第六話赤兎馬 革命的機動力の獲得と反動的駄獣との闘争「絵」
遊び心を加えて毛主席語録風の文体にしました。
一、 資本主義的欺瞞と安価な生産手段の罠
神聖インド帝国への長征を完遂するためには、強固な足腰に加えて「馬」という物理的な交通手段(生産手段)が不可欠である。
しかし、市場経済の末端に潜む悪徳商人(馬商)は、つねに労働者の足元を見る。
「1万€の早馬が今なら1000€! 四匹で4000€です。」
この甘言は、ブルジョアジーが不良在庫を押し付ける際の典型的な「糖衣を被った砲弾」である。指導的立場のディセクター♂は「皆の分を買った」と宣言し、資金を投じた。一見するとこれは組織の力による革命的調達であるが、価格の裏に潜む物質的欠陥(見込み薄の不良品)という客観的現実を、我々はまだ知る由もなかった。
二、 革命的命名と傲岸不遜なる客観的現実
同志たちは、各々の交通手段に名前を与えた。ディセクター♂は「セルト」、ジョイス♂は「ブリジット」、デューク♂は「デメント」。そして佐藤太郎は、自らの馬が赤い毛並みを持つことから、偉大なる歴史的呼称「赤兎馬」と名付けた。これは、形に自己の革命的理想を投影する主観主義的行為であった。
しかし、現実は人間の主観的願望の通りには動かない。他の三人が「風が気持ちいい」と順調に行軍を進める中、佐藤太郎だけが落馬の危機に瀕していた。
「言う事聴いてくれよ!頼むよ!赤兎馬!」
佐藤太郎のこの懇願は、自然界の荒ぶる力に対する無力な妥協主義である。赤兎馬の自我の強さと傲岸不遜さは、労働者に服従することを拒む「封建的反動勢力」そのものであった。
三、 階級的侮辱と過激主義への傾斜
悪徳馬商はすでに逃亡し、返品(返還)という平和的解決の道は絶たれた。この窮地において、太郎はなおも「きっと仲良くなれる」という空想的平和主義に縋った。しかし、赤兎馬が返したのは親愛なる撫でではなく、顔面への「唾吐き(ペッ!)」という最大級の階級的侮辱であった。
太郎の過激化: 「テメー殺すぞ! 殺してやる!」
組織の統制: ディセクター♂とジョイス♂による物理的制止。
佐藤太郎の怒りは、不当な扱いを受けた無産階級の正当な義憤である。
しかし、ここで馬を殺害すれば「馬商の思う壺(資本家の損失補填の放棄)」となる。同志たちが太郎を取り押さえたのは、左翼小児病的な「暴力主義」を戒め、大局的な組織の利益(1000€の資産的価値)を守るための正しい民主集中制の行使であった。
四、 資産の逃亡とプロレタリア的連帯の勝利
我々が内部矛盾の解決に追われている隙を突き、反動的駄獣・赤兎馬は時速84キロという猛スピードで逃亡した。
「俺の1000€があああああああ!」(ディセクター♂の悲痛な叫び)
これは組織の貴重な活動資金が、大自然の荒野へと霧散した瞬間である。太郎は「こんなのってないよ!」と絶望の淵に立たされた。
しかし、革命の火はここで潰えはしない。
「俺の馬に乗せて上げるから元気出せって!」
ジョイス♂のこの一言こそが、真のプロレタリア的連帯(相互扶助)である。資本(馬)を失った同志を見捨てるのではなく、自らの生産手段を共有し、共に前進する。デューク♂の冷笑(ぷぷっ!)という小ブルジョア的態度を乗り越え、四人の同志と三匹の馬は、再び強固な一枚岩となった。損失を教訓に変えよ。真の力は馬の数ではなく、同志の団結の中にある!神聖インド帝国への長征、そしてマンティコア討伐の戦いは、今、真の試練の時を迎えた。
最後迄読んでくれてありがとうございます。




