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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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野営戦 -合流-

霧のような夜気が草木の間をゆるやかに漂っていた。


雪豹の姿をとったフーリェンを先頭に、陽動隊の面々は音もなく疾走する。


土の踏み跡、微かに漂う匂い。そのすべてが、彼らが探し求める隊がこの道を通ったばかりであることを示していた。

 

異変はすぐに察知された。ぴたりとフーリェンの足が止まる。


前方、森の奥――木々の間から何かが交錯する気配。そしてそれを裏付けるように届く、金属が交わる乾いた音。数秒後には低く響く怒号。


フーリェンはすぐさま背後に手信号を送った。陽動隊の獣人たちが動きを止め、周囲を囲むように布陣を変える。


数歩、音を殺して前に出る。木の根を跨ぎ、傾いた木の陰から覗いたその先。


そこに見えたのは、アドルフの偵察小隊だった。


傾斜のきつい斜面を舞台に、ヒューマンの男を中心にした小隊がアスランの遊撃隊と激しくぶつかっている。


「左右分かれて挟み込め。接敵するな、撹乱だけでいい」


フーリェンはすぐさま猫科獣人たちへと指示を飛ばした。その言葉に頷いた隊員たちが、風のように駆け抜け、敵の死角へと回り込む。


一度だけ短く指笛を鳴らすと、それを合図に一斉に敵前へと姿を現した。


「敵、右後方にッ!?」

「別の部隊だ! 囲まれてるぞ!」


混乱が走る。斬りかかる者はいない。ただ走り、跳び、間合いを狂わせていく。

 

アドルフは即座にその意図を理解した。


「後衛、左後方へ退避!」


小隊は陽動隊の援護を受けながら完全に封じられていた包囲を打ち破り、緩やかな谷筋へと退避していく。


それを横目にフーリェンは雪豹の尾を一振りし、空を切った。


「全員離脱。アドルフ隊と合流する」


アドルフの偵察小隊と合流したフーリェンたちは、一息つく間もなく、情報を交換した。


「僕たちはフェイクを一つ奪取。で、ダズール隊が戦死。南西の境界線に穴が生じていると聞いた」


アドルフは頷く。


「その穴を塞ぐために俺たちは一度境界線まで戻る。敵はフェイクを潰す方針に切り替えたようだ。可能な限り、陽動部隊には注意を引きつけ続けてほしい。だが、無理はしないでくれ」

「それはこっちの台詞だ。お互い、役を果たそう」

「じゃあな。また夜が明ける前に」


装備を整えるアドルフたちへと手を振ると、フーリェンは次の指示を待つ仲間たちへと向き直った。


「僕たちはこのまま印持ちを探し――」


森を包む空気が、突如として変わった。


「……っ、冷たい?」

 

誰かがそう呟いた直後。大気が重く沈み、風が止んだ。代わりに地を這うように白いものが広がっていく。一瞬で足元の土が凍てつき、草が白く霜に覆われた。


「全員後方十五メートル!」

 

フーリェンの叫びと同時に、猫科の獣人たちが反射的に身を翻す。それぞれがすぐさま地形を読むように動き、凍りゆく地面から逃げるように跳び退いた。

 

氷の帳の奥に、影が見えた。


冷気を纏った兵士たちを従えるのは狼男。足元からは凍気が這い出し、大地を白に染め上げている。


男の目が、ぴたりとフーリェンの姿を捉えた。


無言のまま、氷の軍がじわじわと迫ってくる。その一歩一歩が緊張を極限まで高めていく。


先頭に立つのはヘルガー。その後ろに連なるのは全員が氷の操作能力を宿した獣人たち。狼、犬、北方の熊獣人も混ざっている。


氷の鎧を纏ったような体格と気配が、隊の戦力の高さを物語っていた。


機動力に特化したフーリェンの陽動隊と偵察向きのアドルフ隊に対し、その編成はあまりにも不利だった。攻撃、耐久、統率力。そのどれを取っても、あちらが上。


――無理だ。


撤退経路を頭の中で組み立ててはみるものの、瞬時にそれを打ち消す。


地形はすでに敵の氷で変質し、足場は奪われている。風下も抑えられているため、音も匂いも敵に先読みされやすい。


さらに厄介なことに、彼らの中には広域凍結が可能な能力者が複数いる。後退に移ったとしても、逃げ場ごと凍てつかされる可能性が高い。


正面突破以外に、生き残る道はない。


覚悟を決めたその瞬間。後方の大木に身を隠していたアドルフが指笛を吹いた。


「氷の能力持ちが揃ってるな。あれは恐らく本隊だ」


耳元で囁かれる声は、状況の緊迫に反して落ち着いていた。


「俺の隊を囮に切り替えてもいい。せっかくの援護だったが、お前たちが抜ける時間を作る」

「馬鹿言うな。戦力差を考えろ。こっちには印持ちが二人もいるんだ」


自身とアドルフ、どちらもフェイクとはいえ印を所持している。野営戦のルール上、印を持つ者が倒されれば、所属隊は『戦死』と見なされ、戦線を離脱しなければならない。それは戦力の大きな欠損を意味する。


今、この場所は中央陣からそう遠くはない。ここで敗れれば、敵はそのままフェルディナ本部まで雪崩れ込むだろう。


ここは、潰されていい場所ではないのだ。


フーリェンは拳を握りしめると、アドルフと目を合わせた。


「お前の隊を後衛に回せ。正面は僕たちが受ける」


アドルフは一瞬言葉を飲んだが、すぐに頷く。


「……了解。背面の反撃には回れる。あとは――お前の動き次第だな。一か八か、やるしかなさそうだ」


フーリェンは陽動隊へ短く吠えた。


「全員散開。正面は避けて、左右から挟み込め」


猫科の獣人たちが駆ける。木立を駆け、凍気の縁をなぞるようにして敵陣の側面へと潜り込んでいく。


氷柱の矢が放たれ、前方の木々が粉々に砕け散る。氷の軍勢が呼応するように動き出した。


真正面――凍気の中心へと向かって、ただ一匹、雪豹が走り出した。


「行かせるか」


ヘルガーの声が響き、氷の壁がせり上がる。


間髪入れずに別方向から飛来した石弾が氷の軌道を変える。後衛に回ったアドルフ隊の投石。


その隙を突いて、フーリェンは氷壁を抜けた。


全身に冷気を浴びながら、一陣の風のように敵前線を切り裂いていく。


フーリェンは迷わない。


ただ自身の役を果たすために、敵将の懐へと飛び込んだ。

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