採集―会話と、襲撃と
「……ついたっ!」
そんなことをつらつらと考えていたら、目的の雑木林についた。中々の広さがあってなおかつ小動物の気配もたくさんする。
……あれ、そういえばラインはどこ?
仕方なく、ラインを待つことにした。
しばらくして、息が絶え絶えのラインがやってきた。
「ライン、大丈夫!?」
私がそばに駆け寄ると、限界だったのだろう、ラインは膝と両手を地についた。
「はぁ……はぁ……。み、ミオ様、は、はや、速すぎます……」
「ご、ごめんなさい、ライン」
「あ、謝るのはこちらの方で、ございます……ミオ様に、私の力を、誤解させてしまった……それは、私の、非でございま、す……はぁ、はぁ……」
ラインはもう見るからに限界だった。仕方ない。
「メグ、いる?」
「いるよ、ミオ」
「ミオさま、一体誰が……っ!?」
ラインは顔をあげ、ふよふよと浮く木製の人間を見て絶句した。
「な、何者!?」
ラインは立ち上がって、私を自分の方へと引き寄せた。ちょっぴり汗の匂いがする。
「私? ふふふ、おしえなぁい」
「ま、魔物、か……?」
「私とあんな澱の寄せ集めと一緒にするの?まぁ似たような起源っちゃ起源だけどだからといって一緒にされるのは気分が悪いわ」
「ミオ様に手を出させない」
メグはそのセリフを聞いて不敵に笑った。
「それはこちらのセリフよ。もうミオを人間なんかに傷付けさせやしないわ」
「なにを……」
「知らないの? ふふふ、それじゃあミオは」
バラされるかも知れない。
「メグ、やめて!」
とっさに、私は叫んでいた。メグは驚いているようだった。
「……ごめんね、ミオ。あなたのことを話すつもりはなかったのよ。信じて?」
「信じる、信じてるよ。でも、喧嘩も、できればやめて欲しいな……」
信じてる、なんていいながら、私はその言葉の空虚さを感じていた。メグに秘密が……少なくともラインにバレてはならないことがバラされると感じた瞬間、私は叫んでいた。
バラされると感じること自体、信じるのとは対極なのだ。
私は友達を信じることが、できなかった。
「わかったわ。私はメグ。恵みの精霊よ。あなたは?」
「私は、ライル。こんな名だが、女だ」
ん? なんで嘘の名前を言うの?
「そう。ライル、ねぇ。ま、喧嘩はやめましょう。ミオのお願いだもの」
「……わかった」
ラインは神妙に頷いた。
「ライ……ル、離して」
「はい。油断なされないようにお願いします」
ラインの否定的なものいいに、思わずむっとなる。
「メグは悪い存在じゃないよ」
返事を聞かずに、私はメグに向き直る。
「メグ、この辺に怖い何か、いる?」
「いないわ。オオカミもいない。雑木林だしね。あ、ミオ、キツネはとっちゃダメよ、寄生虫がいるから」
そうなんだ。知らなかったなぁ。半年過ごしたあの住処にはキツネなんていなかったし。
「というかこの辺すばしっこいの多いから、素人さん連れて狩りは無理だと思うわ」
「そっか……」
「ならば私たちはどうすれば……」
「木の実とか集めたら? へとへとのあなたでも、できるでしょ? 食べられる木の実が群生してる場所があるから案内するわ」
「ありがと、メグ」
「いいのよ。これくらいわけないわ」
私たちは疲れ切ったラインに合わせて、先を行くメグについて歩く。
動物達が私たちをおっかなびっくり見つめる中、雑木林の中でも特に草木の多い場所についた。
「ここがそうよ。この木の実は栄養満点だけどちょっと殻を剥くのが大変よ。この草はなかなか美味しいけど、数が少ないからあんまり採らないでね。これは傷薬にもなるの。絞って傷薬を作った搾りかすが食べられるのよ。一本で二度美味しいの。それでこれが……」
説明を聞きながら、私は草や木の実を採取していく。
「これだけあれば十分かな?」
私は両手一杯になったそれらをメグに見せた。
「うーん、あのドラゴンにはちょっと我慢してもらわないといけないけれど……人間三人の夕食なら十分でしょ。ほら、ライン、袋かなにかないの?」
「……ええ。ミオ様、こちらに」
そう言って、ラインが袋を広げて差し出してきた。中を覗き込むとラインが採ったであろう木の実などが入っていた。
「……あら、毒入りのものは採ってないわね、感心感心」
「観察力はあるつもりです」
「そう。私を魔物と間違えるような観察力じゃ期待できないと思っていたけど、そうでもなかったみたいね」
「何様のつもりだ」
「あなたがミオ様と呼ぶ人の友人よ」
「友『人』?」
「あなたは主の交友関係に口出すのかしら」
「ご友人ならばこのようなことはいいません」
私は険悪な空気の中、袋に採ったものを入れた。
「ライン、喧嘩はやめて。メグは友達なの」
「……かしこまりました」
騎士の礼をとって、そう口にはしたもののラインは全然納得していないみたいだった。
「じゃ、帰ろうか。ここから歩ける?」
「はい。もうかなり体力は回復しました」
「そっか。じゃあメグ、馬車が見えるまでおしゃべりしよ」
『そういうことなら僕も混ぜてよ』
歩き出した私の真後ろにアイが現れ、背中から抱きつかれた。首に腕が絡められて、なんだが密着してるっていう感じがすごいする。
「……あなたも、精霊なのですか」
『そだよー。冬の精霊、アイ。よろしくね』
「……そうですか。私はライル。よろしくお願いします」
なんでラインは二人を警戒しているのだろう。よくわからない。
「ねぇ、ミオ。夏の精霊にはなんて名前をつけてあげるの?」
「え? どんなのだろう?」
ナナミとか、マイカとか、かなぁ?
