第十二章 はじめから
暖かなぬくもりに包まれて、フーリェンは眠りに落ちていった。
腹のあたりに感じる体温。
規則正しい呼吸。
その心地よさに、胸の奥がわずかに軋む。
(……まえにも)
理由もなく、そう思った。
前にも、こんなふうに――誰かの温もりに身を預けて、目を閉じたことがあった気がする。
次の瞬間、景色が反転した。
冷たい。床が、ひどく冷たい。息がうまくできない。血の味がする。
身体が痛い。苦しくて、逃げたくて。何度も壁に身体を叩きつけた。
――それでも。
「大丈夫。大丈夫だよ」
その声が、すべてを遮った。
(……しってる)
聞きたかった声。ずっと、探していた声。
兄の声。
――シロの声。
「コン……! 僕を見て! 僕を真似るんだ!!」
はっと、視界が開ける。
目の前に立っていたのは、小さな白い狐だった。澄んだ毛並み。華奢な身体。優しい声音。
(……まね、る)
言われるままに、身体を動かす。
骨が軋み、形が変わる。
毛の色が、茶から白へと移ろっていく。
四つ足だった感覚が、二本に収束する。
(……こう?)
姿を寄せる。
合わせる。
――真似る。
……真似る?
ふと、疑問が差し込む。
瞳の色は、同じだ。
でも、顔は。
(……かおは)
どうすればいい。
どこを、どうすれば。
同じ顔になりたい。
この顔に。
戸惑いのまま動きを止めた瞬間、広げられた腕の中に引き寄せられた。
強くはない。けれど、確かな力で抱き留められる。
背中に回された腕に、優しく撫でられる。
「いい子、いい子……上手だね」
囁くような声。
「“ちゃんと”真似できてる」
その言葉に、胸の奥がひくりと跳ねた。
顔を上げると、琥珀色の瞳がこちらを覗き込んでいる。
そこに映っていたのは――不安げに目を揺らす、少し歪んだ自分の顔だった。
「いい?」
静かな声が、言い聞かせるように続く。
「君は、僕の“弟”。僕は君の“お兄ちゃん”」
――弟。
そうだ。
ぼくは、シロの弟。
シロは、ぼくのお兄ちゃん。
その言葉が当たり前のように胸に落ちた、その直後だった。
『よく“似ていて”美しいな』
別の声が、耳元で笑う。
『こうも完璧に“寄せる”とは……』
ぞっとするほど近い声。
(……あぁ)
思い出した。
どうして。
どうして、こんな大事なことを忘れていたのだろう。
どうして忘れたまま、のうのうと生きてこられたのだろう。
(……ぼく、は。……いや、ぼくたちは)
言葉になりかけた思考が、音もなく崩れる。
はじめから、ひとりだったじゃないか。




