僕と彼女の始まり
暫くゆっくりしてから僕達は解散し、
いつもの駅で下車する。
これからバイトなんだけど、
めちゃくちゃ行き辛い。
あれは間違い無ければ蒲田さんだ。
けどまぁ見なかった事にして、
何事も無いようにバイトをしよう。
僕はいつもと違う緊張感で店に入り、
バックヤードを通り過ぎて控室へと向かった。
「……あ……」
……何と言うタイミング。
動揺して思わず壁に張り付いてしまう。
「ど、どどどどうも」
「……あ、あの……」
気不味い空気しか流れていない。
こういう時にリア充スキルがあれば、
難なく突破できるのに、
僕にはそう言うスキルは実装されていない。
どうしたら良いのか。
ここを何とかしないとバイト生活が
終わってしまうから何とかしないと。
「あの、気にしないで」
「気にして下さい」
ええ……。
気にしろってどういう事なの。
しかもいつもとなんか違う。
ハッキリとした口調で言われた。
「ど、どう言う事でしょうか」
「上田さんも好きなんですよね?」
「えぇ……あー、専門学校の友達が好きですね」
「そうですか。でもそっち系も嫌いじゃないですよね?」
「そっち系ってどっちでしょうか」
「バイト終わったら時間ありますか?」
「ええまぁ」
「なら後で」
蒲田さんは笑顔で制服の上を羽織り出て行った。
僕は気が抜けて壁をすりながら床に座り込む。
こんな状態で仕事出来るのかな。
「あ、上田さんおっす!ってどうしました?体調悪いですか?」
前田君は丁寧に挨拶した後、
慌てて僕を介抱しようと駆け付ける。
「ちょっ!?上田さん大丈夫なの!?」
岡田さんは前田君が移動して僕が視界に入ると、
それまで不機嫌そうな顔をしていたのが、
一瞬にして慌てた顔をして駆け寄ってきた。
「あ、二人とも有難う」
「あの上田さん、俺今日いけますから休んで下さい」
「私もやるから上田さん休んで」
二人は僕を椅子に座らせてくれると、
心配そうな顔をしてそう言ってくれた。
でもここで逃げたら怖い事になりそうなので
「いや、うん、ちょっと驚いただけだから。少し休んだら大丈夫だから。有難う二人とも。優しいね」
と笑顔で感謝を伝えた。
前田君はそれでも心配そうな顔をしていた。
岡田さんは照れくさそうな顔をしている。
「本当に無理だったら言って下さい。仕事も大事だけど体が一番です」
「うん、前田君に嘘は言わない。無理ならお願いするよ」
「私にも言ってね」
「有難う岡田さん。ダメな時は遠慮無く頼るよ」
「うん」
うんと言った岡田さんに
厳しい目線を投げつける前田君。
部活動だから先輩後輩には厳しいんだ。
僕は笑顔で二人に頷く。
二人とも心配そうに見ながらロッカーを開け、
制服を取り出して羽織る。
僕は取り合えず呼吸を深くして、
自分を落ち着かせる。
取り合えず仕事をしっかりしないと。
「さ、始めようかな」
僕は勢い良く立ちあがる。
恐らくこの後に一番衝撃的な事になる。
今位のを切り抜けられないと耐えられない、
と思う。
というか味わいたくない……。
下を向いてゲンナリした顔をしたけど、
顔を上げて笑顔を作る。
前田君も岡田さんも心配そうな顔をしていた。
「大丈夫。二人とも、いざと言う時はヨロシク!」
「おっす!」
「はい!」
三人で一緒にロッカールームを出る。
そこからはいつもの作業。
売り場をチェックしつつ、
御客様をご案内し、
バックヤードへ戻る。
三井さんから納品を受け取り
テーマに分けて置く。
前田君が僕をフォローしようと
いつも以上に頑張ってくれる。
僕は全てを振り払おうと、
負けじと全力でやる。
「ヤバイっすね。納品が何時もの半分の時間で入れ終わりました」
「そうだね。なら納品物の品出しをしようか」
「おっす!」
僕と前田君は車の付いたコンテナを乗せる用の台車に、
コンテナを積んで出し易い高さに調整。
「いらっしゃっせー!」
「せー!」
スイングドアを引いて店内へと出る。
品出しをしつつ古い物が無いかチェック。
御客様の接客もあったけど、
品出しは順調に進む。
パートさん達も加わってくれ、
前田君と岡田さんの退勤時間までに
綺麗に終わった。
「ホントに大丈夫っすか?」
「無理してない?」
二人は帰りがけに声を掛けてくれた。
僕は笑顔で大丈夫と答え、気を付けてと
言いながら手を振る。
内心それどころではない。
お腹が痛くなる。
このまま深夜作業もやろうかと
思うほどだ。
「……上田さん……」
何時ものトーンに戻った蒲田さんが、
控室のロッカールームで待っていた。
前半頑張ってしまったので、
残業がある訳が無い。
僕は観念して蒲田さんと話す事にした。
「じゃあ行こうか蒲田さん」
素早く制服をロッカーに入れると、
蒲田さんに何時ものように促した。
帰り道に話があるのか待ちつつ歩いていたが、
ずっと黙ったまま。
怖い……怖すぎる。
沈黙って何気に怖い事を今知った。
どうしようこれどうしたら良いのこれ。
何か喋るべきなのかそうじゃないのか。
選択肢が解らん。
と言うかフローチャートで言うなら、
そこから無数に枝分かれになっている。
無難に乗り切るのはどの選択肢なんだ!?
