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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第3章

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陽が昇りきる前の、淡い青の空気。宿の部屋にはまだ静寂が漂う。カーテンの隙間から射す柔らかな光が、ベッド脇の木の床を静かに照らしていた。


シュアンランはゆっくりと目を開けた。横を見ると、寝返りを打ったフーリェンの白い髪が、彼女の胸元にふわりとかかっている。少し絡まりそうになっている首元の紋章も、寝息にあわせて微かに揺れていた。肩に目をやる。夜のうちにずれたシャツからのぞいた素肌には、うっすらと爪痕が残っていた。

 

もう痛むことはないと知っていても、つい、指先でそっとなぞってしまう。


「……くすぐったい」


小さく、掠れた眠たげな声がかかる。


「悪い、起こしたか?」

「…起きてた」


フーリェンは目を開けぬまま、シュアンランの腕に頬を預けてくる。まるで猫のようなその仕草にくすりと笑みを漏らし、ただ彼女の髪を撫でる。


部屋の隅に掛けた外套と、窓の外の陽の気配が、やがて始まる日常を告げている。

 

けれど、それでも今だけは――


静かな朝。淡い光と、重なる呼吸と。手の中にある、この温もりを、抱きしめるように。誰にも知られない、二人だけの朝が、ゆっくりと過ぎていった。









湯気の立つ皿が、木のテーブルに静かに置かれた。


シュアンランは宿の朝食を運び終えた手で、無造作に髪をかきあげながら椅子に腰を下ろす。昨夜の名残を留めたまま、ふたりともゆるく衣服を羽織っただけの格好だった。フーリェンはシュアンランのシャツを借りていて、袖が少し長いぶん、動作のたびに手元が隠れては現れた。


食器の音も、会話も少ない朝。ただ、焼けたパンの香りと淡い陽射しに包まれて、時間がゆるやかに流れていく。


フーリェンは焼き立てのパンをちぎり、じっと皿を見つめながら、時折気まぐれに口へ運んでいる。どこか上の空の様子に、シュアンランはふと視線を向ける。


「あ……」


小さくこぼされた声に、思わずシュアンランは眉をひそめた。


「どうした?」


フーリェンはパンを口にくわえたまま、向かいの椅子に目を向けていた。そこに掛けられているのは、昨夜脱いだままの自身の隊服。肩口には部隊章がきちんと縫い込まれていて、それを見つめながら、彼女はぽつりと呟いた。


「隊服……忘れてきた」


パンの端を噛みながら、何とも言えない顔をする。そのあまりにも自然な落ち込みように、シュアンランは堪えきれず吹き出した。


「ははっ……まさかお前が忘れ物なんてするとはな」

「……忘れたくて忘れたわけじゃない」

「わかってるって」


任務中なら絶対に見られないような、ゆるい表情と、気の抜けた台詞。朝の光がその頬を照らし、透き通るような白髪に金がかった光を落としている。


シュアンランはパンをかじりながら、にやりと笑みを浮かべた。からかうように、視線を隊服へと向ける。


「俺の予備貸してやろうか?」

「……サイズ合わない」

「だろうな」


そんな他愛もないやり取りが、妙に心地よくて。パンの湯気の奥で、彼はそっと微笑んだ。

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