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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第33話 カンダと蜘蛛の糸

常夜灯の弱い光が、連結コンテナの廊下を薄く染めている。

悲鳴と同時に、カンダが派手な足音で飛び出す。



「ひぃいいっ!やっばやっばやっばぁぁぁ!!」


廊下の端にあった台車を蹴飛ばし、

夏菜へ真っ直ぐ蹴り飛ばす。

金属音。重量のある台が床を滑る。


「っとと……」


夏菜は一歩踏み込み、台車の取っ手を足で止めた。

次の瞬間、カンダは壁際の消火器を引っこ抜き、レバーを握り込む。


「来るなぁぁぁっ!」


白い霧が噴き出し、視界が潰れる。

夏菜は台車を盾に立て、底板で泡を受けながら前へ進む。


「無駄だっての」


「ち、近づいてくるぅ……ひぃぃぃ!」



カンダは廊下の片隅から段ボールを拾い上げ、

裏口から外へ逃げ出す。


「そっちは道ねえだろ?」


夏菜の口元が上がる。

一琉の情報は頭に入っている。


「ま、早く終わりそうで助かるけどな」





裏口の外は、思いのほか急な斜面だった。

木々が生い茂り、夜風が吹き抜ける。



カンダは抱えていた段ボールを地面に放り出し、

ためらいなく飛び乗った。


「このルートなら誰も追ってこれないもんねぇぇぇ!」


段ボールのソリが土を切り裂き、

カンダが悲鳴混じりに滑り落ちる。



夏菜は目を細めて、その様を見下ろす。

止めた台車をもう一度掴み、にやりと笑った。


「……面白ぇ。乗ってやるか!」


台車を倒し、身を沈め、斜面へ突入。

小径のキャスターが根に噛み、盛大に跳ねる。


「ひっかかった! 

そんなんじゃ着地できないっての!!バーカ!!」



ガコン、と前輪が埋まり、台車が前転する。

夏菜の体が空を切った。


「アイツ死んだでしょ!雑魚雑魚雑魚ザ~コ☆

このアタシの策で異名持ちも仕留めちゃったわ☆」



次の刹那、夏菜は体をひねり、幹に足をついて枝を掴む。

猫科のようなしなりで木を蹴り、幹を二度三度踏んで、

柔らかく芝へ降りる。


「……え、ええぇぇぇ!!」


「悪くない仕掛けだったぜ。さぁ鬼ごっこ再開だ」


「ひゃぁぁぁ!」


うさぎは坂の先の廃倉庫へ。

虎は風を裂いて追う。





廃倉庫は骨ばかりの巨獣のように沈黙していた。

錆びたシャッター、割れた窓。中に入ると、机と椅子、木箱、吊り鎖——。



「来るなってのぉおお!!」


カンダは机を盾にし、ペンやスプレー缶を投げつける。

缶が床を転がり、甲高い音を撒き散らす。


「なんつー往生際の悪さだ……面倒くせぇ」


カンダは机の下にだばだばと潜り込み、

椅子を蹴って滑らせる。


夏菜は飛来する椅子を踏み台に軽く跳び、

しなやかに距離を詰める。



「すみれ様ぁぁ! 報告ですうぅぅ!」

稼いだ時間で、カンダはスマホを引き抜いた。


通話アイコンを乱打。

沈黙。圏外ではない。それでも繋がらない。


「……え? かかんない!? なんで!? あれぇぇぇぇッ!?」



夏菜は机の端に片手をあて、下を覗く。


「よぉ……蜘蛛の糸が切れちまったか?」


夏奈の笑みは、猛獣のそれに近かった。


「ひぃぃっ! 近寄るなぁっ!」

「おらっ、待ちやがれ!」



カンダは梯子を駆け上がり、天井近くの足場へ逃れようとする。

その足首を、夏菜が掴んだ。


「いやあああ落とさないでぇ!」


「安心しろ、死にやしねえよ。…たぶんな」


引きずり下ろされた体が、空中を舞う。

着地の角度を殺すよう、夏菜は袖を掴んで引き下ろし、床へ転がす。



「いったぁぁぁぁ!」


転がった勢いを利用して、夏菜は膝で肩を押さえ込み、

手首を拘束する。

結束バンドがギチ、と鳴った。



「ひぃぃ、暴力反対ぃぃ」


「ふん、さっきからピーピー鳴きやがって。

カノンにあんな真似しておいて、

優しく撫でてもらえるとでも思ったか?おい」


低い声。

笑みが消え、虎の唸りが顔に宿る。



「はひっ…」


カンダの喉が上下し、言葉が絡まる。


咄嗟に言葉が口をつく。


「ま、待ってってば! あたし監査役なんだから! 

手ェ出したら後でタダじゃ——」


「監査だぁ? へぇ、どこの?」


「ふ、ふん! 

”暗夜會”に報告すればあんたたちなんか一瞬で潰れるんだからッ!」



夏菜の口角が、わずかに釣り上がる。


「ほー……やっぱバックついてんだ?暗夜會ねぇ。

…面白れぇことになりそうだな」


「あっ、言っちゃった……」


カンダは慌てて口をつぐむ。

結束バンドで固定された手が落ち着きなくうごめく。





「ったく、今更だんまりしやがって」


夏菜は拾い上げたスマホを軽く振る。

連絡先は沈黙のまま。糸は切れている。



半泣きのカンダの脇に腕を差し込む。


「おい、暴れんなよ。こいつは没収だ」


「びぇぇぇん……!」


「女がビービーうるせぇな……

せいぜい今のうちに泣いとけ。

後できっちり締め上げてやるからよ」


ひょい、と片腕で抱え上げる。

もう片方でスマホをポケットへ押し込んだ。



倉庫の割れ窓から月光が差し、虎の背を縁取る。

ぶら下げられたうさぎの涙が、その光で小さく光った。


「思ったより離れちまった。

……うまくやれてるんだろうな。

鷹津、静……天凪」



独り言のように呟き、夏菜は踵を返す。

廃倉庫に夜気が流れ込み、鎖がかすかに鳴った。

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