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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第3章

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双剣舞

王宮の訓練場に、長く落ちた夕陽の影が揺れていた。空は群青と茜を溶かしたような色に染まり、地上のすべてが金の縁取りを帯びている。昼間の喧噪はすでに遠く、人気のない広場には、ふたつの影だけが動いていた。


「……三手目、右の抜きが甘い。剣先の角度、あと一度下げろ」

「それはジンが回り込むのが早いせいだ。僕に合わせてよ」

「……は? 俺の型が基準だ。合わせるのはお前だろ」

「いや、舞なら中心は僕のほう」

「それを今、当然みたいに言うな」


言葉では噛み合っていなくとも、動きはまるで淀みなかった。斜陽に照らされ、揃いの白銀の衣が交差し、音もなく地を滑る。


ここには、ジンリェンの炎も、フーリェンの変化もない。あるのは剣術だけ。演武のために、細部まで練られた剣舞がそこにあった。


呼吸が合う。歩幅が合う。

 

視線すらも、鏡のように同じ軌跡を辿る。


互いに剣を交えることなく、あくまで演武として組まれた型の披露。動きの流れ、間合い、所作――すべてが緻密に構成された舞である。


「……よし、あと二本。通して終わりだ」


ジンリェンが言えば、フーリェンも小さく頷く。構え直し、ふたたび二人の剣舞が始まる。


滑るような踏み込み。連なる斬り上げと抜き払い。聞こえない音楽に合わせて舞うように、二人の動きは流麗に絡み合う。剣が交わることはない。互いに斜線を描きながら、正確に、無駄なく軌跡を紡ぐ。動きがぴたりと止まったとき、落陽の光がふたりの刃にきらめいた。


拍手がひとつ、遅れて響いた。


「……見事だね」


声の主の方へと、双子はくるりと振り返る。そこには、訓練場の縁に立つ、一人の青年の姿。淡い金髪を風に揺らすその人物は、第三王子ユリウスだった。口元には、いつもの気弱そうな笑みを浮かべている。


「これが本番だったら、十分に客席を沸かせただろうに」

「そう言ってもらえるなら、光栄です、殿下」


ジンリェンが簡潔に返すと、ユリウスは肩をすくめた。


「けれど、少しだけ気になっていて……ひとつ、訊いてもいい?」

「…何でしょう」


ユリウスは小さく小首を傾げる。


「今回の演武――君たちは“力”を使うのかい? ジンリェン、君の炎が剣とともに空に舞うのも、フーリェンの華麗な身のこなしも、魅力的だと思うのだけど」


その言葉に、訓練場の空気が一瞬だけ静まる。だがすぐに、ジンリェンが小さく首を振った。


「いいえ。今回は、能力は使いません」

「見せるのは、技と連携だけです。力は――不要です」


兄の言葉に、弟が続きを重ねる。双子の淡々としたその返しに、ユリウスはしばしふたりを見つめたあと、目を細めて微笑んだ。


「なるほど……ふたりで創る“舞”そのものを見せる、と。君たちらしいね」

「見ていてください、殿下。護衛として――恥じない演武をお見せします」

「もちろん。楽しみにしているよ。……くれぐれも、演目中に喧嘩しないようにね?」

「まさか。それはこいつ次第というものです」

「いや、どっちかというとジンだろ」


ジンリェンがとぼけて見せると、隣のフーリェンがすかさず冷めた突っ込みで返した。そんな白狐たちのやり取りに、ユリウスはまた小さく笑う。


夕陽が、その静かな微笑を柔らかく照らしていた。


ふたたび、誰かの足音が近づいてくる。ジンリェンとフーリェンが同時に視線を動かすと、訓練場の向こうから、柔らかな足取りでアルフォンスとルカが姿を現す。そのすぐ背後には、整った文官装束に身を包んだ祭事担当が、木箱を抱えて控えていた。


「お疲れさま、二人とも」


微笑みながら歩み寄るルカに、二人は軽く一礼する。


「殿下も見ておられたのですか」

「途中からな。ユリウスが“これは面白そうだ”って、わざわざ呼びに来た」


隣のアルフォンスが腰に手をあてながらさらりと言う。


「――で、本題なんだけど」


ルカは後ろの祭事担当をちらりと確認すると、視線を双子へと戻す。


「演武用の衣装が届いたんだ。今、担当の者が控えてるから、二人とも試着してみて。細かい調整はまだ効くから、動きにくいところがないか確認しておきたい」

「衣装、ですか」


フーリェンがわずかに目を細めると、ルカは頷いた。


「うん。演武用だから、式典用よりは動きやすくしてあるはずだけど……念のため。ほら、フーの隊服って、袖口がゆるめだろ? 能力を使わないとはいえ、多少は気になるかなと思ってね」

「ルカ様は、本当にフーに対して甘いですね」


小さく苦笑したジンリェンに、余計なこと言うなとばかりにフーリェンが軽く小突く。そんな彼の言葉に、アルフォンスはジンリェンに向き直って言葉を繋げた。


「お前は心配いらないだろ?鎧だろうが半裸だろうが動けるのだからな」

「……まぁ、そうですけど」

「ほら、兄弟でも、着こなしの傾向って違うものだからね」


祭事担当が静かに進み出て、衣装の入った箱を差し出す。銀の糸で封じられた箱の中から現れたのは、白を基調とし、金の刺繍が施された衣装だった。細部に渡って品のある装飾がなされており、それでいて、動きを妨げないように縫製は軽やかに仕上げられている。


「……随分と豪奢ですね」


ジンリェンが口元をしかめると、ルカが苦笑する。


「ある程度はね。派手に見えるけど、舞台上ではちょうどいいバランスになると思うよ」

「……動きに支障がなければ」


フーリェンが衣装を手に取り、手繰るように袖を広げた。素材は絹と練布を混ぜたもので、内側には滑り止めと吸湿加工が施されている。袖口はやや広く取られており、熱がこもらない構造になっている。


「取り敢えず、着てみるか」

「うん。気になる点があれば、後で縫製担当に回すから、遠慮なく言って」


ルカの静かな声に、ジンリェンとフーリェンは揃って小さく頷いた。衣装を持って訓練場の隅に設けられた仮設の試着所へと向かっていく。その背を見送るルカの顔には、どこか満足げな穏やかさが宿っていた。


「ふふ……やっぱり、舞台に立つなら、見映えも大事だからね」

「君もなかなか演出家気質だね、ルカ」


ユリウスが冗談混じりに言うと、ルカは少しだけ照れたように笑った。


「皆が誇れる場になるなら、それでいいんです」


夕陽が、白と金の衣装に反射してきらめいていた。その輝きは、やがて訪れる演武の舞台を――静かに、確かに予告していた。

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