表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄なき異世界で  作者: 夏冬春戸
第一章
1/9

プロローグ 換気扇の呼び声

 生まれた年から十七回目の六月七日。おおよそ午前一時。

 それは思い返す限り、人生で最も愚かな選択をした日だった。

 

 空腹からか不安からか中々寝付けずにいた俺は、小腹を満たすため毛布を羽織り廊下へ出た。誰もが寝静まった家の中はひどく静かで、換気扇の音すら俺を罵る声に聞こえた。

 とにかく誰にも会いたくなくて、なるべく足音を立てないよう時間をかけて階段を降りたその瞬間。


 ほんの一瞬よろけて、後を追うように動悸が始まった。壁に肩を押し付けなければ立っていられないくらいに呼吸が乱れ、身を縮めて無理矢理にでも息を押し込んだのを覚えている。魂と肉体が分離しているような錯覚が起こったのだ。

 これに関しては、別にその日が特別だったわけじゃない。高校入学以降、完全に外に出なくなってからは頻繁にこんな感じだった。


 そのまま数十秒もすればふっと身体から力が抜けて、さっきまでのことが嘘のようにまた歩けるようになった。放って置けばすぐに治るのもあって、この体質を人に話したことはない。当然のようにただの神経症だろうと仮定していた。

 気にしたところで、通院する気もなかったのだから仕方がない。


 震えの抜けた足でキッチンへ向かい、戸棚のインスタントラーメンを手にとった。その行為に特段罪悪感はなかった。そもそも深夜のラーメンなんて親の脛齧りに比べれば随分としょうもないことだ。開き直りで自分を慰めながら、お湯の用意をした。


 充分に腹を満たしたところで再び時計を見る。時刻は大体午前一時半。当時の俺は小学生の集団下校の声で目覚める生活をしていた。そのせいで夜に眠気を覚えられなくなっていた。元々寝つきのいい方でないのも要因の一つだろう。

 とにかく眠る気にはなれず、ゴミを片付けずに自室へ戻って布団に寝転んだ。


 そうして目を閉じていれば、今度は自己嫌悪の感情が荒波のように押し寄せた。頭が痛くなる。衝動的に布団から立ち上がった。


 繰り返すことでもないが、当時の俺には冷静に考える余裕なんてなくて、どこまでも衝動的な行いだったと思う。今となっては否定も後悔もできない。

 

 丁度いいベルトを取り出してドアノブにひっかける。扉に背を預けるように座って、そのベルトの隙間に首を通した。


 この息苦しさを耐え抜けばどこか楽な場所へ行けるかもしれない。逃げたい。こんな苦しい場所から抜け出したい。そんなことを考えながら、俺は強く目をつむりついには意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