再開
少年ティムは春が好きだ。全ての生命が目を覚まし、植物が芽吹き、小川は息を吹き返したかのように流れだす。止まった時が動きだし、まさに生を象徴するような季節である。
「おいティム。支度はできたか?」
協会にある少年ティムの部屋にノブヒロは笑顔を覗かす。
「ノブヒロさんもう少し待ってください」
「早くしろよ。皆来ちまったぜ。頼むぜ、ティム神父様よ」
今日は少年ティムが主役の儀式が行われる。神父代行の儀式だ。亡くなったイーリス神父の意志を継ぎ、少年ティムは神父となるのだ。町の皆が期待する中、少年ティムは神への讃美歌を唱えなければならない。
それは、決して少年ティムにとって重いことではなかった。少年ティムは学んできた。神父が神父としてなすべきことを。そして感じてきた。死とは何か、生とは何か、真の讃美歌とは何かを。
聖堂にはすでに人が集まっていた。
農夫婦の御老体、町長、アツシ、ノブヒロ、その他町人たち。
皆がざわめき、まだかまだかと主役の登場を待ちわびていた。そこで、2人の農夫がノブヒロに話しかける。
「ノブヒロさん、ティムはまだかね?」
「わしら待てんわい。早くティムの晴れ姿を見たいわい」
急かす農夫にノブヒロは呆れたように応える。
「それが、野郎まだ準備が出来てないってよ。こんだけの人を待たせやがってまったく……」
ノブヒロの言葉に農夫たちはピンッと思いつく。
「そういえばノブヒロさん! あんた、秋の収穫に来なかったね」
ギクリッ!
「わしらがあんたをどれだけ待っていたと思ってるんだい?」
「あんたのおかげで作物はいっぱいで助かったけど、その分収穫が大変だったんだから」
慌てふためくノブヒロ。額には汗が吹き出始め、焦りを覚える。しかし、彼は最大の武器を持っていることに気がついた。
「いやー悪い悪い。今年はこいつを置いていくから、許してくれ」
そう言ってアツシの肩を組む。
農夫婦たちの贄に選ばれたアツシは、冗談ではない、と言わんばかりの表情で否定をする。
「おいおい! 勘弁してくれ!」
「今年の収穫は以前の3倍と思ってくれてもいいぜ」
ノブヒロの宣伝に集まってくる農夫婦たち。アツシは引っ張りだこ状態である。
「あんた、ノブヒロさんの弟さんじゃろ?」
「ここで働いてくれるのかい?」
「助かるねぇ」
アツシに蟻の如く群がる農夫婦たち。そこへ、強く手を叩きながら町長が止めに入る。
「皆の者! 静まれ! 主役の登場だ!」
時は満ちた。
勢いよく部屋を飛び出し、神父姿の少年ティムが現れた。息を荒げて階段を下りる。
「お、お待たせしましたぁ!」
「遅ぇぞティム!」
「遅刻だ遅刻!」
ノブヒロと農夫婦たちから解放されたアツシが荒声を上げる。ペコペコと謝罪する少年ティム。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 心の整理が出来なくて!」
「いいから、とっとと始めろ! 皆待ってるんだぜ」
「はい。……では、始めます」
聖堂の中心、神の彫刻が建つ教壇の前でゆっくりと呼吸を整える少年ティム。静寂が辺りを包み、聞こえるのは緊張と戦っている少年ティムの息づかいだけだ。
初めは速かった呼吸も徐々に落ち着きを取り戻し、いざ讃美歌を捧げんと少年ティムが口を開ける。
その時だった。
少年ティムの息づかい以外にも聞こえる音があった。綺麗に流れる鼻歌。囁くようであり、どこか温もりを感じさせる。日の光が射し込み、明るく輝く教会に似合った鼻歌である。
少年ティムはその鼻歌をどこか懐かしく、そして愛しく感じた。鼻歌の曲は讃美歌だった。讃美歌が鼻歌として、教会中に輝水のように浸透していったのだ。
いきなり鼻歌のする方へ駆けていく少年ティム。神父の帽子が落ち、走る風の抵抗でとかしたばかりの髪が乱れる。少年ティムが行き着いた場所。そこは教会の出入口、扉だった。
そういえば、あの娘と初めて出会ったのもこの場所だった。懐かしさと愛しさが頭の中を駆け巡る。
次に聞こえてきたのは、ノック音だった。乾いた扉を叩く、弾むような軽い音だ。
「ティム。出てやれよ」
いつもとは違う、やさしい声でノブヒロは少年ティムに言った。少年ティムはそっとドアノブに手を掛ける。
──そして、あの時と同じく天国の扉を開く。
「まあ、可愛らしいお嬢さん!」
「ありゃティムのガールフレンドじゃないかい?」
農夫婦たちから声が上がる。背を向けるノブヒロとアツシ。
少年ティムはいつかと同じく、輝玉の笑顔で迎え、言った。
「──おかえり」
~end~