生き別れ
雨の降る夜――齢十五の少年は、かつてない危機に瀕していた。眼前では、その妹が身柄を拘束されている。
「お兄ちゃん! 助けて!」
少女はそう言ったが、兄妹ともに成人男性に歯向かえるだけの力を持たない。二人の持つ原始的な野生の勘は、確かにその場にいる男を畏怖していたのだ。
男は言う。
「御堂雄生――お前はいずれ、もう一度俺と会うことになるだろう」
不穏なことを告げた彼は、その場でフィンガースナップをした。直後、不自然な挙動の雷が落ち、それが雄生の身に降りかかる。
「やめて!」
妹は叫んだ。
「雪吹……!」
兄である雄生は、満身創痍の有り様だ。その眼前の男は雪吹のこめかみに手刀を入れ、彼女を気絶させる。それから彼は、すぐにその場を後にした。この時、雄生は男を追いたかった。しかし全身の傷は重く、何よりもっと根本的な生存本能が彼の初動を許さなかったのだ。
「待ってろよ、雪吹。オレは必ず、アンタを救ってみせる」
この日、彼はそんな誓いを立てた。
あれから五年が経ち、雄生は二十歳の青年になった。派遣バイトで日銭を稼いでは、貯めた金で探偵を雇い妹の捜索を依頼する――そんな日々が続いていく中で、彼の心はすり減りつつあった。雄生がそんなひもじい生活を強いられていた最中、ある男は誰よりも優雅な生活をしていた。彼がスマートフォンを手に取れば、SNSはいつだってその男の話で盛り上がっている。
「抜山蓋世、クルーザーを一括購入」
「富と名誉と女を手にした男、抜山蓋世」
「抜山氏、今度はTOEFLに満点合格」
当然、雄生はこの男が気に食わなかった。今の自分には何もない。しかし抜山蓋世はどうだ。彼は金と名誉を持て余し、女に恵まれ、更には学力も身についている。神は二物を与えないと云うことわざもあるが、この男は全てを手に入れたも同然だ。
さりとて、雄生は個人的な妬みに駆られている場合でもない。
雄生は毎日のように、機械的に同じ投稿を繰り返すばかりだ。
「#拡散希望 妹の御堂雪吹を探しています。RPして広めてください」
無論、雪吹の居所を知る者はいない。いたとしても、ネット上で募集されている情報を公開するのであれば裏を勘繰るだろう。雄生の活動が実ることはない――それは雄生自身も薄々気づいていたことだった。
ある日、雄生の住むワンルームで、凄まじい地響きがあった。彼が唖然としたのも束の間、施錠されているはずのドアノブは怪力によってこじ開けられてしまう。開かれた扉から姿を現したのは、筋骨隆々の巨漢――抜山蓋世その人だった。全てを手に入れた男として名を馳せるそいつは、まるで人間の形を象る「力」そのもののようであった。
「妹を探しているのだろう。表に出ろッ! 派手に闘り合うぞッ!」
それが蓋世の第一声だった。彼はすぐさまベランダの戸を開き、雄生を外に投げ込んだ。地上までの距離はおよそ三メートル――打ちどころが悪ければ骨折は免れないだろう。それから息継ぎの暇もなく、蓋世自身も飛び降りる。アパートの前の路上で、三転着地した二人が睨み合う。
「雄生。貴様には、『ラディカル』の資格があるッ! 貴様の妹は自覚していなかったようだが、彼奴もまたラディカルだった。やはり兄妹の血は争えぬものよッ!」
「オレがラディカル? なんの話だ?」
「意識しろッ! 感じ取れッ! 今目の前にいるこの己に対し、貴様はどうするのか!」
問答はもう終わりだ。蓋世は強烈なジャブを放ち、雄生の身は後方の塀を貫通する。
「まずい……直さねぇと!」
雄生がそう思った瞬間、その眼は赤く発光した。先ずは彼自身の肉体が治癒し、次に塀も修復された。そんな彼に背を向け、蓋世は言い残す。
「ラディカル・シティに来い。貴様の望む答えは、其処に在る」




