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郭公の森  作者: 山田木理
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エピローグ

 誰かが開けた窓から冷たい風が入り込み、頬を撫でつけた。

「薙子。いるか?」

 答える前にドアが開き、長身の男が入ってきた。額に落ちてきた髪を煩そうに掻き上げ、こっちを眺めた。

「だいぶ顔色良くなったな」

 それに答えなくては、と思っていると隣で誰かが答えた。

「うん。顔色はね…」

 隣でこっちを心配そうに見つめるのは、哲平だった。でも、私にではなく、青木さんに話しかけた。

「あれから、まだ、一週間だからね。お母さんの方はだいぶ落ち着いたけど…。今日はただのお見舞い?それとも捜査に進展でもあった?」

「いや。相変わらず篤子は見つかってない。それに、加治さんも君の友人である少年も中毒症状が酷すぎて話にならない。完全に元に戻るには、だいぶ時間が掛かるだろうな」

「…そっか」

 気のない感じで哲平が頷いた。

「薙子」

 不意に青木さんが私の名を呼んだ。しかし、やっぱり、私は答えることが出来なかった。

「ダメだよ。完全にアッちゃんに魂持ってかれたって感じ。オレなんか、放課後、毎日来てるのに、まともに目も合わせて貰えないんだモノ」

 可哀相な哲平。なんて思っていた。何だか考えるのがとても疲れるのだ。いや、一応、考えてはいる。例えば、

「青木さんって案外暇だねぇ」

 と、哲平がニヤニヤ青木さんを見る。

「おまえ程じゃない」

 ムッとしたように哲平を睨み付けるが、本気ではない。どこか雰囲気が柔らかいのだ。その内、フッと何かを思い出したようにニヤッとして哲平を見返す。

「親父さんと仲直りしたんだって?」

「な、仲直り?冗談。誰があんなヤツと。…ちょっと頼み事をしたら、逆らい辛くなっただけだよ」

「頼み事というのは、加治さんに連れ去られた薙子を救うためだったんだろう?暴力団と繋がりがあるとは、君の父上もかなりの強者だな。だが、可愛い一人息子の頼みは聞いたと見える」

 切れ長の目が哲平を見て笑っていた。

「何で、そんな事…」

 そこまで、言って哲平はハッと何かに気付いたようだった。なるほど、と頷いてまたもや形勢逆転したように青木さんを眺め直した。

「親父に聞いた話なんだけど。あの山岸組組長の勘当された一人息子が、刑事になったのは、知る人ぞ知る結構有名な噂話だ」

 その哲平の言葉に青木さんは珍しく動揺しているようだった。

「しかし、その長ーい親子喧嘩をしていた親子が一二年ぶりの対面を果たした話は知っている?さて、問題です。その対面の目的は何だったでしょう?」

 苦々しい表情を浮かべた青木さんは、さぁね、と短く返す。哲平は気にせず続けた。

「三択問題です。イチ、パパが恋しくなったから。ニィ、『ボクを男にして下さい』と、ヤクザ志願の為。サン、ナッちゃんを…」

「答えは、ヨン。親孝行だな」

 そう言い放った無表情の顔を哲平は暫し見つめ、プッと笑い出した。

「アンタも暇だな…」

「お互い様だ」

 そう言って、あの青木さんもクスクスと笑っていた。あぁ、この人も笑うんだなぁとぼんやりと考えていた。

 何て考えることは出来た。それから、私はこの二人が好きだなぁとも考えた。たくさん心配してくれている。こんなバカでどうしようもない私を命がけで助けてくれた。

 二人の場所は居心地が良かった。何故かは分からない。多分、二人が私を『薙子』と知った時点で、不自然なぐらい私の名を呼んでくれたせいかもしれない。それに、何より二人の私を見るときの目がとても『優しい』から…

 そこまで考えて、私は思考をストップさせようとした。これ以上考えたらいけないような気がして。考えたら壊れる。何かが壊れてしまうような不安が私の思考を止めていた。

「オレさ…アッちゃんのこと好きだった」

 止めた思考回路に哲平の声が入り込む。優しい風が私達を過ぎていく。

「アッちゃんの強さが好きだったんだ。皆の前ではただ優しい女の子だった。でも、オレや悠里に見せる裏の顔は、普段と違った強さを持っていた。今になって分かった。いや、コイツと関わるようになって分かってきた」

 青木さんは黙って頷いた。

「アッちゃんが強かったのは、コイツの強さに憧れていたからなんだなって…」

 強い…?言葉の意味が理解できなかった。

「そうだな。コイツは自分では気付いていないが、傷つきやすい反面、驚くほどの強さを持っている。バカだけどな」

 そう言って小さく笑った青木さんが、不意にこちらを向いて穏やかに言った。

「コイツは自分に厳しすぎるところがある。誰もが持つ負の感情を全て否定しようとして苦しんでいる。本当にバカだ。まぁ、バカなのは仕方ないとして…」

 バカと三回言った青木さんは、ズボンのポケットに手を突っ込んで、掌にスッポリと収まるくらいの小さなモノを取りだした。

「新しい携帯だ。名義は書き換えたが、メルアドは例のあの携帯と同じだ」

 目の前で開かれた彼の掌に、携帯電話がのっていた。

 そうだ。あの携帯。あれは、篤子の?

「メルアドは、takaramono_0831」だったよ。

 宝物。8月31日。…約束の日。

 

篤子…

 これで、守ってくれたんだよね。

 結局、篤子の口から携帯電話の事は聞けなかった。でも、篤子は私を守ってくれた。

 10年前、地面に埋めた宝物。

 約束通り、掘り返したオルゴールの中に隠されていた篤子の気持ち。そして、埋めた時の想いと、重なり合って私の処に戻ってきた。

(大好き)

 無邪気な笑顔で泥だらけのアッちゃんが私に言ってくれた。私も笑っていた。

(アタシも)

 そう言って笑った。二人だけの世界だった。もう、二度と戻らない…の?

 最後の笑顔があまりにも綺麗だった。最後に取って置きの微笑みを残してくれたの?

 私の言葉は聞こえたの?

 

 行かないで、大好きだから…


 そっと青木さんが私の手を取り、携帯電話を掌にのせた。私に触れるのを待っていたかのように小さな箱が鳴り出した。

 指が音を止め、短いメッセージだけが箱に残った。


 ワタシモ  


 心が動き出す。

「私も…」

 音に出して言ってみた。壊れないように大切に言葉にした。だって、これは最後に私が篤子に渡した言葉の返事だったから…

 壊れたのは涙腺。堰が切られたように流れ出した。あのダムで止めていた涙が一気に溢れ出した。

「私も、好きだよ」

 優しい視線に守られて、想いを口にした。

 私達はお互いを鏡にしていた。中身の見える筈のない自分に嫉妬しいていた。競い合って親の愛を得ようとしていた。

 郭公の雛が巣立つ時、ホオジロはどんな気持ちなのだろう。

 そんなの『知らない』。それでイイ。

 鏡の中のワタシをスキになるように、少しだけナルシストになろう。私達は、オナジだけどチガウから。そんなの…

 当たり前だから、もう一度言ってみた。


「私も、大スキだよ」


 そう、今度はワタシ自身に。







長い間、お付き合いくださり、ありがとうございました。

気が向いた方は、「手のひら」も読んでみてください。

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