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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第4章

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アスラン

祭りの余韻は、王宮の石畳にもまだ漂っていた。王都の一角では今なお提灯の残り香が風に揺れ、名残惜しそうに色とりどりの花びらが地面に散っている。


王宮中央の、その一室――。


南向きの窓から差し込む日差しに照らされた室内では、数名の王子たちと護衛が揃い、机を囲んでいた。地図の上には南の国境線。そしてその向こうに広がる、隣国オルカの山岳地帯が赤い筆で囲われている。その中心には、ある城塞都市の名が記されていた。


「……やはり、あの報告は事実のようですね」


地図に目を落としながら、報告書を持つルカが静かに口を開く。


「オルカ領内のバルハム鉱山周辺で、再び異形化した個体が発見されました。すでに三件目。今度は村ごと……」

「まったく趣味が悪い」


背凭れにふんぞり返ったセオドアは、指先で器用に羽ペンを転がしながら地図を睨む。


「異形化の技術を軍用に転化しようとしているのは間違いない。しかも、民間人を素材にしている節がある。どうやら連中、正式に“兵器化”の段階に入ったな」

「オルカはずっと否定してきていますけどね」


ルカは疲れたように肩をすくめると、セオドアの視線に軽く目を細めた。


「今のところ、こちらの情報網では“実験体の暴走事故”として処理された形だけど……そのうち隠しきれなくなる」

「隠しても意味はない。噂なんて放っておいても勝手に広がるものだ」


ふと、窓際にいたアルフォンスがくすりと笑った。


「……たとえば、第四軍の”隊長”が町娘と一緒に踊ったとか、な」


ルカがさりげなく書類をめくりながら苦笑を漏らす。


「あぁ、それは…。私がフーに行ってくるよう言ったんですよ」

「……ちょっと待ってください」


背後で控えていた狼男が思わず声をあげた。その声に四人の王子たちが揃って彼を見る。


「その“町娘”って、まさか……ユキですか?」

「さあ、そこまでは報告書に書いてなかったな」


セオドアが面白がるように眉を上げた。シュアンランは軽く目を見開き、口を半開きにしたまましばらく固まっていたが、次の瞬間、ひとつ息をついて肩を落とした。


「……浮気か?」


不意のその言葉に、ユリウスが耐え切れず吹き出し、後ろで空気のように存在を消していたフーリェンが「何でそうなるんだよ…」と小さく漏らす。主人であるセオドアは面白がるばかりで、茶を口に運びながら肩を揺らしつつ、さらに追い打ちをかける。


「そんなお前は、美女を連れて祭りを散策していたらしいな。……よかったな。良い休暇になったようで」

「それは……」


今度はシュアンランが壁に溶け込むように身を引き目線をそらす。そんな彼の様子を横目に、後方で控えていたランシーがひょいと前に出てきた。その頬にはわかりやすく悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


「……フー、お前まさか――一晩で姉弟ふたり、どっちも手を出したんじゃないだろうな?」


その瞬間、場の空気が一拍止まる。


「違う」


半分嫌気がさした顔でぴしゃりとフーリェンは即答する。頼むから黙ってくれとばかりにランシーを睨みつける白狐だが、しかしその声には一切の怒気も羞恥もない。ただ淡々としていたのがかえって効果的だった。


「というか、情報が回るの早すぎだろ…」

「……隊服着てるからだよ」


はぁ、とフーリェンが小さく溜め息をつくと、セオドアが笑みを浮かべたまま頷いた。


「王都で秘密を守ろうとするのは無理だ。屋台の婆さんたちは情報局より目ざといんだからな」


笑いとざわめきの中、ルカはそっと椅子の背にもたれた。その視線の先では、無表情な白狐と、気まずそうな顔で視線をそらす狼が静かに並んでいた。


「すまない、話がそれたな。問題は“向こうが明確な敵意を持ち始めた”ってことだ」


アルフォンスはようやく本題に戻るように、真剣な眼差しを地図に戻す。


「戦火はまだ遠い。でも、“牙”を見せた以上、対処を誤れば……」

「――戦争になる」


ユリウスが静かに続ける。弟の言葉に、アルフォンスは視線を落とし、そっと拳を握った。


「……その前に、動けることは全部やっておきたい」


そして、机に置かれていた一枚の封書に手を伸ばした。


「北のアスランから、合同訓練の提案が届いている」


そう言って、地図の北端――アスラン王国へ指を滑らせる。


「この機を逃す手はない。防衛線の強化にもなるし、向こうに“こちらの覚悟”を見せるにも、ちょうどいい機会だ」

「北風を味方につけるには、まずは肩を並べる、というわけですね」

「……では、その方向で進めよう」


セオドアが静かに立ち上がり、場を締める。その眼差しはもう祭りの余韻に遊ぶものではなく、確かに次の戦の予兆を見据えていた。


こうして――


平和な祭りの終わりと入れ替わるように、次の幕が静かに上がろうとしていた。

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