第一章 静謐なる帳の中で2
訓練場を後にしたフーリェンは、静かな石の廊下を足音を抑えつつ歩いていた。日没の柔らかな光が窓から差し込み、彼の白髪を淡く照らしている。
向かうのは、主人であるルカの執務室。その扉がわずかに開いているのが見えた。中からは、書類をめくる音が漏れている。
「ルカ様……」
声をかけると、ルカが顔を上げて穏やかな笑みを見せた。
「フーリェン、稽古はどうだった?」
「順調です。久しぶりに槍も使いました」
フーリェンの返答に、ルカは興味深げに眉をひそめた。
「槍か……。珍しいね。訓練じゃなくて"稽古"で使うなんて」
「はい。今回は新兵も交えた複数相手でしたので」
ルカはその言葉に満足そうに頷き、書類から目を離してフーリェンをじっと見つめた。
「そうか。新兵の中に筋の良いものはいたかい?」
「はい。…この前入った豹の―」
その時、執務室のドアがノックされ、アルフォンスとその直属護衛であるジンリェンが入ってきた。
「ルカ、フーリェン、新たな報告が入った。再び不穏な動きがあるらしい」
ルカの顔色が変わり、フーリェンはすっと身構えた。
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重厚な扉が静かに閉じられ、執務室には緊張感が漂っていた。
「南側の国境付近で、不審な動きが確認された。隣国が密かに軍を動かしている可能性がある」
フーリェンはわずかに目を細める。
「偵察任務の指示でしょうか?」
「その通りだ。お前の能力が必要だ。人目を避け、情報を集めてこい」
アルフォンスはそう言うと、手元の地図を差し出した。
「行動は極秘だ。報告はルカに」
フーリェンは静かに地図を受け取り、短く頷いた。
「すぐに準備します」
ルカの視線が鋭く光った。
「気をつけて行くんだよ、フーリェン」
その言葉に、白髪の護り手は静かに身を引き締め、任務へと向かう覚悟を新たにした。
第二章 異形騒動編へ 続く