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王宮の獣護  作者: 夜夢子
第2章
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再偵察2

湿り気を含んだ風が木壁を揺らす午後。場の中央に据えられた長机の向こうで、オルカの使者が椅子に浅く腰掛けていた。


その対面には、第二軍所属の獣人、シュアンランが腕を組み、無表情に座っている。傍らには、無言のまま控える狼の兵士。その毛並みの整った尾はピンと張り詰めている。若いその目は鋭く、空気を読むように周囲を見渡していた。


「遠路遥々お越しいただき、感謝します。オルカの使者殿」

「いえ、こちらこそ。昨今の不穏な情勢を思えば、直接顔を合わせて言葉を交わすことの価値は計り知れません」


シュアンランが低く口を開くと、使者の男は微笑みを絶やさず答えた。声は柔らかく、だが抑揚にはわずかな緊張が混じる。


「王国南境で起きた“騒動”について、貴国の見解を確認しておきたい。あくまで、“非公式”の場としてですが」

「……騒動、というのは?」

「ふふ、我が国出身の不審な人物、そして――確認された“異形の痕跡”」


曖昧に問いを返すと、使者は淡々と答える。まるで全て把握しているとでも言いたげなその声音に、後ろに控える兵士の目が細くなる。


「……そこまで把握しているのであれば、我が国としてもぜひそちらの握る情報を渡していただきたいというものですが」

「いえ、決して断定はいたしません。ただ、情報の整理と確認は必要かと。……こちらとしても、“共通の脅威”があれば、共有したいという姿勢です」

「共通の脅威、ね……」


シュアンランの声がわずかに低くなる。


「だが妙ですね。そちらは確か、あくまで中立の立場では?」

「もちろん。独立国家として、いかなる陣営にも与しておりません」


使者は即座に応じると、目の前の狼男の後ろへ、背後に控える若い兵士へと目線を投げた。


「ところで、そちらの……。ずいぶんと力のある獣人と見受けられる。あなた様のような直属護衛に付いているということは、次期戦力候補か何かでしょうか」

「……彼はただの兵士だ。筋がいいから、私の部下として傍に置いているだけです。こちらの詳細は、貴殿に伝える必要はないかと」

「なるほど。ですが、最近オルカでも面白い噂が流れています。――第四王子の傍には、正体不明の“何者”が付き従っていると」

「……一体、どこからそんな噂が出てきたのか分かりませんが、」


シュアンランの語調は変わらない。


「第四王子の直属は槍を操る白狐で、戦でも活躍のある武人だ。そちらにも情報は回っているでしょう?それよりも、”共通の脅威”を退ける方が重要です」


使者は一瞬目を細め、そして微笑んだ。


「もちろん。そのために今日、こうしてお時間を頂いたのですから」


席を立ち、礼を取る使者。だが、その瞳には冷静な観察の光が宿っていた。


「本日は、あくまでご挨拶ということで……。ですが、いずれまた、より“深い”対話の機会が得られればと願っております」


そう言い残すと、使者は一枚の書状をシュアンランに手渡し、扉の向こうへと消えていった。






――――

建物の裏手、人気のない石垣沿い。シュアンランとフーリェンはそこで合流した。


「……あいつ、僕のことを探ってた」


 カチャリと腰の剣に触れながら、狼の姿のフーリェンが低くつぶやく。


「それに……言葉の節々に、こっちの情報が漏れてる感じがした」


シュアンランはうなずき、空を見上げる。


「――つまり、“知っている”ってことだ。お前があの場で異形を取り込んだことも。その力がこちらに戻ったことも」

「あいつらの動きに油断はできない。今は様子を見るしかないな」


使者との対談を終えた旨を軽くまとめると、シュアンランは王宮へと鳥を飛ばした。南の国の者が近くに滞在している以上、すぐにここを離れる訳にはいかない。二人はしばらくの間、南の砦で待機することになった。


「異変があればすぐに動けるようにしろ」


砦に配備されている兵士たちに淡々と指示を出しながらも、フーリェンは内心の緊張を隠せなかった。夕暮れの風が砦の旗を揺らし、遠くで夜の虫が鳴き始める。監視塔から南の地平線を見つめる。目に入る景色に特別な変化は何も無い。だからこそ、気持ち悪いと思った。何かが動いているはずなのに、何も見えない。


不安を払拭するかのように、フーリェンは一度大きく息をついたのだった。


――――

夕暮れ。西日が差し込む砦の中で、二人は明日の任務に備えて最終確認をしていた。シュアンランが大きな息を吐きながら言う。


「明日の偵察、二人で行くんだからな。いつも通りだが、気を抜くなよ」

「わかってるよ」


フーリェンは淡々と頷く。そんな彼の様子に、シュアンランは肩をすくめて少し冗談めかして言った。


「まあ、お前の落ち着きぶりは見てて安心するけどな。俺は相変わらず雑だからフォローは頼む」

「助け合いだ。お互い様だよ」


小さく笑みを漏らし、手元の短剣を鞘に収める。夕暮れの砦の広場には、訓練を終えた兵士たちの軽口が飛び交っていた。時折、訓練場の方からまだ訓練を続けている兵士たちの剣や槍の金属音が響き、静かな緊張感を添えている。シュアンランが声を落とし、くるりと周囲を見回す。


「ここの兵士たちも、たまにはこうしてのんびり話せる時間が必要だな。訓練や戦ばかりじゃ心が折れる」

「…そうかもしれないね」


小さく頷いたフーリェンに、シュアンランは穏やかな笑みを浮かべた。


「お前も、あんまり無理するな。何かあったら俺が守る。」

「ありがとう。頼りにしてるよ」

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