プロローグ 換気扇の呼び声
生まれた年から十七回目の六月七日。おおよそ午前一時。
それは思い返す限り、人生で最も愚かな選択をした日だった。
空腹からか不安からか中々寝付けずにいた俺は、小腹を満たすため毛布を羽織り廊下へ出た。誰もが寝静まった家の中はひどく静かで、換気扇の音すら俺を罵る声に聞こえた。
とにかく誰にも会いたくなくて、なるべく足音を立てないよう時間をかけて階段を降りたその瞬間。
ほんの一瞬よろけて、後を追うように動悸が始まった。壁に肩を押し付けなければ立っていられないくらいに呼吸が乱れ、身を縮めて無理矢理にでも息を押し込んだのを覚えている。魂と肉体が分離しているような錯覚が起こったのだ。
これに関しては、別にその日が特別だったわけじゃない。高校入学以降、完全に外に出なくなってからは頻繁にこんな感じだった。
そのまま数十秒もすればふっと身体から力が抜けて、さっきまでのことが嘘のようにまた歩けるようになった。放って置けばすぐに治るのもあって、この体質を人に話したことはない。当然のようにただの神経症だろうと仮定していた。
気にしたところで、通院する気もなかったのだから仕方がない。
震えの抜けた足でキッチンへ向かい、戸棚のインスタントラーメンを手にとった。その行為に特段罪悪感はなかった。そもそも深夜のラーメンなんて親の脛齧りに比べれば随分としょうもないことだ。開き直りで自分を慰めながら、お湯の用意をした。
充分に腹を満たしたところで再び時計を見る。時刻は大体午前一時半。当時の俺は小学生の集団下校の声で目覚める生活をしていた。そのせいで夜に眠気を覚えられなくなっていた。元々寝つきのいい方でないのも要因の一つだろう。
とにかく眠る気にはなれず、ゴミを片付けずに自室へ戻って布団に寝転んだ。
そうして目を閉じていれば、今度は自己嫌悪の感情が荒波のように押し寄せた。頭が痛くなる。衝動的に布団から立ち上がった。
繰り返すことでもないが、当時の俺には冷静に考える余裕なんてなくて、どこまでも衝動的な行いだったと思う。今となっては否定も後悔もできない。
丁度いいベルトを取り出してドアノブにひっかける。扉に背を預けるように座って、そのベルトの隙間に首を通した。
この息苦しさを耐え抜けばどこか楽な場所へ行けるかもしれない。逃げたい。こんな苦しい場所から抜け出したい。そんなことを考えながら、俺は強く目をつむりついには意識を手放した。




