ウェディング祭6
王都の空に星々が散らばり始める頃、広場では祭りの最後の夜を彩る舞踏会が幕を開けていた。
会場をぐるりと囲むようにして並ぶ無数の提灯が人々を照らし、笛と弦楽器の柔らかな音が流れている。若い男女は花冠を頭に乗せ、軽やかな笑い声とともに踊りの輪を作っていた。
例年通りであれば舞踏会は仮面を付けて行われる。しかし今年は隣国との情勢のこともあり、身元を明かしたままの開催となった。
それでも屈託なく笑い合う姿はむしろ――この国が今、平和の只中にあることを証明しているようにも見える。
広場には代わる代わる王子たちも足を運んでいる。
人々の輪から少し離れた石段の上。周囲の喧騒がかすかに遠のいて聞こえるその場所で、ルカとフーリェンは広場を静かに見下ろしていた。
「思った以上に賑わってるね」
「今年は例年以上の人出のようです。仮面が廃された影響でしょうか」
「顔が見えるってのは、案外いいものだね」
花の舞う舞台を見守るルカの目には、楽しそうに笑い合う若者たちの姿が映っていた。
「フーリェン。君たちが、フェルディナの日常を守っているんだよ。私の隣に立ってくれること、感謝してるよ」
彼の言葉は飾らず、真っ直ぐだった。
音楽がひときわ華やかに転調する。輪に加わる者の中には照れた様子で手を取り合う男女の姿もある。色とりどりの花冠が、楽しげに宙を舞った。
「……踊ってみたくなった?」
そう言って笑うルカの姿に、フーリェンは面食らったように目を瞬かせた。しかしすぐに首を横に振る。
「剣の柄の方が、僕の手には馴染みます」
「ふふ、そうだね」
同意するように頷いた彼の横顔はどこか楽しそうであった。じっと舞台上を見つめるその瞳にならうように、視線を戻す。ひらひらと舞う色とりどりの花弁に意識を取られていれば、狐の耳が二人分の足音を拾い上げた。
ちらと向けた視線の先。妙齢の女と、白い花冠を頭にのせた若い女が真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。長く風になびく灰銀の髪と、あの狼男を思わせる面影。
「第四王子殿下、ご挨拶にまいりました」
優雅に一礼するナージュに、ルカは穏やかな笑みを浮かべた。
「ナージュ、遅くにご苦労さま。今日は非番かい?」
「はい。娘が『踊るなら今しかない』と騒ぎましてね」
「母様、それ言わなくていいから」
「事実でしょう?」
むすっと頬を膨らませたユキの目が気まずそうに逸らされる。
フーリェンはそのままくすりと笑うナージュへと視線を向けた。
「もう祭りは見てきたの?」
「ええ。演武も見たわよ。立派だったじゃない」
「……ありがとう」
「フーったら、もっと喜べばいいのに」
つい今の今まで頬を膨らませていたというのに。
ユキは苦笑まじりに言葉を続けた。
「無表情だし、眉間にシワ寄ってるし、近寄りがたいっていうか……もったいないよね。顔はいいのに」
「言いたい放題だな」
そう言いながらじっと自身を観察するユキの姿に困惑気味に眉を寄せていたフーリェンだったが、その視線は自然と彼女の頭の花冠に止まった。
「……踊らないの?」
「うん、行きたいけど……もうペア埋まっちゃってて」
「そっか」
ぼそりとフーリェンが呟いたのを最後に、二人は楽しそうに踊る若者たちの方を見やった。
「フー。付き合ってきてあげなよ」
笑い声と陽気な音楽。華やかなそれらに耳を傾けていれば、背中を押すように後ろから掛けられたその言葉に、ピクリと尾が揺れ動いた。
「……僕が、ですか?」
振り向くフーリェンに、ルカは冗談めかしつつも真顔で頷いた。
「少しくらい離れていても大丈夫だよ。ほら、滅多にない機会だしね」
「そうかもしれませんが……」
躊躇っていると、ユキがそっと顔を覗きこむようにしてこちらを見つめてくる。
「駄目?」
「……駄目、じゃ、ないけど」
歯切れの悪い返事に、ユキはぱっと笑顔を咲かせた。「やった!」と小さくその場で跳ねたかと思えば、すかざず腕を取られる。
ナージュとルカは、輪の中へと加わっている二人の背中を見送りながら微笑み合った。
「申し訳ございません。娘の我儘に付き合っていただいて」
「いいんだよ。フーも、こういうのには慣れた方がいいしね」
広場の中央。踊りの輪へと足を踏み入れた二人は柔らかな灯りに照らされていた。
任務とは違い、フーリェンの顔には僅かな戸惑いと、照れ隠しのような柔らかさがあった。
足取りは慎重で音楽に合わせる動きもどこかぎこちない。だがその不器用さが、かえって彼の素の姿を引き立てていた。
「固いなあ、フーってば」
ユキが軽く肩を揺らして笑う。
「……こういうの、慣れてないんだ」
「知ってる。でも、いいんじゃない? 優しい顔してる」
音楽がまた一段、速さを増す。
風が花を揺らし、提灯の光が夜に波打つように踊る。
祭りの終わりは近い。しかしこの華やかな夜は、まだ温かく続いていた。




