く抱き締めて甘く睨んだ。


「アンナは、もう俺だけのアンナだから」


「うん」


新太の、端正な顔立ち。


「今から抱くけど、文句ある?」


私は、赤くなって俯いた。


「ない……」


◇◇◇◇


「新太ぁ」


「んー?」


「抱き寄せて」


「ん」


よく新太は、私の肩をグイッと抱き寄せてキスをする。


それが何ともグッとくる。


「キスして」


「いいよ」


私は新太に抱き付いてフフッと笑った。


新太は眉を上げる。


「なに?」


「幸せだなって」


「ん」


新太は、体温が高い。


すごく温かくて気持ちいい。


「ギュッてして」


新太が笑った。


「もうしてるよ?」


「もっと」


「アンナ」


「ん?」


新太は私を抱き寄せたまま、低くて艶やかな声で言った。


「新婚旅行、パリでもいい?」


一瞬、意味が分からなかった。


「は?」


「だから、新婚旅行、パリに行きたいんだ。ルーブル美術館は外せない」


「新婚旅行……?」


「結婚しよ?」


けっこんしよ。


それって。それって。


グニャグニャに歪んだ新太の照れた瞳が、眼に飛び込む。


「アンナ、俺のお嫁さんになって」


新太の大きな指が、私の涙を優しく拭った。


ああ。


同期で友達で、それ以上の関係だったのに、恋愛対象外とか言って。


「遠回りはしたけど、二人にとっては必要な時間だったのかも」


うん、うん。


「新太、私を新太のお嫁さんにしてくれるの?」


新太が眉を寄せてギュッと眼を閉じた。


「うん」


「じゃあ、新婚旅行、パリでもいいよ。

ルーブル美術館で立ったまま寝てたら、起こして」


「キスで起こすから」


もう、私達は正真正銘の恋人同士だ。


そう、結婚しても。


だって永遠に、お互いに恋してるから。




~おわり~

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