攻略本があるなら知りたい。
「ここ」
え、ここってどこ?
と思ったら蒲田さんの家の前に着ていた。
「あ、そ、それじ」
「入って」
ですよねー。
食い気味で言われた。
選択肢なんて元々無いんじゃない?
このままバッドエンドへ直行するしかない
気がしてならない。
お婆ちゃんお爺ちゃん助けて!
「お邪魔し」
「いっっっらっしゃいまっっせぇええええ!」
もう何なのこの家族。
アフロヘアにグラサン装備の黒焼けたオジサンが、
こっちも食い気味に玄関を開ける前に飛び出てきた。
そして今も目の前で踊り続けている。
脇にいる蒲田さんを見るが、
何時もの冷静な蒲田さんである。
動じていないのか慣れているのか。
このファンキーさに慣れるのは親子だからだろう。
「ど、どうも」
「ないすちゅーみーちゅー!」
日本語のような英語である。
間違いなく日本人でしょ。
手を握りながらブンブン振りまわされる。
腕がいたーい。
伸びる伸びる。
関節外れる。
蒲田さんを見るが動じない。
てか出来れば止めて欲しいんだけど。
「父さん、お客様」
「シッテマース!男のオキャクサマメズラスィー!」
どういう流れでこんな感じになったのか。
何時も何の仕事してるんだろう。
一般企業じゃ無いのは間違いない。
「父さん」
「ワッカリマシター!ドウゾゴユックリィ?」
もうどこから突っ込んでいいのか。
この圧力にSAN値は0になる。
強烈過ぎる。
「上田さんどうぞ」
蒲田さんがスリッパを出してくれた。
とても可愛らしいスリッパだ。
「お邪魔します」
もう玄関先でエンディングロールが流れた。
これ以上の衝撃は無いと信じたい。
てかこれ以上のが来られたら気を失う自信がある。
「ここが私の部屋」
ピンクのドアに”みすずのへや”と書いてある。
僕は唾を飲み込む。
鬼が出るか蛇が出るか。
覚悟を決めて頷く。
蒲田さんがゆっくりとドアを開けると、
そこは十畳以上の広い部屋に、
ベッドそしてイーゼルなどの画材が散乱していた。
「わぁ凄い。画材がこんなにあるなんて」
「解るの?」
「まぁ少し。父と弟が絵をやっていてね」
「上田さんは?」
「僕はそう言うのは巧くないんだ。残念ながら」
「そう」
「で、話はな」
「取り合えず掛けて」
「はい」
親子の伝統なのかな。
食い気味に言うのは。
取り合えず指差された丸椅子に座る。
蒲田さんは部屋を出て行く。
取り合えずこれ以上死に近い行動をしないよう、
あまり動かない、というかドアのみを見つめて
動かずにジッとしている。
凄い落ち着かない。
背中にいやな汗を掻いている。
今日は寝たら悪夢にうなされる。
間違いない。
「お待たせ」
入ってきたのはヘアバンドを頭に付けて、
前髪をスッキリさせつつ、
ジャージ姿の蒲田さんである。
しかも眼鏡つき。
別人だわ確実に。
手には御盆にカップが二つ。
お茶菓子も乗っている。
一応お客様扱いしてくれるんだ。
でも油断ならない。
ここからジワジワと来るに違いない。
ハブVSマングースの心境だ。
「どうぞ。ココアだけど飲める?」
「あ、ええ。あの、頂きます」
マングース役精神的に弱いから勝ち目無い。
儚げな人に見えた蒲田さんは今居ない。
寧ろ気合い入ってるやり手のキャリアウーマン
にしか見えない。
ハブどころかオロチである。
「別に取って食ったりしないから寛いで」
フランス料理屋で山菜の炊き込みご飯頼む位
無理な注文を笑顔でされる。
僕の知ってる蒲田さんが何処にも居ないんですが。
何この余裕な感じ。
「あの、蒲田さん?」
「上田さん、単刀直入に言うわ。アニメ好き?」
「嫌いではないです」
「敬語要らないから。確かプログラミング系の学校に行ってるのよね」
「ええまぁ」
「何で今日はアキバに?」
「友人の案内で」
「自分の用は?」
「モンカンの予約に」
ここ取調室?
