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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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野営戦 ―開戦―

夜の森に、ひときわ高く狼煙が上がった。


野営戦開始の合図――。


瞬間、緊張に満ちていた空気が一気に弾け飛ぶ。一拍遅れて、各軍の混成小隊が配置に走り出した。


「行くぞ」


フーリェンの声が、闇に沈んだ野営地の中に静かに、だが鋭く響く。彼の隊は、機動性と瞬発力に優れた猫科獣人のみで構成された混成部隊。地を蹴る音も静かに、闇に溶けるように走る彼らの動きは、まさに森そのものと一体化していた。彼自身もこの夜、白狐の姿を雪豹へと変え、銀白の毛皮に斑点を纏って先頭に立っていた。月光に撥ね返る尾がちらりと闇に浮かぶも、次の瞬間にはもう見えない。左手首には、仲間だけに分かるよう工夫された赤い糸の目印が結ばれている。


フェルディナ軍は、四軍混合で構成された六つの小隊を主軸とし、そこに彼自身が率いる陽動部隊を加える編成で展開していた。夜という不利な視界下での戦いを想定し、各隊は最低限の灯火と合図を頼りに行動している。その中で、もっとも深く敵陣へ踏み込む役割を担うのがフーリェンの率いる陽動隊だった。


「先に揺さぶる。三分で敵を引きつけて離脱、その後ろに追撃部隊を当てる」


低く呟いたフーリェンは、闇の中に溶けるように走り出す。その背を、同じように音もなく数名の兵が追いかけていく。


だが――。


「来たぞ!」


後方から飛び込んだ声が空気を裂いた。草葉を揺らし、まるで気配そのものを切り裂くようにして、黒影が突っ込んでくる。アスラン軍の遊撃小隊。機動力に優れる獣人のみで構成されたその部隊は、闇の中でこそ本領を発揮する精鋭だ。


「奇襲か……!」


陽動部隊の一人が声をあげる。


「問題ない。交戦は避けろ。撒いて前へ出る」


短く指示を飛ばすと同時に、彼自身が斜め後方へ跳躍する。地面を蹴ったその軌道は、まるで風を裂くように滑らかだった。


一方、陽動に呼応するように、中央から南部に展開していた混合小隊も動き始めていた。各軍を混ぜた編成をとっているため、普段とは違う指揮官のもとで動いている。第一小隊ではジンリェンが指揮を取り、北側の丘陵地を進行。彼は正確な地形把握と鋭い視線誘導で、兵たちの動線を巧みに作り出していく。


「右斜面、弓兵。二名回り込め。下から叩け。後列、まだ隠れろ。早い」


その指示に応じ、重厚な盾を構えた第三軍の戦士たちが確実に前線を押し上げる。第二小隊では、シュアンランを筆頭に中央の林間を進む。第二軍の陽動と支援の能力を活かし、囮としても機能している。


「左。音。三歩前で足を止めろ……飛び道具じゃない。構え直せ」


冷気のように静かで鋭い声が飛ぶと同時に、兵たちは即座に隊列を再編。気配を読むことに長けた第二軍の面々は、敵の接近をいち早く察し、無駄のない迎撃体勢を整えていった。


西斜面の第三小隊では、ランシーの豪快な指揮のもと、第三軍中心の肉体強化系の獣人たちが、堂々たる突破戦術を展開する。丸太を担いだ兵士が立ち上がり、前方の障害物へ豪快にそれを放つ。爆音とともに木が弾け飛び、隠れていた敵の姿が露わになる。


「行くぞお前ら!」


獅子の号令に、兵士たちが咆哮をあげて突撃していく。各軍の個性を存分に活かし、混合部隊として連動しながらアスラン軍の動きを読み、着実に前線を上げていく。


森の各所では、影と影が交錯し、刃と咆哮が交わり合う。アスラン軍は静かで緻密、しかし確実な動きを見せる。フェルディナ軍はその変化に応じて柔軟に対応し、戦線を揺さぶり続ける。もはや模擬訓練などではない。緊張と切迫感が、ひとりひとりの中で確かに研ぎ澄まされていく。


その中で、銀の影がひとつ、再び森を裂くように駆け抜ける。雪豹となったフーリェンは、敵の注意を引きつけつつも、味方へほんの僅かな“隙”を届けていく。雲間から月がわずかに顔を出す。その光が、戦場の全貌をわずかに照らしたその瞬間。


本当の“夜の戦”が、音もなく始まった。

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