野営戦 ―氷檻と偽炎―
『……で、実際どうするよ? お前の能力はどこまで見せる?』
『印を持つのは決定。だけど、フーの能力については……詳細まで知っているのはフェルディナの兵士の中でもごく一部だけだからな……』
アスラン王国との野営戦が決まったその日の夜。作戦を立てるために集まったジンリェンの部屋でなかなか決まらなかったのは、僕の"扱い"について。
長年友好を保ってきた隣国といえ、下手に能力を晒せばオルカとの間に起きている問題と同じようなことが起こらないとは言いきれない。
唸りをあげる三人の姿に、申し訳なさとなんとも言えないやるせなさを覚えた。
『フーの能力、使えば確実に先手は打てると思うんだよな……。でも、そうだよな……どこで誰が見てっか分かんねぇしなぁ』
そんな話をしていた時だった。
『悩んでいるな』
そう言って入ってきたのはアルフォンス様だった。呼んでくれればいいものを、と苦言を漏らすジンリェンの言葉を流し耳に、彼はお構いなしとばかりに言ったのだ。
『第四軍の隊長がフェイクを持って戦場を駆ける。妥当な役割だな。で、能力を開示するか否か、だったか』
何にそんなに悩んでいる。そう言いたげな顔でニヤリと笑ったあの人の顔に、どう返せばいいか分からなかった。
『フーリェン。私は、お前に“隠せ”とは言わない。躊躇う気持ちも分かる。だがそれがどうした。もうすでに情報は漏れているんだ。いっそのこと堂々としていろ。少なくとも、フェルディナはお前を“兵器”ではなく、“一人の兵士”として見ている。自分を出し惜しむな。……恥じる必要なんてない』
その夜、ひとり訓練場の隅で星のない空を見上げた。全部出していいなんて言われたって、「はい」と即答できる勇気は正直ない。
そんなことを考えていれば、「まだ迷ってるのか?」と声がかかった。振り返るまでもない。ジンリェンの声だった。
『そんな顔すんな。アルフォンス様もああ言っているし、それに、ルカ様にも顔出したんだろ』
ジンリェンはそう言いながら「ほら」と小さな袋を手渡してきた。
『持ってけ。氷になら、少しは役に立つだろ?』
それは小瓶に入った深紅の液体。
『やるなら全力でな』
大きな手の影に身構えれば、そのまましゃくしゃと力強く頭を撫でられる。見上げた先のジンリェンの目は、自分と同じはずなのになんだか眩しく見えた。
**
やるなら全力で。
兄の言葉を胸に、フーリェンの指がポーチの中でようやくそれを掴んだ。親指ほどの大きさのその中には兄ジンリェンの血液が入っている。彼の能力を模倣するための「鍵」。その血はフーリェンにとって、力の回路を無理やり接続するための媒体となる。
フーリェンは躊躇なく瓶を引き出すと、凍りついた腕を無理やりに動かし、口へと放り込む。そのまま力いっぱい噛み砕いた。
ガラスの砕ける音と共に熱が走る。
その直後、氷の檻が溶けた。
「……!?」
アスランの兵士たちの間に驚きの声が上がる。一面の銀世界に咲いた朱の花。その中心に立つフーリェンの姿が、模倣しかけの兎から本来の白狐へと変わっていく。火の明かりに透ける白髪と、内に朱を宿した琥珀色の瞳。左手に握った白槍の先に吹き荒れるのは、紅蓮の炎。
「……あの能力は!」
アドルフ隊の兵士が驚きに息を呑む。同様に、アスラン軍側にも動揺が走った。
「第一軍隊長と同じ能力か……!」
ヘルガーの眼が鋭く細められる。しかし、その疑問に応じる余裕はフーリェンにはなかった。この一瞬の隙を、逃すつもりなどない。
炎を纏った槍を振るい、そのまま猛然と駆け出す。その目は真っ直ぐ狼の長に。槍を逆手に握りなおす。
そして――
(狙うはお前だ……!)
フーリェンは勢いをそのままに上体を後方へと反らせ、狙いを定めた。
その目がヘルガーから彼の後方にいたバルドへ向けられる。燃え上がる炎が渦を巻くように槍を包み込むと、フーリェンは迷わずそれを投擲した。
「……!」
バルドの目が見開かれる。即座に氷の壁を出現させ、迫りくる赤槍を止めようとするが、フーリェンの炎はそれを打ち破った。氷の壁が爆ぜるように崩れた。
「くっ……!」
バルドは紙一重で身を躱すも、凍結と焼失の間で支えを失った。
「今だ!」
フェルディナ兵の一人が叫び、数名がバルドへと飛びかかる。
投擲した槍の代わりに短剣を握り直したフーリェンもまた、火灯に照らされた印を目指して両の足に力を込めた。
「やらせるか」
「しまっ――!?」
しかし、戦局は崩れなかった。凍てつく氷柱が突如として地面から隆起し、フーリェンの体を弾き飛ばす。同時に鋭く伸びた氷の槍が、首に下げていた印を狙って伸びた。
「……ッ」
印が宙を舞う。泥の覗く氷上へと落ちた金属音が、大きく響いた。
「フェイクとはいえ……一つ、潰したぞ」
低く抑えたヘルガーの声が戦場に重く沈む。同時にフーリェンが崩れ落ちるように地へ膝をつく。その体からは炎の熱が消え、肩で息をするばかりとなっていた。
「……くそっ」
あと少しだった。油断していた訳ではない。だが、やられた。
首元へと手をやる。何も無いそこへと何度も手を這わせながら、唇を噛み締める。
地に背をついた犬獣人の男へと目を向ければ、色を失った白槍が深く地面に突き刺さっている。それでも微かに漂う火の粉の匂いに、自然と顔は上がった。
まだだ。まだ、終わっていない。
フーリェンは薄く笑みを浮かべた。