テーブルをはさんで座っているんだけど、
蒲田さんはテーブルに腕を置き、
僕は背筋を伸ばして膝に手を置いている。
「モンカン前作は?」
「少々」
「はいこれ」
携帯ゲーム機を渡される。
蒲田さんも携帯ゲーム機を取りだした。
「無線LAN飛んでるから。起動させて集会所」
「はい」
ここはサーイエッサーぐらい言った方がいいのだろうか。
生きた心地が全くしない。
起動させるとキャラクターが出てきた。
サクリファイス?
今の僕に対するメッセージなのか。
生贄ってどういう事なの。
取り合えずもう死んだ目で集会場までダッシュする。
待っているキャラはキャサリン。
美鈴の欠片も無い。
クエストの募集が出ているので
確認せずクリックして参加。
砂漠地帯に戦艦から飛び降りるキャラ達。
冷感タオルを使用して暑さ対策をする。
暑さを放置すると熱射病になりゲームオーバー。
シビアすぎる。
普通の人間でももうちょっと頑張るぞ。
といつも思う。
しかしこのマゾい難易度が受けているゲームだ。
そしてこのステージはやりこんでいる。
「蒲田さん横」
「うい」
蒲田さんは僕の後に付いてくる。
このステージには隠し部屋があり、
そこを通るとこのステージのボスを有利に進められる
アイテムが取れる。
「うわーこんな所に!?」
「そうそう。こんな所に普通あると思わないよね」
「私知らなくて時間掛けてクリアポイント稼いでいたのに」
「まぁ人と話せないと言うか話さない時期に暇つぶしで」
「いやこれ暇つぶしで見つけられるの?」
「と思うよ。あ、そこのアイテム取っといて。こっちのバッグもう入らないから」
「あ、オッケー」
こうして難易度の高いステージを、
クリアポイント稼ぎの為に長い事
プレイした。
ていうか違くない!?
ゲームする為に僕ここに呼ばれたの!?
でもまぁこれで解放されるなら良いか。
「有難う上田さん!神だわー」
「いえいえ。じゃあそろそろこの辺で」
「あ、本題なんだけど」
え。
本題の前がハード過ぎるんですが。
かれこれ3時間ほどゲームしてましたけど。
「私の趣味はオタク系。それを内緒にして欲しいのは勿論なんだけど」
「いや言わないよ。誰にでもオタクっぽい趣味の一つや二つはあるし」
「有難う。実は身近にそういう友達がいなくて。出来れば友達になって欲しいなと思って」
「あのお店であった友達は?」
「あれは私の趣味のファン」
「あー」
凄いな。
ファンまで居るんだ。
更にディープな世界なのでスルーしたい。
「出来ればファンじゃなくて友達欲しいと思ってたの。上田さんしかもモンカリ強いし!」
えー。
そんな選択肢で一日の後半お腹痛い感じで
過ごさせられたの。
違う意味で痛くなってきた。
「ああいうお店に対する理解もあれば、話し易いし♪」
「えっとその話をする為に?」
「そうそう」
「帰りまーす」
「ちょっ!?」
もう耐えられない。
回りくどいよ地球一周半位回り過ぎだよ。
「謝るから。ね?」
「腰にしがみ付かないでください」
「ホントにごめんなさい。どうも自分の範囲内じゃないと素を出せないの」
「あの儚げな蒲田さんは」
「何時も絵を描いてて寝るのが明け方に」
「偶に徹夜も?」
「……ばれた?」
「ばれたも何もこの部屋にゲーム機。人がどれだけお腹痛い思いをしたか」
「仕事は仕事だから。お給料出てるしこんな話出来ないでしょ?」
「そう言う所はしっかりしてるんですね」
「まぁ趣味でもお金貰ってるし」
「取り合えず疲れたんで帰ります」
「ダメ?」
「……そんな目で見ないでください。解りましたよ」
「やった♪」
現金だ。
了承すると鼻歌交じりに僕の背中を押して、
玄関までお見送りしてくれる。
「じゃあまたバイトの終わりにでも♪」
笑顔で手を振って蒲田家を出る。
暫く歩いていたが、途中のベンチに座り込む。
そして深い溜息と共に疲れが津波のように押し寄せる。
なんて日だホント。
途中でベンチで寝てしまいたくなるが、
何とか壁を頼りにアパートへと帰るのだっ