『わからないの?』
「うん。メグもアイも、こうパッと頭の中に浮かんだの。産んだ子供を見てすぐ名前が浮かぶような、そんな感じ? 子供産んだことないけどね、えへへ」
産みたいとも思わない。産むためにはおぞましい行為をしなければならないから。
『ふうん、そういうもんなのか~。僕たちにはそういう感覚ないからねぇ』
「子供を産むって方? それとも名前が浮かぶって方?」
『両方』
メグとアイが同時に言った。
「へぇ。じゃあどうやって精霊って増えるの?」
「ある日突然、ポンって」
私の頭に煙と共に産まれるちび精霊の姿が浮かぶ。なんか和む。
「っていうのは冗談なんだけど」
「冗談なんだ……」
残念なのは私だけではないようで、ちらりとラインに目をやれば、少し寂しそうな表情でしょんぼりとしているのがわかった。精霊自体に嫌悪感はなさそうだけど……。
「事象ごとにね、精霊の『核』みたいなものがあるの。『ある』って言っても残念ながらミオには見えないんだけど……。その核に不思議な力、仮に精霊パワーって呼ぶわね」
『メグ、真面目っぽく話してるのに精霊パワーはないと思うな』
「ほっといてよ! 私たち精霊はネーミングセンス皆無なんだから!
とにかく! 精霊パワーが核に集まって、ある程度の力が溜まると、核は意思と力を有して精霊になるの」
「へぇ。ってことは、女の精霊、とかいるの?」
『性別の精霊はまだいないね。でも子供の精霊はいるんだよ』
「子供の精霊?」
私はオウム返しに聞いた。
『うん。子供の健やかな成長を司る精霊。力も弱くて数も少ないから、恩恵を受けられる子って少ないけどね』
ああ、それでようやくわかった。私は、きっと恩恵を受けられたのだろう。そうでなくちゃ、今生きていることの説明がつかない。
七歳のときにロウをかばったとき死ななかったのも、エッチなことの対象として私を見ていた父に襲われなかったのも、王に囚われオモチャ扱いされて乱暴されても死なずに済んだのも、子供の精霊のおかげなのだろう。
「加護がなければ、子供は成長できないのですか?」
ラインが会話に入ってきた。
『そんなことはないよ。たとえば病気が早く良くなったり、そもそも病気にかからなかったり、ちょっぴり運がよかったり、くらい』
「どこにいるのか、わかりますか?」
『わかんない。いっつも忙しく飛び回ってるからねぇ。力が強くなれば、定住してても広範囲に力を及ぼせるようになるんだけど』
「あなたは、どうなんですか」
『僕? どこにいても何処にでも力を使えるよ。なんたって冬だもん、司ってるの』
「……そうですか」
『素っ気ない返事ー』
「周囲を警戒していますので」
『警戒ってどうして? この辺敵はいないよ?』
「精霊から見たら敵に見えなくても私たち人間から見れば敵というものもあります」
「たとえば?」
「ミオ様を付け狙う魔物や、ミオ様を煩わしく思う陛下の政敵からの刺客……などです」
『刺客?』
メグとアイ、二人の声が重なった。
「はい。私たちは一見すれば護衛一人に女子供三人、襲いやすい相手ではあります」
「……ねぇ、ラインさん」
「なんですか、メグさん」
「あなたたちの馬車を囲んでいる男性達はあなたの仲間ではないのですか?」
「は?」
「どういうこと、メグ」
私が聞くと、メグら目を閉じた。
「馬車を四人の男性が囲うようにして立ってるわ。装備が立派で見張りに立っているように見えるから放置してたんだけど」
「エヴァが危ない!」
私は駆け出していた。風よりも速く、草原を走る。
「メグ、ロウに伝えて! アイ、ラインをお願い! 守ってあげて!」
「わかったわ!」
『りょーかい! ってなんで騎士さんなのさ! 守る必要皆無だよ! 僕ミオを守りに行くけどラインさんもいいよね?』
「……よろしくお願いします」
『何もできないことが悔しい?』
「ええ、私はなんのためにいるのか、とさえ思います』
『大丈夫、守るってことは、守りたい人が無事ならそれでいいの。僕は大地全部を雪景色にすることはできても、ぬくもりをあげることはできないんだ。もし、戦いが起こってミオが落ち込んでたら、抱き締めてあげて。そうすれば、ミオの心を守れるよ』
アイとラインが何か話し込んでるようだ。ごうごうと耳元で唸る風のせいで何を言ってるか聞こえないけど。
『ミオ! 僕も行く!』
「え? ラインは?」
『ラインにミオを託されたんだ。守るよ、ミオ!』
私は後ろを振り返る。締め付けられそうな表情で私を見送るラインの姿があった。どんな気持ちでラインはアイに託したんだろうか。
「……わかった。よろしくね、アイ」
『おっけー! 急ごう、ミオ!』
「うん!」
私はさらに加速した。エヴァ、待っててね!




