再偵察4
早朝、王宮の奥深くにある会議室には、早くも要人たちが集まっていた。円卓の最上座に第一王子アルフォンス。その隣に第二王子セオドア、そして対面には第三王子ユリウスが静かに腰を下ろしている。第四王子ルカはその右手に控え、常と変わらぬ落ち着いた面持ちで、報告を待っていた。
部屋を囲むのは、彼らに付き従う直属の護衛と、数名の中堅兵士たち。皆、静けさの中に潜む緊張を肌で感じながら、まだ見ぬ“敵”の輪郭を探っていた。
扉が開く。フーリェンとシュアンランが、わずかに塵をまとった装束のまま現れる。静かな足音を残し、円卓の中央まで歩み出た。
「南部偵察より戻りました」
二人が一礼し、口早に報告を始めた。
「国境付近での異常行動を確認。複数の異形、および黒ずくめの人物を目視」
「彼らは統率されており、無言のまま南方――オルカ方面へと撤退しました」
「目撃した範囲では、戦闘痕跡や痕跡隠滅の痕が見られ、周到な計画性が伺えます」
「統率のとれた異形……確実に意図をもって動いているな」
「撤退の動きについては、わざとこちらに見せたように思えました」
フーリェンが続ける。
「布石、あるいは警告――あちらもまたこちらを観察していた、そう感じます」
ルカがそっと言葉を挟む。
「……南は、フーの能力について何か知っている可能性がある?」
フーリェンとシュアンランは僅かに視線を合わせ、頷いた。
「変化能力の詳細までとは思いませんが、使者の口ぶりからも何かしらを掴んでいるように感じました」
兵士のひとりが驚愕をこらえたまま低く呟く。
「もしや、内部に南側の密偵が…?」
「その可能性も、否定できません」
シュアンランが言葉を引き継いだ。その言葉に、アルフォンスは静かに立ち上がると手で卓をなぞる。
「――これは宣戦布告ではない。だが、開戦の準備は始まっているとみていいだろう」
その重く沈む現実に、部屋の空気がわずかに揺れる。
「どう動く?」
「…オルカとの協議を優先し、南部諸砦の強化を進めるべきではないでしょうか?」
「いくら表面上だけの友好関係を求めてきたとて、現状その要求を飲む訳にはいかないだろう」
「この一件、オルカ側が国家をあげて関係しているのかがまだ分からんからな」
セオドアの問いに、王子たちが独自の見解と今後の動きについて話を進める。
「偵察網の再構築と通報体制の見直しも、必要ではないでしょうか…?」
おずおずとユリウスが発言すると、セオドアが小さく笑みを浮かべながら、言葉を投げた。
「だが、この“異形”の情報をどこまで民衆に伝える?恐怖を煽る結果になりかねん」
「伝える必要はない」
アルフォンスが口を開く。
「これはまだ、“影の戦”の段階だ。表に出すのは、まだ早い」
「まずは情報を集めよう。あちら側が動くよりも先に、我々が動く。それが重要だ――」
――――
会議が終わり、兵士たちが静かに退席していく中、ルカはゆっくりと席を立ち、壁際にぽつんと立っていたフーリェンへと声をかけた。
「フー」
フーリェンが、振り返る。変わらぬ無表情。けれど、それが“落ち着いている”時の表情だということを、ルカは知っている。
「少し、いいかい」
人目が少なくなった会議室の隅、窓際の静かな空間へと移動する。ルカは背筋を伸ばしたまま、そっと声を落とした。
「……おかえり。無事で何よりだよ。無理はしていないかい?」
フーリェンは一拍遅れて、短く頷いた。
「…大丈夫です。今回は、シュアンもいたので」
「そうか。それならよかった。少し休んで、と言ってあげたいところだけど、君の能力について少し確認しておこうと思う。いいかい?」
そう言ってルカは少し申し訳なさそうに、フーリェンを見つめる。そんなルカを見て、フーリェンは落ち着いた声で応えた。
「…承知しました。場所を、移しますか?」