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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第3章

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掲示

王都の広場はいつも以上の賑わいで満たされていた。中央に立てられた掲示板の前には人だかりができ、誰もが一様に前を覗き込んでいる。


「……今年の展示演武の詳細、ついに出たってさ」

「おい見ろよ?第四軍の“隊長”、やっぱり選ばれてるぞ」

「第一王子直属護衛のジンリェンも出るって!兄弟演武か!」


民たちの熱気の裏では、王宮内の掲示板の前も似たような騒がしさに包まれていた。兵士たちの間にもざわめきが広がっている。


「今年は双子で演武かぁ」

「てか来月の祭りの警備って、そのぶん人手取られるんじゃ……」


そんな噂の渦中――


フーリェンは遠巻きに掲示板を一瞥しただけで、そそくさとその場を離れた。その顔はいつもの冷ややかを纏っているが、内心では深く溜息をついている。耳に届くのは、祭りや演武への期待、軽い興奮。そのすべてが他人事のようで、どこか現実味がなかった。


階段を一段ずつ踏みしめながら、フーリェンは静かに天を仰いだ。


(……やっぱり、断っておけばよかった)


一方その頃。王宮の奥、緩やかな日差しが射し込む一室にて。アルフォンスは、机に肘をついたまま窓の外を眺めていた。その向かいには、腕を組んで立つジンリェンの姿がある。


「騒がしくなってきたな」

「ですね。掲示板前、昼には通れなくなりそうですよ」

「だろうな。お前たち兄弟が並ぶとなれば、話題にもなる」


ジンリェンは面倒そうに鼻を鳴らした。


「本当に、フーのやつが言い出したんですよ。俺はそもそも出る予定じゃなかったんですから」

「聞いている。ルカから回ってきた」


アルフォンスの声は淡々としていたが、底にはどこか優しさがあった。


「……ここ最近、フェルディナは多くの問題に向き合ってきた。祭りの演武は、王都の民にとっては平和の象徴だが、それを見せる側はそれ相応の覚悟がいる。これでも、私はそれを知っているつもりだ」

「…………」

「だが――それでも、お前たちが並んで立てば、軍と民の境が近づく。それができる者は、そう多くはない」


ジンリェンはしばし沈黙した。そしてわずかに視線を伏せ、ため息をつく。


「本当に…。兄弟揃って、説得だけはうまいですね」


アルフォンスはその言葉に口元を緩めた。


「ルカと私の共通点は、“頑固な者を動かすこと”に少しだけ長けていることだ」


ジンリェンは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。


「……まあ、こっちももう引く気はありませんよ。どうせ出るなら、弟に恥かかせるわけにもいきませんし」

「頼もしい限りだな」

「でも……終わったら、しばらくは王宮内の見回りに回してもらいたいものですね。それか、郊外にでも」

「それくらいの自由はくれてやろう」


そう言って肩をすくめるジンリェンに、アルフォンスは苦笑しながらも軽やかに言葉をかけた。窓から覗く空には眩しく太陽が煌めいている。僅かに聞こえてくる喧騒を耳に、アルフォンスは視線を手元の報告書へと戻したのだった。



そんな談笑から数時間。王宮・西棟の屋根の上。銀の瓦は陽光を弾き、あたりに白いきらめきを散らしていた。その端に腰を下ろした二つの影が、昼餉の包みを広げている。


「……食堂はうるさすぎて、耳がおかしくなりそうだ」


ジンリェンは漬物をひとつ摘み上げ、溜め息混じりに言った。


「……掲示板前は朝から戦場かってくらい騒がしかった」


フーリェンは炊き込み飯の中から栗を選び取りながら、淡々と応じる。


穏やかな春風が衣の裾をはためかせる。先程昼食をとるために立ち寄った食堂の騒がしさがまだ耳の奥に残っている。始まってすらいない祭への不満とかったるさを抱えながら、フーリェンはパクリと口を口の中へと放った。そんな弟の様子を横目に、ジンリェンが視線を斜め下に送る。


「来たな」


気配に気づいたフーリェンも兄の視線の先を追う。屋根下の蔦棚。その陰から、ひょいと顔を出したのは灰銀の耳。続いて、さらりとした赤茶の髪と鋭い目つきが現れた。


「あー、やっぱりここか」

「しれっと昼飯隠れて食ってるし」


軽口混じりに声をかけてきたのは、シュアンラン。その後ろから、猫のようにしなやかな動きで姿を現したのは、ランシーだった。


「訓練場にも食堂にもいなかったから、あとはここしかないと思ってさ」

「噂は聞いてた。フェルディナの白狐兄弟、昼飯は屋根の上だって」

「……誰がそんな妙な噂流した」

「お前んとこの副隊長殿からだ」


ジンリェンが小さく舌打ちをしたのを見て、ランシーは肩をすくめて隣に座る弟の方を向く。


「で? 今年は二人で出るんだって?」

「…ああ」

「また勝つ気か?」

「……別に、勝つとか負けるとかじゃないだろ」

「うそつけ。お前、去年の型披露のときに兵士泣かせただろ」

「それは誤解だ」

「いや誤解じゃねぇ。あれは引いたぞ俺」


ランシーは笑いながらフーリェンを肘でつつく。そんな二人の会話を獅子の隣で聞いていたシュアンランも、つられるようにしてふっと笑った。


「けどさ――懐かしいよな、去年の演武」


あの時は団体戦とかではなく、個人の型披露だった。それぞれが得意の武器を使い、一対の敵兵士を想定した型を見せる形式だった。


「お前らさ、型なのに演舞の域超えてたよな。ジンの斬撃、火花出てたし」

「あれは能力使ってるんだから当たり前だろ」

「フーの型も先の通りだし」

「…だから誤解だって、…」

「それよりシュアン、あんとき――」

「あー、やめろ」

「いや言わせてくれ。氷刃の振りが勢いよすぎて、見学してた兵士が吹っ飛んだやつ。あれ、忘れられない」

「後ろの柵ごと、な」

「びっくりしすぎて拍手するの忘れたもんなあ」

「俺だって悪気はなかった……あいつが距離詰めすぎてただけで……」

「見てたやつら全員、あれが演出か事故か判断つかなかったって言ってたぞ」

「“氷の衝撃波”とか勝手に名前までつけられてたよな。あのとき」


シュアンランが肩を竦め、ランシーとジンリェンは笑い声を重ねる。フーリェンは無言で栗を口に運びながら、わずかに肩を揺らした。


「……笑ってる?」

「……笑ってない」

「いや、笑ってる。めっちゃ肩揺れてる。珍しいぞフーがこんな顔すんの」

「静かにしろ。栗が喉に詰まる」


笑いとともに、四人のあいだには穏やかな空気が流れる。かすかに夏の日差しを感じる王都では、着実とウェディング祭の準備は進められていく。


たまにはこんな時間を過ごすのも、良いかもしれない。フーリェンは屋根の下へと視線を向けた。回廊を歩く兵士たち。祭りに浮き足立つ若い侍女の足取りは軽く、小さな鼻歌が風に乗って聞こえてくる。まだまだ準備は始まったばかりだが、きっと数日後には、街は花々で埋め尽くされるだろう。花は好きだ。いい匂いがするし、見ていて心が落ち着く。華やかなことは好きではないが、みんなが笑うなら、それもまた良い。


隣でランシーの豪快な笑い声が聞こえる。シュアンが小突き、ジンが呆れ顔でその様子を見守っている。


あぁ、平和だな。


そんなことを考えながら、フーリェンは手元に残る最後の栗を口へと放り込んだのだった。

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