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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第12章 2幕

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第十二章 守るための力3

「も、戻りました……能力」


場にそぐわない、間の抜けた声だった。えへへ、と申し訳なさそうに頭をかくのは、少年兵ではない。十にも満たない幼子の姿に変じたリオンを前に、フーリェンの口から思わず素の言葉がこぼれた。


「……まじか、……」


天井が剥がれ落ちる音に驚いた拍子に発動したのは、年齢操作の能力。もともと小柄だった身体はさらに縮み、ずり落ちた隊服のシャツを慌てて羽織り直す様子はどう見ても子供そのものだった。八の字に下がった眉が、そのまま彼の心境を表している。


「リオンあなた……それ、戻れるの?」


アンナが恐る恐る問いかけると、彼は「たぶん……」と自信なさげに頷き、ぎゅっと目を閉じた。


「戻れー……戻れー……」


ぶつぶつと呟きながらこめかみをぐりぐりと押さえているが、一向に変化はない。抑制剤の効果が切れた直後だからだろうか。いつもよりも難航しているように見える。


「むりやり、もどそうとするな。しばらくすれば、もどれるだろ」


そう言ってやると、彼はぱっと表情を変え、「確かにそれもそうですね」と素直に息をついた。その切り替えの早さと肝の据わり方には、感心を通り越して呆れすら覚える。


もぞもぞと自身に纏わりつく衣服をたくし上げながら、リオンは顔を上げた。その視線ははっきりとした不安の色を滲ませながら、まっすぐにフーリェンへと向けられていた。


「僕の事より……隊長は、戻れるのですか?」

「ぼく……?」


その言葉に、無理やり外へ追いやっていた身体の感覚が一気に押し寄せてきた。視界の端に鱗に覆われた大きな尾が見えた瞬間、背中を覆う激しい痛みに襲われる。


「……っ」


痛みに耐えかねて冷たい床に伏す。耳に届いたのは、自分の身体が作り替えられていく湿った音だった。内側から肉が生まれ、裂けた皮膚が無理やり繋がっていく。吐き気を催すような感覚に、喉が詰まった。


突如として始まった”再構築”に、リオンとアンナはビクリと肩を震わせた。赤黒く染まり、裂け目の見えていたそこが瞬く間に塞がっていくその光景に目をそらすことができない。


そんな二人の前。意思とは無関係に続く痛みに歯を食いしばりながら、フーリェンは恐る恐る瞼を開いた。


目の前にあったのは、獣の手だった。

久しく見ていなかった、ヒトではない――自分の”手”。先までこげ茶色の毛に覆われ、長く伸びた爪は不自然に曲がっている。


自分が今どうなっているのか。それを正確に把握できているとは、とても言えなかった。それでも二人の反応からするに、すでに取り返しのつかないところまで来てしまっていることは容易に想像がついた。


自己を失いつつある現実から目を逸らすように、フーリェンは一度大きく息を吸い込んだ。ゆっくりと両脚に力を込め、身体を起こす。背中の痛みはいつの間にか薄れ始めていた。どうやら再生は終わったようである。


「ぼく、は……だいじょうぶ。しんぱいするな」


そう言って目元を細めてみるも、アンナの方はふるふると首を振るばかりで今にも泣き出しそうな顔をしていた。完全に勢いを失ってしまったその様子に、どう声をかければいいのか分からず、フーリェンは落ち着かない気持ちのまま尾を揺らした。鱗に覆われたそれが床を擦って音を立てる。その音に反応したのは、リオンだった。


「あっ」


不意に声を上げ、ごしごしと右腕で涙を拭う。次いでずびりと鼻をすすった彼は、縮んでしまった自分の両手と先ほど崩れ落ちた天井の一角を交互に見比べると、何かを思いついたように勢いよく立ち上がった。


「あ、あの! 名案が!」


立ち上がった拍子にずり落ちたシャツを慌てて押さえながら、リオンは二人へと力強い視線を向けた。


「今の僕なら、あそこを通って外に出られます! ……応援を、呼びに行けます!」


その言葉に、アンナははっと顔を上げた。通気口と、幼子の姿になったリオンとを交互に見やる。そして彼女の視線はゆっくりと、目を見開いたままの獣へと向けられた。だがフーリェンの口から出たのは、はっきりとした静止の言葉だった。


「……だめだ」

「なんでですか! このままじゃ、隊長が――」


遮るように、フーリェンは静かに言葉を重ねた。


「そと、にでられたとして……おまえひとりで、おうきゅうまでたどり、つけるのか?」


低く落とされたその問いに、リオンは思わず唇を噛みしめた。


確かにその通りである。ここがどこなのかも分からない。王都まで辿り着けるのかと問われてしまえば、自信をもって「はい」と答えることはできない。


それでも。


できないと決めつけて、何もしないままでいるのは違う。それは、これまで目の前の隊長から教わってきたことではない。


そう思ったリオンが反論しようと口を開きかけたその時。一瞬落ちた沈黙を破るように、フーリェンは続けた。


「あんな、おまえもいけ」

「……え?」


突如話の矛先を向けられたアンナは、がばりと顔を上げ、フーリェンを見つめ返した。


「おまえも、のうりょくがもどったんだろ。ふたりなら……だいじょうぶだ。きっと、おうきゅうまでもどれる」

「で、でも……僕、人に能力を使うのは、まだうまく出来なくて……!」


その言葉にも、フーリェンは首を振らなかった。


「だいじょうぶだ。できる」

「ぼくが、ほしょうする。おまえなら……できるよ、リオン」


諭すように告げられたその言葉に、リオンはぎゅっと両手を握りしめた。静かな琥珀色の瞳に見つめられ、知らず知らずのうちに彼の背筋は伸びていく。


「……わかり、ました。……やってみ――「待ってください!」


隣から投げられたその声に、リオンとフーリェンは同時にびくりと身体を揺らした。


「……さっきから、私を置いて話を進めないで……!」


震える声。アンナはふるふると肩を揺らしながら立ち上がると、まずリオンを、次いでフーリェンをまっすぐに見据えた。


「私は、ここに残る……! あなたを置いてなんて行けない!」

「アンナ、これは命令――「命令だろうが関係ない!」


遮るように放たれた声は、普段の彼女からは想像もつかないほど強く、熱を帯びていた。


「あなたはどうして……どうして、いつも自分を犠牲にしようとするのっ……」


言葉が震えている。


「いつもいつもそうやって……身を削って、私たちを守ろうとする!」

「私はあなたにたくさん助けられた……! あなたの言葉に、何度も救われた!」

「……だから、次は私があなたを守る番!」


矢継ぎ早にそう言って、彼女はきっぱりと顔を上げた。


「そうでしょう? リオン」


そのあまりの剣幕に、ぴたりと動きを止めていたリオンは、名を呼ばれた瞬間こくこくと何度も大きく頷いた。ずり落ちたままのシャツを慌てて肩に引っかけ、そのまま彼は自分と同じように呆然と立ち尽くしているフーリェンへと視線を向けた。


「隊長!」


幼い姿には不釣り合いな、威勢のいい声だった。


「僕、行ってきます。僕も……隊長に何度も助けていただきました」

「能力もまだまだ未熟ですけど……でも、教わった通りにすれば……きっと、大丈夫です」


その隣で、アンナも強く頷いた。


「……おまえ、たち……」


二人の視線を受け止めたまま、フーリェンはしばらく言葉を失っていた。胸の奥に込み上げてくるものを押し殺すように、息を整える。


それでも、最後ははっきりと。


「……わかった」


その短い一言には、拒む力も、引き止める理由も、残ってはいなかった。

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